バンクーバー空港で迎えてくれた娘の顔が何故か眩しかった。単身、アトランタで男勝りの仕事をこなす逞しさを微塵も感じさせない小柄な身体が輝いていた。久しぶりの親子対面の舞台をカナディアン・ロッキーと決めて成田から飛んだ。
フィリピンの大学から始まった次女の海外生活は、カナダ・サスカチェワン州の語学研修、アメリカ・ジョージア州の大学を経て、アトランタ就職で本物になった。その生活現場を初めて訪ねる序でに(それは初めてのアメリカ訪問でもあったのだが)念願のカナダを親子3人で旅することにしたのだった。
リムジンを借り切ってバンクーバーで一日遊んだ後、エドモントンに飛び、ガイドの車で西に6時間、何もなかった地平線から、氷河を抱いた壮大なロッキー山脈が次第に迫り上がってくる。8月の終わり、ドライブの途中降った霰が山では新雪となり、吹く風の冷たさはすでに初冬。ジャスパーの湖畔で一夜を過ごし、山脈沿いにアイス・フィールド・ハイウエイを三日かけて南下する豪快な旅の始まりだった。
マリーン・レイクに始まり、アサバスカ滝、サンワプタ峠、コロンビア大氷原、ボウ峠、レイク・ルイーズ、モレーン・レイクを経てバンフに至る道筋、何度嘆声を挙げたことだろう。氷河に削られた峻険な嶺々の圧倒的な存在感、蒼く輝く氷河、エルクやムース、ブラック・ベア親子などの生き物たち、目を見張るほどに透明で神秘的な湖水(午後9時近い遅い夕暮れの中で見たモレーン・レイクの水の色を、いったい何に譬えたらいいのだろう)、霙に叩かれながら辿ったコロンビア大氷原の風の冷たさ…息つく暇もなく繰り広げられる大自然の饗宴にひたすら酔い痴れた。
針葉樹林帯の中に聳える優雅な古城のようなバンフ・スプリングス・ホテルでリッチな眠りに沈んだ。すぐ近くをボウ河が流れ、ボウ滝が激しくせせらぐ。そう、ここはかつてマリリン・モンロウの映画「帰らざる河」のロケ地でもあるのだ。映画好きな私たちにはこたえられない旅の醍醐味だった。
カルガリーからナイアガラ瀑布を目指してトロントに飛んだ、三日間雄渾な氷河の嶺々に慣れた目には、あの巨大な滝がもうそれほど大きくは感じられなかった。
(2004年9月:写真:カナディアン・ロッキー)