その日暮らし

田舎に暮らすこの虫は「カネ、カネ、カネ」と鳴くという。

雲と自由が棲むという里で百姓に成りきれるかな?

夢屋国王、カボチャの思い出

2009-07-15 19:34:38 | 暮らし
『イタドリ』の雄花です。適当な花も見当たらず道端の『イタドリ』の花をクローズアップしたものですが、イタドリという植物は雌雄異株であることを知り、明日は雌株を探してみようと新たな意欲が湧いて来ました。
さて、今朝ほど、水稲の「穂肥え」となる塩化加里を散布しました。さぁ、これからが、稲の成長具合を感じながら、肥料調整しなければならない時期に入ったということです。
作業前、隣の畑で作業している近所のジイちゃんに朝の挨拶をしていると、収穫したばかりのカボチャを1個いただきました。
カボチャを見ていて、ふと、昨年のちょうど今頃の事を思い出したのでした。
            
昨年の夏は、長男の「ポン太郎君」のことで、しばしば高校へ呼び出されました。理由は彼の問題行動と言うことなのですが、私にしてみれば「ポン太郎」は、確かに精神的に幼い面を持っているものの、その裏返しは素直と言うことであり、認知症の進みかけた祖母の手を引いて部屋まで連れて行ってくれる、心根のやさしい子どもであるというのが、親としての評価なのです。
授業中の居眠り(特に、入学当初、校長講話の際に、大胆にも目の前で居眠りしたことが、要注意人物の一因となったようですが)、時に発する奇行、かつ舌の悪さ…。
「先生方は、ひとつの型に収まらない子どもを見て、異端視されているのではないですか?それを、ひとつの個性として受け止めていただけないでしょうか?」(夢屋)
「…。いえ、そんなことはありません。」(担任)
「先生、私は今年カボチャを作ってましてね、隣の畑のカボチャは春先から加温栽培しているものですから、既に3m四方に繁茂しています。我が家のカボチャといえば、まだ葉っぱが7枚展葉したばかり…。お隣さんの畑と比較すれば、早く早くと焦りたいところですが、敢えて今、大量の肥料は使いません。太陽と時間があれば、秋には確実に実を1個つけてくれるはずです。私は、カボチャの実が一株から2個も3個も欲しいわけではない。1個の実をつけてくれれば、我が家では十分なんです。そして、収穫できる自信があります。」(夢屋)
「…。それではだめなんです。一度、専門的な機関で相談されてみてください。」(担任)
専門的な機関…薄々感じてはいましたが、精神科を受診せよとのことであります。親の動揺を考えて、専門的な機関などという表現をされていますが、なかなか具体的な話をしていただけないので、カウンセリングを受けなさいということなのか、精神科を受診すべきであるということなのか、それまで判然としなかったのですが…、精神の発達障害を心配されていたようです。
            
精神科では、面談と知能テストを主とする検査と思っていたのですが、運動領域、問題対応能力といった分野も類推されるようです。ん~、結果的には良く分からない。人の精神構造などというものは、時として社会の常識という尺度で推し量られる場合が多々あるので、異常と正常の境界線なんて明確に引けるものではないと私は思うのでありますが…。
社会全体が、幼児化する中で、何故、我が家の「ポン太郎」だけが狙い撃ちなのかが不可思議なのですが、例えば、トランクスが見える位までズボンを下げて歩いているお兄ちゃんや、風に吹かれてパンツが見えそうな短いスカートをはいているお姉ちゃんたちが正常で、物は大切にしなければ…と頑なに思い込んで、靴下の指先の穴を繕っている「ポン太郎」が異常。今風の考えに馴染まないとすれば、確かに「ポン太郎」は異常とも言えます。
太陽と時間が、彼を確実に大人へと成長させると信じているのですが…。
私のブログを良く訪問していただいている「考えるカエル」さんの子育てブログを拝見しながら、ふと教育というものを考えさせられました。
まぁ、我が子を「カボチャ」に見立ててしまう親も間違いなく変人のひとりなので、大きなことは言えませんけれど、それでも何とか生きてますよ。


コメント (2)
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