落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

守らない人々

2023年09月11日 | diary


(あくまで個人の意見です)

9月7日にジャニーズ事務所が記者会見をし、元社長ジャニー喜多川氏の性加害を謝罪、被害者の救済・補償を実施すること、現社長・藤島ジュリー景子氏が退任し、新社長に東山紀之氏が就任することが発表された。
顧問弁護士とジャニーズアイランド社長の井ノ原快彦氏も同席して4時間余にも及んだという会見は、一部しか観られなかった。そんな長時間観てられない。

でも、当日以降にスポンサー企業がジャニーズ事務所所属タレントの広告起用についての見解を相次いで発表し始め、契約更新を見合わせるか、あるいは今後は起用しないなど、概ね否定的な反応だったところをみれば、会見は失敗だったんだなと思った。

会見の一部と、各方面の報道を総合的にまとめた限り、ジャニーズ事務所が明言したのは大雑把に

1)藤島ジュリー景子氏は経営からは退くが、代表取締役に留任、被害者の救済・補償にあたる。
2)所属タレントとの関係性において東山氏が新社長に適任と判断した。
3)社名は変更しない。

の3点あたりと捉えてます。
間違ってたらごめんなさい。

個人的には、企業の再出発表明としてはアウトかなあという印象をもってしまった。

まずひとつめ。
被害者には「法を超えて」補償をするというが、では具体的に何をどうするかというディテールには言及されていない(してたらごめん)。
実際に誰が被害者かをどう認定し、どう補償をするのかというストラクチャーが提示されなければ、単にジャニーズ事務所の「やる気」を言葉にしただけでしかない。それで「そうかそれはよかった」と信用する人間っていますかね。私はちょっと厳しいっす。
担当する藤島氏は加害者張本人の親族なので賠償責任はあるけど、適任かどうかという点ではまったく違うと思う。言葉はきついけど、筋違いも甚だしいと思う。
たとえばあなたが性被害に遭いました。何年も経って加害者の家族がしゃしゃってきて「私があなたが被害者本人か認定します、補償の内容を決めましょう」なんていわれたとする。いや無理でしょ。え、何様?って思うでしょ。
そこは、性犯罪の被害者救済の実績のあるスペシャリスト集団で構成した専門家チームがあたるべきで、藤島氏にできるのは、補償と実費には加害者であるジャニー氏や加害を隠蔽したメリー氏から相続した遺産を全額充てますといってお金を出すことぐらいだと思う。だって故人の性加害の補償に、いま活動してるタレントたちの収益を充てるのはおかしい。意味わからんやん。

ふたつめ。
藤島氏は保有しているジャニーズ事務所の株をすべて放棄、持株会社に管理を移し、代表取締役や他グループ会社の役員職も降りるべき。
本人がいくら口頭で「経営からは退く」といったところで、株をもってる限り経営への発言権はある。株を保有し続けるのなら、社長を交代してもぶっちゃけほとんど意味はないと思う。
かつ、藤島氏は性加害の加害者とその罪を隠匿した人物の親族であり、この問題の中心人物のひとりでもあるからには、今後この会社やグループ会社があげる収益から利益を得る立場にないと思う。
彼女がいまのポジションにいる限り、どう足掻こうがこの会社の解体的出直しなど絵に描いた餅でしかない。彼女は補償金だけ出して、グループ全体から完全に身を引くべきだと思う。

みっつめ。
東山氏は十代のころからジャニーズ事務所の特異な企業体質にどっぷり浸かって人生を過ごしてきた。そういう人にこの会社の解体的出直しをリードするに能うスキルがあるかどうかを考えれば、答えは一目瞭然だと思う。
ジャニーズ事務所が本気でこの問題に向きあうのなら、連綿と受け継がれてきた異常な企業体質をまるっと解体して、できる限り新しく再建する必要がある。それを、問題の企業体質の中で育った人にやれるか。いややれないよ。普通に考えて。
もし、東山氏が極めて高度なモラルと何者のいかなる抵抗にも屈しない超人的胆力の持ち主であれば話は別だけど、会見ではさっそく東山氏の過去のハラスメント疑惑が追及されてたし、本人もしっかり否定はできなかったみたいだし。
社長を交代するなら、不祥事を起こした企業を再建した経験のある人に外部から来てもらう以外ないと思う。だって東山氏にそのスキルが足りてないことは誰からみても明らかなんだから。

よっつめ。
社名は変更するべきだと思う。
これまで何十年と積み上げてきたブランド力を維持したい気持ちはわかる。
でもね。ブランド力ってジャニーズ事務所が築いたものであると同時に、所属タレントの努力の賜物であるコンテンツや、彼らのファンが支えてきたものでもあるんだよね。だから逆にいえば「ジャニーズ」という元社長=性犯罪者の名前にこだわる必要は全然ないと思う。
むしろ「ジャニーズ」という名前を捨てることで「解体的出直し」の出発になるはず。歴史上稀にみるスキャンダルのイメージから脱却するためにも、社名は変えた方がいい。
「ジャニーズ」という名前が残る限り、被害者も、一般のオーディエンスも、それを耳にするたび元社長の性加害を連想するだろう。そんなのタレントさんたちが可哀想過ぎるでしょ。ブランド力もへったくれもない。逆に、社名に「ジャニーズ」を残すメリットって何?私には想像つかない。

個人的な話だが、中学生か高校生の一時期、東山紀之氏が好きだったことがある。父がヒガシ推しで(うちの父はイケメンに目がない)その影響で、確か写真集のような小さな本を買って眺めてた記憶があるけど、アルバムを買ったりライブに行ったりしたことはないし、長い彼のキャリアに関する知識もほとんどない。
ただとてもストイックで厳しい人だという評判はどこかで耳にしたことはある。それはそうだろう。でなければ30年以上も日本のショービジネス界の第一線で活動を続けることなんかできないんじゃないかと思う。
だとしても、彼のエンターテイナーとしてのキャリアと、とんでもない不祥事を起こした企業の建て直しには何ら関連性はない。むしろ彼が会社の看板として君臨することで、これまでの企業体質がそのまま受け継がれる可能性の方が高いと思う。すごく残念なことだけど。

残念といえば、会見を伝える報道の中に、被害と被害者について明確に言及するメディアが少なかったことが寂しかったです。
一部には、ジャニーズ性加害問題当事者の会などすでに被害を告白した方々のコメントを引いてる番組もあったけど、少なくとも、会見そのものは「被害そのものを中心にした組織改革」のスタートにはなってなかったんではないかと思う。
それでは、この問題の本質に対峙していくことにはならないのではないだろうか。

この問題はジャニー氏個人の犯罪というだけでなく、子どもの人権の問題だと思う。

1994年に日本が批准した「児童の権利に関する条約(通称:子どもの権利条約)」第19条にはこう書かれている。

1 締約国は、児童が父母、法定保護者又は児童を監護する他の者による監護を受けている間において、あらゆる形態の身体的若しくは精神的な暴力、傷害若しくは虐待、放置若しくは怠慢な取扱い、不当な取扱い又は搾取(性的虐待を含む)からその児童を保護するためすべての適当な立法上、行政上、社会上及び教育上の措置をとる。

2 1の保護措置には、適当な場合には、児童及び児童を監護する者のために必要な援助を与える社会的計画の作成その他の形態による防止のための効果的な手続並びに1に定める児童の不当な取扱いの事件の発見、報告、付託、調査、処置及び事後措置並びに適当な場合には司法の関与に関する効果的な手続を含むものとする。

この条文に則って今回の問題に対応するとなれば、ジャニーズ事務所は専門家の法的な援助のもとで、過去現在すべての所属タレントの「子どもの人権」をまもるためのプロセスに着手するべき、ということになる。

ジャニー氏の性加害とそれに連なる出来事はすべて、人が生まれながらにもっている基本的人権に関わる問題で、基本的人権は世界中どこでもまもられなくてはならないグローバルスタンダードだ。このグローバルスタンダードがまもれなければジャニーズ事務所は新たな再出発なんかできないし、取引企業もろとも投資家の信用を失うことになるだろう。海外にも多くのファンをもつ所属タレントたちの今後の活動にも大きく影響するかもしれない。

これまでのエンターテインメント業界では、しばしば人権は疎かにされてきた。
だけど、2016年に発覚したジミー・サヴィル事件や、ハーヴェイ・ワインスタイン事件(2017年)などを端緒に始まった業界の改革によって、性暴力や性差別や人種差別、セクハラ、パワハラなどの人権侵害は断じて許されないものとされるように変化しつつある。
ジャニーズ事務所は、長きにわたって続いた被害そのものを軸に据えて、こうした改革の流れに続くべきで、それは今回発表された計画(といっていいのだろうか)では達成される見込みは極めて低いと考えられる。

ジャニーズ事務所は長い年月をかけて、若い男の子で構成される特異なアイドルグループ産業を確立し、海外にまで及ぶエンターテインメント業界の発展に大きく寄与してきた企業だ。
その功績の偉大さに間違いはない。
だからこそ、過去に犯した誤りを矮小化することなく、正々堂々と向きあい、完全に決別するために実効的かつ透明性の高い計画をたてて、弛まぬ努力でそれを完遂してほしいと思う。

ま、どーせそんなの無理っしょ、って思ってる人もいっぱいいると思う。ていうかそれが大多数だと思う。
でもさ、そんなの寂しいじゃん。
私は寂しいと思うな。
曲がりなりにも、悶々と人権問題を考えてきたひとりの人間として。


児童の権利に関する条約(外務省)
基本的人権(コトバンク)
ジミー・サヴィル事件(BBC)
ハーヴェイ・ワインスタイン事件(SCREEN ONLINE)
ジャニーズ事務所ウェブサイト:外部専門家による再発防止特別チームの調査報告書

関連記事:
8月29日発表:外部専門家による再発防止特別チームの調査報告書レビュー
BBCドキュメンタリー「J-POPの捕食者:秘められたスキャンダル」レビュー
児童ポルノ・買春事件裁判傍聴記
『児童性愛者―ペドファイル』 ヤコブ・ビリング著
『スポットライト 世紀のスクープ カトリック教会の大罪』 ボストン・グローブ紙〈スポットライト〉チーム編
『Black Box』 伊藤詩織著