『あの日、欲望の大地で』
ニューメキシコ州の国境沿いの砂漠で、トレーラーハウスがガス漏れ事故で火事を起こした。焼け跡からはアメリカ人のジーナ(キム・ベイシンガー)とメキシコ人ニック(ヨアキム・デ・アルメイダ)の遺体が発見され、ふたりが不倫関係にあったことが発覚する。
12年後、カナダに国境を接するメイン州ポートランド。ゆきずりの情事に耽りながら自傷行為をくりかえすシルヴィア(シャーリーズ・セロン)は、メキシコ人のカルロス(ホセ・マリア・ヤスピク)に出会い・・・。
昨年のヴェネツィア国際映画祭出品作。
『バベル』『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』の脚本家ギジェルモ・アリアガの監督デビュー作。
うーん。いいねー。好みです。ハイ。
例によってストーリーは時制を複雑に前後しながら複数の視点で語られている。だから物語のメインの軸そのものはかなりシンプルなんだけど、ディテールがとにかく細かい。リアルかどーかはさておいて、非常に説得力がある。だってこういう表現方法には説明ってものがいらないから。
たとえば、ジーナとニックは家族を裏切って不倫をしていた。それは決して褒められた行為ではないにせよ、ふたりはふたりなりに真剣に相手を必要としていたし、家族のことも愛していた。ジーナの娘マリアーナ(ジェニファー・ローレンス)もまた純粋に母を愛していた。愛していたからこそ、どうしようもなく傷ついていた。彼女のしたことは何もかも取り返しのつかないことばかりだけれど、誰からも守られなかった彼女の孤独を思えば、やはり責めることはできない。
登場人物のこうした葛藤が、凝った構成で多面的に描写されている。ストーリーそのものはメロドラマに過ぎない。でも、メロドラマだからこそ、ここまできちんと描くことでみえてくることもある。
暗い話だけど、ぐりの目にはこれはこれである種の女性讃歌になってるんじゃないかなとも思う。
かよわくはかなげでありながら、どんな運命をも凌駕していく希望と力強さにあふれた生き物。自由と豊穣と愛と美の象徴。
わきめもふらず不倫に突っ走るジーナにしても、後先顧みずに許されぬ恋に堕ちるマリアーナにしても、自分を傷つけ続けるシルヴィアにしても、彼女たちの生き方はどう見ても不器用だし不完全であることに間違いはない。
それでも、彼女たちに向けられるつくり手の目線は常にあたたかくやさしく、どうあろうとありのままの彼女たちを賛美したいという愛情にみちているように感じた。
どんな女性でも、こんなふうに、いいんだよー、きみはそのままでいいんだよー、というふうに愛されたいんじゃないかなと思う。だから、ジーナも、マリアーナも、そしてシルヴィアも、たいへんだったけど、結構女冥利にはつきるんではないかなと。
しかしこの邦題はありえないよねえ?だってこれ欲望の話じゃないし。
原題は『THE BURNING PLAIN(直訳:燃える平原)』。何をどーすればこんないかがわしい邦題になっちゃうんでしょーかねー??はあ。
ニューメキシコ州の国境沿いの砂漠で、トレーラーハウスがガス漏れ事故で火事を起こした。焼け跡からはアメリカ人のジーナ(キム・ベイシンガー)とメキシコ人ニック(ヨアキム・デ・アルメイダ)の遺体が発見され、ふたりが不倫関係にあったことが発覚する。
12年後、カナダに国境を接するメイン州ポートランド。ゆきずりの情事に耽りながら自傷行為をくりかえすシルヴィア(シャーリーズ・セロン)は、メキシコ人のカルロス(ホセ・マリア・ヤスピク)に出会い・・・。
昨年のヴェネツィア国際映画祭出品作。
『バベル』『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』の脚本家ギジェルモ・アリアガの監督デビュー作。
うーん。いいねー。好みです。ハイ。
例によってストーリーは時制を複雑に前後しながら複数の視点で語られている。だから物語のメインの軸そのものはかなりシンプルなんだけど、ディテールがとにかく細かい。リアルかどーかはさておいて、非常に説得力がある。だってこういう表現方法には説明ってものがいらないから。
たとえば、ジーナとニックは家族を裏切って不倫をしていた。それは決して褒められた行為ではないにせよ、ふたりはふたりなりに真剣に相手を必要としていたし、家族のことも愛していた。ジーナの娘マリアーナ(ジェニファー・ローレンス)もまた純粋に母を愛していた。愛していたからこそ、どうしようもなく傷ついていた。彼女のしたことは何もかも取り返しのつかないことばかりだけれど、誰からも守られなかった彼女の孤独を思えば、やはり責めることはできない。
登場人物のこうした葛藤が、凝った構成で多面的に描写されている。ストーリーそのものはメロドラマに過ぎない。でも、メロドラマだからこそ、ここまできちんと描くことでみえてくることもある。
暗い話だけど、ぐりの目にはこれはこれである種の女性讃歌になってるんじゃないかなとも思う。
かよわくはかなげでありながら、どんな運命をも凌駕していく希望と力強さにあふれた生き物。自由と豊穣と愛と美の象徴。
わきめもふらず不倫に突っ走るジーナにしても、後先顧みずに許されぬ恋に堕ちるマリアーナにしても、自分を傷つけ続けるシルヴィアにしても、彼女たちの生き方はどう見ても不器用だし不完全であることに間違いはない。
それでも、彼女たちに向けられるつくり手の目線は常にあたたかくやさしく、どうあろうとありのままの彼女たちを賛美したいという愛情にみちているように感じた。
どんな女性でも、こんなふうに、いいんだよー、きみはそのままでいいんだよー、というふうに愛されたいんじゃないかなと思う。だから、ジーナも、マリアーナも、そしてシルヴィアも、たいへんだったけど、結構女冥利にはつきるんではないかなと。
しかしこの邦題はありえないよねえ?だってこれ欲望の話じゃないし。
原題は『THE BURNING PLAIN(直訳:燃える平原)』。何をどーすればこんないかがわしい邦題になっちゃうんでしょーかねー??はあ。