私たちが他者と出会ってまず反応するのは、主に五感に訴えるわかりやすい部分についてでしょう。
きれいだな、かっこいいな、陰氣だな、自信ありげだな、憎ったらしいな、などなど。
でもそれは その人の真の姿といえるだろうか。
その人の本質は、もっと目につきにくいところにあるのではないだろうか。
「キッド」 のあの 「みっともない子だ」 の場面からふと浮かんだのは、これからは 自分を知るのに内側から感じるしかないのと同じように 他者についても 外側の印象だけで性急に判断を下すのでなく、その内面にまで向き合おう 感じ取ろうという姿勢が重要になってくるんじゃないかということでした。
“どんな者でも、自分なりの世界モデルにてらせば、何も間違ったことはしていない” 、これは「神との対話」 での神の言葉。
「なに考えてるんだこの人」 としか思えないような相手でも、その人なりの理屈に従えば それなりに筋は通っているもの、そこを見ずして 真のコミュニケーションは成り立たない。
トランプさんのようになにかと言動が派手な人は ことさらその外側に視線が集中し 外見で判断されてしまいがちだけれど、挑発的な発言も強氣な決定も 当人なりの理由があってのことなのでしょう。
そしてそれを支持する人も相当数いるわけで。
これまで大国アメリカがまがりなりにも貫いてきた姿勢とのあまりの落差に とうてい受け入れられない! と反発するのは簡単ですが、それだけでは どこまでいってもすれ違いや対立や力まかせの争いが続くばかりなのですね。
感覚フォーカスを重ねてきてつくづく思うのですが、自分のことでありながら 見えてないものやわからないことが なんてたくさんあるんでしょう。
「なんか不自然な反応してるな」 から始まり、根っこへ根っこへとたどっていって、うわ~こんなこと思ってたのか Σ(゚д゚ノ;)ノ と衝撃を受ける、その最たるものが あの根底からの自己否定だったように思うのですが、他ならぬ自分のことでさえこれほどわからないのに、どうして他人のことを そうそうわかったつもりであっさり決めつけられるでしょう。
弱者を踏みつけにするヤツは敵、庶民の意向を無視するヤツは敵、以前なら政治家に反発するなんて いともたやすいことだったけれど、今はそんなに単純に割り切る氣にはなれません。
当ブログでおなじみわが愛読書 リチャード ・ バック著 「ONE」 で、パラレルワールドを旅するリチャードとレスリーが出会ったソビエト人の分身、イワンとタチアナ夫妻。
米ソ冷戦のさなか、互いを分身と認め合い話し合う中での レスリーのこんな言葉が心に残っています。
“ どんな戦争でも とりうる手段はふたつあるわ。
自国の防衛に走るか、それとも教訓を学ぶか。
防衛合戦はこの世界を、住みがたい場所に変えてしまいました。
でもそのかわりに、わたしたちが学ぶことのほうを選んだら、どうなるかしら?
「あなたが恐ろしい」 というかわりに、「あなたを知りたい」 といったら、どうなるかしら? ”
このあと レスリーたちの学びは 思いがけない結末を迎えることになりますが、私たち読者はこの物語からなにを学べるでしょう。
「あなたが恐ろしい」 「あなたが嫌い」 「あなたの言うことなんか認めない」 と言う代わりに、「あなたを知りたい」 と言うべきときにさしかかっているのではないかしら。
自分を内側から見つめれば、外側のどんな違和感もいびつさも その原因を理解し許容できます。
自分に対してできるなら、同じことを他者にもきっとできるはず。
自身のわだかまりを見つめることで いい変化が起きている手応えを感じる今、異質な相手をも進んで見つめることで 混乱する世界を平和に導くことだって不可能ではないと、再会した 「キッド」 に教えてもらった氣がします。