『「南京事件」を調査せよ』 清水潔著
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2015年10月に放送された『NNNドキュメント 南京事件 兵士たちの遺言』(ギャラクシー賞10月度月間賞/平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞/放送批評懇談会・第53回ギャラクシー賞テレビ部門ギャラクシー優秀賞/第16回「石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞」公共奉仕部門大賞/2015年メディア・アンビシャス大賞映像部門アンビシャス賞/第15回放送人グランプリ準グランプリ他受賞)の書籍版。
放送もオンタイムで観たし、南京に関してはある程度資料も読んだし、ちょうど1年ほど前には生存者の国内最後の証言集会にも運良く参加できたし(レポ)、知識としてとくに必要に迫られて読んだわけじゃないんだけど。
実をいうといまも他にも南京関連の資料を読みかけて挫折した本が店晒しになっている。ほんとはそっちから読むべきなんだけど、どうしてもこっちから読んじゃいました。
南京事件の資料ってホント読んでてキツいのが多いんだよね。なんでかっつーとまず細かい。あと状況が想像しにくい。
なにしろいまからまる80年前の出来事だ。しかも季節は冬。中国軍も政府も日本の侵攻に敗走して、誰もまもってくれる人のいなくなった南京城。残っているのはすぐには逃げられない事情のある一般庶民か、逃げ遅れた敗残兵ばかり。そのうえに雨霰のように浴びせられる日本軍の空爆。当然物流は止まる。経済活動は停滞する。社会秩序も崩壊する。そこへ、補給もなく腹をすかせた日本軍が入城する。命令で食糧を徴発してただけだったのが、間を置かずに市民への暴力に発展。日本兵が食べるものも水もないのに、投降してきた何万もの捕虜の食糧などあるはずがない。満足な収容施設さえない。そもそも日本軍は兵士に「生きて虜囚の辱を受けず」なんという戦陣訓をたたきこんであった。
繰り返すが、これが80年前の真冬に起こった。さてどうなりますか。
だから、桶川ストーカー殺人事件を解決に導いた調査報道記者である清水氏の本なら読みやすかろうと、ついこちらに逃げてしまい。
1999年のこの件に関しては過去記事に譲るとして、10年前に読んだときにも感じた、主観的なのに取材過程や調査方法がかなりしっかりかつ率直に書かれてて、誰にでも入り込みやすい文体という印象に今作もほとんど変わりはなかったです。
とくにいいなと思ったのが、ご本人の差別感情にもがっちり言及しているところ。氏自身は戦後生まれであるものの、父も祖父も戦争経験者で間接的には日中戦争の当事者でもある(作中では日清・日露戦争との関わりも書かれている)。中国人に対する差別感情は、著者自身の生育環境下で無意識に身についていったものだった可能性があるが、だとすればそれは清水氏個人の感覚というよりは、ある一定年齢以上の日本人のごく一般的な感覚でもあるのかもしれない。
というのは、私自身は在日コリアン3世だし家族に戦争経験者はいないけど、中学・高校時代には授業中に父親の戦争体験をおもしろおかしく、ときに自慢げにひけらかす教師が何人もいたのをよく覚えているからだ(時期でいうと80年代後半)。
授業で話された内容は具体的に記憶してはいないけど、息子が教え子に自慢するくらいだから家庭でどんな話題として提供されていたか、それが息子世代の差別感情にどんな影響を与えたかは推して知るべしである。
それをいまさら批判しようとは思わない。だが、人が人を確固たる根拠もなく偏見で蔑んでしまう感覚がもっとも簡単に培われる環境といえば、やはり家庭をおいて他にない。子どもにとって親は絶対だから。そしていったん身についた感覚というのは、意識して否定しようとしてなかなかできるものではない。
南京事件はたしかに遥か昔の出来事だ。
1年前、来日して証言してくれた生存者の陳徳寿さんでさえ事件当時わずか6歳だった。彼をはじめとして、南京大虐殺紀念館に登録されている証言者の多くは既に鬼籍に入り、存命中の方々ももう90代に手が届こうというご高齢である。
事件記者である清水氏はその80年という長い長い時間の壁と自らの偏見を乗り越えて、当事者の一時資料とインタビュー記録に辿り着き、ひとつひとつ裏取り取材をしている。歴史学者でも研究者でも活動家でもないジャーナリストの立場から、その長年の経験に基づいたノウハウで事実を検証したというアプローチがこのレポートの意義だし、逆にいえば、どれだけ年月が過ぎようと、あったことはなかったことにできるものではないといういい証拠にもなってるんじゃないかと思いました。
なかったことにしたい人は無限にいる。個人的には、それはそれでかまわないと思う。人にはそれぞれ考え方があるから。個人的にはあんまりお友だちにはなりたくないと思うけど、人間誰もが仲良しこよしでなきゃいけないという法もない。
だとしても、あのとき南京で死んでしまった人たちの魂や、遺族の悲しみ、被害に苦しめられた人たちの無念まで否定するべきじゃないと思う。
人数なんかどうだっていいと思う。ただ、多くの南京市民やジャーナリストや在南京外国人や日本兵が目撃し、あるいは体験し、彼ら自身にとって生涯忘れられない経験になった80年前の冬の出来事そのものは、どう考えても動かぬ事実以外の何ものでもないと、私は思う。
できればこの本は放送を見て、かつ他の資料とあわせて読むといいかなと思います。
この本に近い資料としては事件当時金陵女子文理学院の構内で女性や子どもを保護していた教師ミニー・ヴォートリンの記録と映画にもなったドイツ人ジョン・ラーベの記録をお薦めしたいです。翻訳物ということもあって文体が現代的でわかりやすいのと、事件当時現場にいた個人の視点で書かれている点が読みやすい。
単純に、戦時下で政府が市民を見捨てて逃げたら何が起こるかを具体的に知ることもできます。人間は社会性動物だというけど、社会秩序がなくなったらどうなるのか、社会秩序の中で暮してる限り想像できないことも人として知っておいて損はないかと。
関連記事:
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『南京の真実』 ジョン・ラーベ著
『南京事件の日々—ミニー・ヴォートリンの日記』 ミニー・ヴォートリン著
『ザ・レイプ・オブ・南京―第二次世界大戦の忘れられたホロコースト』 アイリス・チャン著
『「ザ・レイプ・オブ・南京」を読む』 巫召鴻著
『ラーベの日記』
『Nanking』
『アイリス・チャン』
『南京・引き裂かれた記憶』
『チルドレン・オブ・ホァンシー 遥かなる希望の道』
『南京!南京!』
『遺言─桶川ストーカー殺人事件の深層』 清水潔著
『生きて虜囚の辱めを受けず カウラ第十二戦争捕虜収容所からの脱走』 ハリー・ゴードン著
『蟻の兵隊』
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2015年10月に放送された『NNNドキュメント 南京事件 兵士たちの遺言』(ギャラクシー賞10月度月間賞/平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞/放送批評懇談会・第53回ギャラクシー賞テレビ部門ギャラクシー優秀賞/第16回「石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞」公共奉仕部門大賞/2015年メディア・アンビシャス大賞映像部門アンビシャス賞/第15回放送人グランプリ準グランプリ他受賞)の書籍版。
放送もオンタイムで観たし、南京に関してはある程度資料も読んだし、ちょうど1年ほど前には生存者の国内最後の証言集会にも運良く参加できたし(レポ)、知識としてとくに必要に迫られて読んだわけじゃないんだけど。
実をいうといまも他にも南京関連の資料を読みかけて挫折した本が店晒しになっている。ほんとはそっちから読むべきなんだけど、どうしてもこっちから読んじゃいました。
南京事件の資料ってホント読んでてキツいのが多いんだよね。なんでかっつーとまず細かい。あと状況が想像しにくい。
なにしろいまからまる80年前の出来事だ。しかも季節は冬。中国軍も政府も日本の侵攻に敗走して、誰もまもってくれる人のいなくなった南京城。残っているのはすぐには逃げられない事情のある一般庶民か、逃げ遅れた敗残兵ばかり。そのうえに雨霰のように浴びせられる日本軍の空爆。当然物流は止まる。経済活動は停滞する。社会秩序も崩壊する。そこへ、補給もなく腹をすかせた日本軍が入城する。命令で食糧を徴発してただけだったのが、間を置かずに市民への暴力に発展。日本兵が食べるものも水もないのに、投降してきた何万もの捕虜の食糧などあるはずがない。満足な収容施設さえない。そもそも日本軍は兵士に「生きて虜囚の辱を受けず」なんという戦陣訓をたたきこんであった。
繰り返すが、これが80年前の真冬に起こった。さてどうなりますか。
だから、桶川ストーカー殺人事件を解決に導いた調査報道記者である清水氏の本なら読みやすかろうと、ついこちらに逃げてしまい。
1999年のこの件に関しては過去記事に譲るとして、10年前に読んだときにも感じた、主観的なのに取材過程や調査方法がかなりしっかりかつ率直に書かれてて、誰にでも入り込みやすい文体という印象に今作もほとんど変わりはなかったです。
とくにいいなと思ったのが、ご本人の差別感情にもがっちり言及しているところ。氏自身は戦後生まれであるものの、父も祖父も戦争経験者で間接的には日中戦争の当事者でもある(作中では日清・日露戦争との関わりも書かれている)。中国人に対する差別感情は、著者自身の生育環境下で無意識に身についていったものだった可能性があるが、だとすればそれは清水氏個人の感覚というよりは、ある一定年齢以上の日本人のごく一般的な感覚でもあるのかもしれない。
というのは、私自身は在日コリアン3世だし家族に戦争経験者はいないけど、中学・高校時代には授業中に父親の戦争体験をおもしろおかしく、ときに自慢げにひけらかす教師が何人もいたのをよく覚えているからだ(時期でいうと80年代後半)。
授業で話された内容は具体的に記憶してはいないけど、息子が教え子に自慢するくらいだから家庭でどんな話題として提供されていたか、それが息子世代の差別感情にどんな影響を与えたかは推して知るべしである。
それをいまさら批判しようとは思わない。だが、人が人を確固たる根拠もなく偏見で蔑んでしまう感覚がもっとも簡単に培われる環境といえば、やはり家庭をおいて他にない。子どもにとって親は絶対だから。そしていったん身についた感覚というのは、意識して否定しようとしてなかなかできるものではない。
南京事件はたしかに遥か昔の出来事だ。
1年前、来日して証言してくれた生存者の陳徳寿さんでさえ事件当時わずか6歳だった。彼をはじめとして、南京大虐殺紀念館に登録されている証言者の多くは既に鬼籍に入り、存命中の方々ももう90代に手が届こうというご高齢である。
事件記者である清水氏はその80年という長い長い時間の壁と自らの偏見を乗り越えて、当事者の一時資料とインタビュー記録に辿り着き、ひとつひとつ裏取り取材をしている。歴史学者でも研究者でも活動家でもないジャーナリストの立場から、その長年の経験に基づいたノウハウで事実を検証したというアプローチがこのレポートの意義だし、逆にいえば、どれだけ年月が過ぎようと、あったことはなかったことにできるものではないといういい証拠にもなってるんじゃないかと思いました。
なかったことにしたい人は無限にいる。個人的には、それはそれでかまわないと思う。人にはそれぞれ考え方があるから。個人的にはあんまりお友だちにはなりたくないと思うけど、人間誰もが仲良しこよしでなきゃいけないという法もない。
だとしても、あのとき南京で死んでしまった人たちの魂や、遺族の悲しみ、被害に苦しめられた人たちの無念まで否定するべきじゃないと思う。
人数なんかどうだっていいと思う。ただ、多くの南京市民やジャーナリストや在南京外国人や日本兵が目撃し、あるいは体験し、彼ら自身にとって生涯忘れられない経験になった80年前の冬の出来事そのものは、どう考えても動かぬ事実以外の何ものでもないと、私は思う。
できればこの本は放送を見て、かつ他の資料とあわせて読むといいかなと思います。
この本に近い資料としては事件当時金陵女子文理学院の構内で女性や子どもを保護していた教師ミニー・ヴォートリンの記録と映画にもなったドイツ人ジョン・ラーベの記録をお薦めしたいです。翻訳物ということもあって文体が現代的でわかりやすいのと、事件当時現場にいた個人の視点で書かれている点が読みやすい。
単純に、戦時下で政府が市民を見捨てて逃げたら何が起こるかを具体的に知ることもできます。人間は社会性動物だというけど、社会秩序がなくなったらどうなるのか、社会秩序の中で暮してる限り想像できないことも人として知っておいて損はないかと。
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