落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

スーパースターになって男らしくなった新しい僕

2014年02月27日 | diary
もうすぐ3月。
また今年も、3月が来る。

2011年3月から復興支援の活動を始めて、もう3年になる。
この半年ほどは事情があって東北には行けないでいるけど、毎日毎日、いつもいつも、行きたいと思っている。
常に東北のことを考えて暮らしている。一日も忘れたことはない。
東北に行けなくなって、これまでになくテレビをよく見るようになった。東北関連の番組を見るためだ。活動でお世話になった地元の人たちが映るたびに嬉しくなる。たとえ地元を訪問できなくても、現状がどうなっているのかが少しでも知りたい。例の朝ドラも大河も一話も欠かさず見た。東北弁を聞いているだけで幸せだからだ。

だから先日まで開催されていたオリンピックも、男子フィギュアだけリアルタイムで見ていた。
ぐりはオリンピックにもフィギュアにもまったく興味はない。ただ単に、震災で被災した選手がメダリスト候補だというだけで見た。
そう、羽生結弦くんだ。
寡聞にしてぐりは彼のことを震災前まで知らなかった。実際に滑っているところも、オリンピックのシングルのショートプログラム本番で初めて見た。
そして、なんだかとんでもないものを見てしまった気分になった。

先述の通り、ぐりはフィギュアスケートには興味がないから、歴史やルールやトレンドを語れるような知識は何もない。それでも、この競技が技術とスピードとパワーと芸術性を競う採点競技であることくらいは見ればわかる。少なくとも、オリンピックという特異な舞台の本選をひとりめの出場者からちゃんと見ていれば、そのすべてを全うすることがいかに難しいかということくらいはわかる。
そのろくにフィギュアを見たこともないぐりの目から見ても、羽生選手がその技術とスピードとパワーと芸術性すべてを兼ね備えたうえに、さらに人並み外れた精神力と奇跡的な才能を持っていることが伝わってきた。
ある番組で解説のスケーターが羽生選手を「フィギュアをやるために生まれたような人」と評していたが、まさにその通りだと思う。興福寺の阿修羅像のように東洋的に華奢な肢体は女性スケーターさながらに優雅だが、男性スケーターにしかできないダイナミックなスケートを表現力豊かにかつ正確に滑る力を持っている。見る人を強烈に惹きつけ「この演技をもっと見ていたい」と感じさせる魔力もある。
なんだかとんでもないものを見てしまった。

彼はめでたく金メダリストになり、やがてメディアでは彼が震災で被災し、苦労を重ねながらも被災地の声援に押されてここまで努力してきた美談を煽り始め、また彼本人も東北への支援を口にし始めた。
いい話だと思う。これをきっかけに、多くの人がほんとうに東北のことを考え、支援がまた集まるようになれば、と思う。
だからこそ、これを機会に、羽生選手も、メディアも、うわっつらの美談だけでキレイにまとめたりなんかしないで、現実を世界に向けて真摯に訴えてほしいと思う。
羽生選手の悲しいほど真面目な「メダリストになっただけでは復興の手助けにならない。何もできていない無力感を感じた」「金メダリストになったこれからがスタート。復興のためにできることがある」という言葉のむこうに、ほんとうは何があるのか、世界中の人が知るべきなのだ。

復興予算が何に使われているのか。ほんとうに支援が必要な人々には満足に何も行き届かず、震災関連死と認定された死者は2977人を数える(2014年1月)。半数は福島県の人だ。阪神淡路大震災のときは4年間で921人だったことを考えれば、今回被災した方々の置かれた状況がいかに悲惨か、誰にでも想像はつくはずだ。今も全国で避難生活を送っている人は26万人。1年前と比較して5万人しか減っていない。単純に数字だけでは何もわからないかもしれない。でも想像してほしい。先の展望もなく、それまでの人生すべてから切り離された仮暮らしをまる3年も強いられるのがどれほどつらいことか。そんな人が26万人もいるのだ。
高台移転やかさ上げ工事、避難路整備などの復興事業も順調ではない。地元の方々にはそれぞれの思いがあり、必ずしも気持ちよく全員で同じ方向を向いて復興を目指していけるわけではない。震災前には仲良くまとまっていたコミュニティが、災害とその後の混乱の中でバラバラに分断され、被災した地域のなかでも差別さえ生まれていく。DVや児童虐待も深刻化している。経済的な困窮や被災生活によるストレスが暴力に転化されていくだけに充分な環境ができあがってしまっているのだ。

メディアからは震災や原発事故の話題はどんどん減り、世間の関心はどんどん薄れていく。
ぐりが東北で出会った多くの人が「世の中から忘れられて、なかったことになっていくのが怖い」と恐れた通り、東北の外ではほとんどの人はあの未曾有の大災害のことを意識することもなく暮らしている。
先日の大雪のときの政府やメディアの無関心さに、改めてあの大震災や原発事故のときに現政権でなくてよかったと心から思ったものだが、あの震災のときにどれだけ多くの人がどれだけ危険と恐怖にさらされたか、それすらもこんなにも気持ちよくなかったことにできてしまう世の中が心底恐ろしい。
羽生選手はback numberというバンドの「スーパースターになったら」という曲をよく聴いているそうだ。
スーパースターになって東北の助けになれたらと願って聴いていたという。スーパースターを超えて金メダリストになったいま、できることは無限にあるはずだ。
まだ19歳、たった19歳。背負ったものはあまりにも大きいかもしれない。けど、きっとできると思いたい。
彼が感じた無力感がなぜか痛いくらいわかるだけに、これからのスタートに期待したいと思う。



復興ボランティアレポート
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去年4月、福島県浪江町請戸地区。避難指示解除準備区域に指定されている。