高速艇の舳先でコバルト色の濤が砕けた。本土ではまだ梅雨の真っ盛り。鉛色の福岡空港を飛び立って1時間半、ここ沖縄はひと月早く梅雨が明け、沸き立つような入道雲が豪快に夏を謳い始めたばかりだった。梅雨に閉じこめられて萎縮している本土の観光客や学生が動き始めないこの6月の末の1週間が、我が家恒例の夏開きなのだ。
泊港から西へ40㌔、穏やかな海を高速艇で50分、美しいサンゴ礁に囲まれた慶良間諸島・座間味島に着く。本土復帰後、海洋博をきっかけに沖縄本島の自然は哀しくなるほどに破壊され尽くした。色とりどりのサンゴが失われた海には、もう魚影は薄い。しかし、ここ観光のメインコースを外れた慶良間には、息を呑むほどに透明な海が生きている。
港で待っていた送迎バスに乗ってお馴染みの古座間味ビーチに着くと、真っ黒に日焼けしたビーチ・ガールののぞみちゃんがかいがいしく迎えてくれる。挨拶もそこそこに水着に着替え、マスクとシュノーケルを借りて真っ白な砂を踏んで海にはいった。波打ち際から数メートルも泳ぐと、もうそこはサンゴ礁。マスクの向こうに色とりどりの熱帯魚が群れ寄ってくる。恥ずかしくなるほどに透明な水が身体に染み込み、波間に漂いながらいつしか別世界に飛翔していた。もう真夏の日差しが容赦なく全身を叩く。その痛みが、夏開きの実感なのだ。
先年、娘の招待を受けマイアミから25000トンの豪華客船で三泊四日のカリブ海クルーズに出た。バハマ経由でカリブ海の小さな無人島に沖泊まりして一日ビーチを楽しんだとき、膝ほどの深さで魚影に囲まれた。しかし、その驚きは後にこの座間味を始めて訪れたときに呆気なく覆されてしまった。真っ青な空とエメラルドグリーンのサンゴの海に群れなす熱帯魚の絢爛は比類がなかった。以来、我が家のとっておきの夏開きが毎年ここで繰り広げられることになる。
夜、島に住み着いた知人から民宿に電話がはいった。カツオが手にはいったから、刺身つまんで泡盛呑みながらユンタク(おしゃべり)しないかという嬉しい誘い。家内といそいそと出掛けた。近所のウミンチュ(漁師)と談笑しながら酌み交わす泡盛は限りなく芳醇だった。降るような星空がドーム状に水平線まで覆い、笑い声の中を島の夜が豊かに更けていった。
(2004年6月:写真:古座間味ビーチ)