毎日がしあわせ日和

ほんとうの自分に戻れば戻るほど 毎日がしあわせ日和

離れたいから

2012年01月29日 21時47分51秒 | カミングアウト
20代で 社会運動に 自分なりに精一杯関ろうとしてた私に 真反対を向かせる直接の原因となったのは、1990年の「長崎本島市長狙撃事件」への抗議デモでした。

天皇制とか右翼とか そういうなんやかんやには別段関心はなかったけど、たとえどんなことであろうと 暴力をちらつかせて問答無用で押さえ込む。。。そんなことがまかり通る世の中なんて怖過ぎる。

ひとりでも多くの人が 勇氣を出してはっきりと 暴力に対してNOの声を上げなくちゃ。。。と真剣に考えて、デモへの参加を決めたんですね。



ところが。

実際に行ってみると、どうも様子が違う。

シュプレヒコールの中に「天皇制反対」を叫ぶものが混じってる。。。っていうか、そっちのほうがメインかと思うぐらい。

あの~。。。なんか話が違ってませんか?

私がわざわざやってきたのは 言いたいのは そんなことじゃないんですけど。。。

なんて デモが始まってから思ったって もう遅い(笑)

すっかり興醒めして氣落ちして 唱和する氣もなくなって、列の中うなだれながら ただトボトボと歩いていました



後日、某新聞の投書欄に やっぱりそのときの参加者で 同じような違和感を覚えたらしい人からの投書があったんですが、少しあとから同じ投書欄に返ってきた主催者側の人の答えは、

「あなたも言いたいことを自由に言えばよかったんです」


いや、ちょっと待って~!

それなんだか違うと思う。。。

右もあれば左もある、人の数だけいろいろな考え方があるけれど、力づくでの発言の封じ込めだけは 立場の違いを越えて心を合わせて認めない。

その意思表示を ひとりでも多くの人が集まってするからこそ、結集したパワーが暴力への抑止力になるんじゃないですか?

みんながてんでんばらばらに好き勝手なことを叫ぶだけなら ただの烏合の衆、なんの力も感じさせないじゃないですか~



とても勉強になりました。

人の数だけいろいろな考え方があり、そんな中で心をひとつにするとは かくも難しいことなのだと(T_T)



あれ以来、原発であれ ほかのなんであれ、勉強会ぐらいまでならともかく、活動的な世界には いっさい近づかなくなりました。

はっと氣づいたら 思ってたのとまるで違うことをする羽目になって アタマ抱えるような思いは二度としたくないと。

ちょっとしたトラウマ状態(笑)



実は今回 ブログ投稿のあとで あちこちのサイトを見て回ってど~んと落ち込んだのも、このトラウマの再燃でした。

まさしく 人の数だけいろいろな考え方や視点がある。

同じ事実に基づいて書かれていても、その表現やニュアンスもさまざま。

私から見ると、(東電や政府に対して)かなり感情的・攻撃的・揶揄的・冷笑的に思えるものも混じっていて。。。



私はあの時 自分なりの思いから 選択・行動したのだけれど。

脱原発・撤去反対・署名活動・・・などというキーワードでひと括りにされてみれば、見る人の角度によっては 私自身の思いとは離れたところで すごく感情的な動きをしているようにとられてしまうこともあるのでは。。。?

自分ひとりだけのことならまだしも、ブログを通じて 人さまにまで「ご賛同下さる方はご署名を」などとやってしまった以上、調べる時間がなくて そんな世界だったとは知りませんでした では済まないしね。。。

またやっちゃったよ~



いや、人にどう思われようと 自分が正しいと信じてやったことならそれでいいじゃない、っていう捉え方もあるのはわかってるんですが。

また、いろいろな書かれ方をしているといっても、そのほとんどはとても真剣に向き合い考えておられる方のものだったし。

ただ、見に行ったサイトの多くの主催者さんが真剣であればあるほど 政府や東電の誠意のない対応への怒りが文面ににじみ出ていて、そこが今の私の泣き所というか 苦手のツボというか。。。


というのは、昔自分を社会運動に向かわせた原動力っていうのが まさにそういった怒りの感情であり、しかもその怒りこそ 今まさにそこから離れよう 手放そうと奮戦してる真っ最中の課題だからなんです。




あ~、やっぱり字数多過ぎ。。。

ごめんなさい、また次に続きます。。。


ここまでお読み下さって ありがとうございます。











落ち込んじゃった(^^ゞ

2012年01月29日 15時30分55秒 | カミングアウト
きのう あの二つのブログをアップしたあとで落ち込んだことといったら。。。

ブログを始めて以来、政治的・社会運動的ネタは 意図的に避けてたんだよね。。。

それが ひょんな流れから あんな展開に。。。いや、そうしたのは他ならぬ自分なんだけど。。。

妙にカラ回っちゃった件も含め、なんともどよ~んとした氣分に

一時は 二つとも削除して なかったことにしたいとまで思っちゃった(^_^;)




でも、あとから氣がついたの。。。落ち込むこと自体に この手の話題についての色づけというか 偏見というか、そんなものがあるよねって。

起こったことはすべて中立。

自分の意味づけが自分を落ち込ませるなら、それはもう手放し時ってことじゃないかな?



というわけで、新しいカテゴリーを設けました。

名づけて「カミングアウト」。

これまでにも増して 自分の中にどっぷり浸って語ると思いますので、そんなのこの場に期待してない、読みたくないと思われる方は どうぞスルーなさってくださいね







そもそも私、20代から30代にかけて、社会運動的なものに無関心とは言えなかった時期があるんですね。

新聞やニュースも熱心に見てたし、自分にも関りある問題に「見て見ぬフリ」は卑怯だぐらいに思い込んでた。

そして、いくつかの講演会やらデモやらに参加したあげく、「こんな世界もうやだ~」と一氣に真逆の方を向いてしまいました(^^ゞ



ドイツの従妹から 原発関連のメールやら資料やらがたびたび送られてくるようになってからも、きちんと読みはするものの、少し離れたところに身を置くことに変わりはありませんでした。

そして昨年末のこと。

たまたま実家にかかってきた従妹からの電話で話し込む中で、彼女が特別反原発活動に打ち込んでいるわけではなく、数少ない日本人として どうしても福島のことやら日本の原発の実情やらについて尋ねられることが多くて、いつの間にか日本原発問題窓口・日本人代表みたいな形になってしまったのだと知りました。

誠実でひたむきな彼女は、そんな立場をいささか氣重に感じながらも 無下には断り切れず、自分なりに少しでもお役に立てることがあれば、と、日本の情報を調べたり あちらの情報を日本語に訳して転送したりと 個人的に動いていたのだそうです。



そんな従妹の話に大きくうなずきながら、自分も 何事もなかった頃ならまだしも、現に福島でああいうことが起きている今、昔の苦手意識に縛られたまま 我関せずを続けるわけにもいかないなぁ。。。などと考えていました。



先日ジャムを送ってもらったとき同封されていたものに、実はもうひとつ、従妹が和訳・独訳した それぞれの国の方の 脱原発スピーチのコピーがありました。

それをずっと机に置いて、何度も読み返しては この問題に関する自分の立ち位置を模索する日が続きました。



そんな中で届いたきのうの転送メール。

よく調べもせずに もう時間がない!と思い込んだ私、限られた(と思ってたんだよね)時間の中で とにかく今回は自分なりに意思表示をしようと、とりあえず署名を送りました。

そのあとで、なおも署名数のカウントがじりじりと上り続けるのを見ていて、ふともう一歩進んで 自分のブログで紹介することを思いついたのです。


しかし。

googleで見つけたニュースのほか、この件に関するいろんなサイトやらブログやらを読んでいくうちに、なんか私、自分が思ってたのとずいぶん違うことをしたことになっちゃったんじゃない?という疑念が湧いてきて、ひどく落ち込んでしまったのでした。





う~ん・・・なんだかこのままいくととんでもなく長くなりそう(いつものこと?笑)なので、いったん終わって 改めて先を書かせていただきますね。

ここまで読んで下さった皆さま、ありがとうございます。

引っ張っちゃってごめんなさいm(__)m