落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

ミルフィーユ小説

2006年01月06日 | book
『わたしたちが孤児だったころ』カズオ・イシグロ著
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筒抜通りさんで紹介されてたのがきっかけで図書館で借りてみました。
イシグロは『日の名残り』しか読んでなかったのでちょっと意外。訳者あとがきに書かれてたようにイシグロ自身「もう‘リアリズムの作家’なんて呼ばれたくない」と発言した通り、ある意味幻想小説ともとれる雰囲気の物語。一時期村上春樹が描いてた冒険モノとも似てます。
舞台は第一次世界大戦直後の上海。英国企業の現地駐在員の家庭に生まれたクリストファーは、隣家の日本人少年アキラと穏やかに子ども時代を過ごしていたが、突然両親が相次いで行方不明となり孤児として本国へ送り返される。叔母のもとで育てられ成人後名探偵として成功した彼は、幼時に生き別れた両親と再会すべく、日中戦争下の上海へ舞い戻る。
こうして書くと一種の戦争小説みたいですが、ところがどっこいそうではない。
主人公が生まれ育ったのはイギリスの崩壊しかけた階級社会。偽善と欺瞞と虚栄に満ちた前近代的な世界です。彼が幼少時代を暮した上海の租界や、第二次世界大戦勃発前の島国イギリスは、激しくうねる時代の波から辛うじて取り残された、過去を閉じ込めた小さな小宇宙だった。その小宇宙の平和な空気は、外の世界の人々の血や涙やその他のおぞましい犠牲の上に成り立っていた。クリストファーは20年以上前に消えた両親の面影を追って、その小宇宙から“血と涙とおぞましい犠牲”の世界へと踊りこんでいく。
つまり、イシグロ含め世間一般の人々が古き良き時代として懐かしむ階級社会を、激しく皮肉った小説でもある訳です。

読んでいる間じゅう、ぐりはこれなんだかお菓子のミルフィーユに似てるなあと思ってました。
薄くて軽くて壊れやすい、香ばしいパイ生地が何層にも折り重なったお菓子。それぞれの層は独立しているように見えて互いに支えあっている。それぞれ別のもののようで、離れてみればどれも同じなもの。少年時代や租界や上流社会やロンドンや戦争や日本や中国が、そんな風に折り重なった世界にみえました。
しかし戦争や階級社会がこんな風な幻想小説のモチーフになりうるとは意外です。おもしろかった。
訳者あとがきに映画化されると書かれてたけど、まだ完成してないみたいですね。まあやるとすりゃーすんごいお金と手間がかかりそーです。