2019年8月15日、安倍首相は自民党の稲田朋美(総裁特別補佐)を代理として靖国神社へ遣わし、玉串料を奉納させた。玉串料とは、神社にお参りした際やお祓いを受けた際の謝礼として奉納した金銭の事である。どのような言い訳をしようが靖国神社は数多ある宗教法人の中の一つに過ぎないものである。そのような靖国神社に「総理大臣」の肩書を持つ人間である安倍氏が、私費であるか否か、代理を遣わしたか否かに関わらず、玉串料を奉納したという行為は、紛れもなく、憲法の「政教分離原則」に違反する行為である。第20条「信教の自由」1項には「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」、3項には「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」と定めている。さらに、代理人の奉納行為の護衛などに国家公務員を関わらせた場合、2項の「何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない」の定めに違反しており、公務員の人権を侵害している。憲法違反行為を直ちに止めさせるべきである。
さらに重大な放置してはならない事は、首相代理の稲田朋美氏が首相から託された言葉である。その言葉は「令和の新しい時代を迎え、改めて我が国の平和と繁栄が祖国のために命を捧げたご英霊のおかげであると感謝と敬意を表します」というものである。この認識は明らかに安倍首相の偏向した主観的なものであり、誤ったものである。日本国の今日の姿(繁栄であるか否か、平和であるか否かは一概には言えない)は戦没者(「祖国のために命を捧げた」という表現や「ご英霊」という表現は、戦没(者)の真相(情)を歪曲して独善的に讃え美化するもので、不適切)のお陰ではなく、感謝や敬意を表す事との関係はない。「英霊のおかげ」とか「感謝や敬意を表す」などの感情や行為は過去の戦争を侵略戦争とは認めず、侵略戦争を正当化する「聖戦」認識を有する人間の認識である。安倍首相が神聖天皇主権大日本帝国政府為政者の立場に立っている事を示す言葉であり、断じて認められない。神聖天皇主権大日本帝国政府によって捏造された新興宗教国家神道(幕末に生まれた他の多くの新興宗教を抑圧弾圧し統制下に収めて創生)を根拠とする靖国神社に、首相がそれへの信仰を有する事を示す「玉串料を奉納する」という行為は奇々怪々で憲法違反そのものであり主権者国民はこの行為をやめさせるべきである。その際国民は、この問題の根源元凶は天皇家の宮中神道にある事に気づき、それにどう対処すべきかにも思考を巡らせるべきである。
安倍内閣の閣僚による敗戦(終戦という言葉は当時の陸軍大臣や為政者の価値観に基づくもので不適切)の日の参拝は、17年以降途絶えているが、超党派の「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」(会長=尾辻秀久・元厚労相)の衆参議員は例年通り集団参拝した。それに先立って、萩生田光一幹事長代行や小泉進次郎衆院議員も参拝した。
2018年の敗戦の日は、柴山昌彦(自民党総裁特別補佐)が代理を務め、「自民党総裁 安倍晋三」の肩書で玉串料を納めた。安倍首相からは「先人たちの御霊にしっかりとお参りして下さい」との話があったとの事。今年の言葉は昨年より首相の価値観を明確に表明していると言って良いだろう。
(2019年8月23日投稿)