■Jaco Pastorius (Epic)
衝撃のデビュー作!
そうしたキャッチフレーズは、これまで数多使われてきましたが、このジャコ・パストリアスの実質的な初リーダーアルバムこそ、相応しい!
そう確信されている皆様は大勢いらっしゃるはずです。
しかし、もちろんジャコ・パストリアスが正式にレコードデビューしたのは、このアルバムではありません。例えば、これ以前にもパット・メセニーやウェザー・リポート、ジョニ・ミッチェル等々の諸作にセッション参加していたは事は有名であり、中でもウェザー・リポートの傑作アルバム「ブラック・マーケット」に収録された「Cannon Ball」と「Barbary Coast」の2曲における活躍はフュージョンブームも最盛期ということで、ジャズ者ばかりか多くのロックファンをも瞠目させるに充分だったと思います。
なにしろ特徴的だったのは、まずエレキベースでありながら、そこから弾き出されるのは丸っきりウッドベース系の音色であり、加えてジャンルに囚われない柔軟なフレーズ構成と卓越したリズム感は、それまでのエレキベースの常識を覆すほどの変態性がっ!?
とはいえ、それゆえにジャコ・パストリアスは特異な存在として終る可能性もあった事は否定出来ません。
ところが、この初リーダー盤が出た後は、誰もが認めざるを得ない優れた音楽性を持ち、唯一無二の個性を披露する天才ベース奏者として、忽ちに絶大な評価を確立してしまったのですから、まさに「衝撃」という言葉に偽り無し!
録音制作は発売と同じ1976年、ということは如何に関係者がジャコ・パストリアス(b,arr,vo,ds) の力量と音楽的才能を評価していたかの証であり、ハービー・ハンコック(key)、ウェイン・ショーター(ss)、レニー・ホワイト(ds)、ドン・アライアス(per,ds)、ランディ・ブレッカー(tp)、マイケル・ブレッカー(ts)、デヴィッド・サンボーン(as)、ヒューバート・ローズ(fl)、ナラダ・マイケル・ウォルデン(ds)、サム&デイヴ(vo)、マイケル・ギブス(per,arr) 等々の超一流メンバーが参集したのも決して顔見世ではない、ガチガチのガチンコが繰り広げられています。
A-1 Donna Lee
モダンジャズを創成した天才チャーリー・パーカーが書いたビバップの聖典曲ですから、そのシンコペイトしまくった複雑なラインのテーマメロディは特にジャズ者には畏敬の対象ということで、決して迂闊には出来ないところを、なんとっ! ジャコはドン・アライアスを相棒に強烈なリズム優先主義のデュオを演じてしまうのですから、忽ち震えるが止まらなくなったリスナーは夥しいはずです。
とにかく正確無比に再現されるテーマメロディを巧みにフェイクしていく技は、とてもエレキベースと思えません。なによりも既に述べたように、音色がウッドなんですよねぇ~~~♪
要所で入れるキメのハーモニクスもニクイばかり!
ちなみに今では有名な逸話ですが、ジャコがベースを始めた頃に良く聴いていたのがマックス・ローチのLP「プレイズ・チャーリー・パーカー」だったという真相も、充分に納得されると思います。
またウェザー・リポートのオーディションに送った自演テープにも、この曲が入れてあったそうですが、ジョー・ザピヌルが気にいって本人に面接した時、「君はエレキベースが弾けますか?」と質問したほど、これは当時のエレキベースの常識を逸脱していた事実だったのです。
それは個人的にも、フュージョン系のエレキベースと言えば、例えば既に名声を確立していたスタンリー・クラークが如何にも黒人らしい強靭なビート感と硬質な音色でビンビンに弾きまくるという、ある意味ではロックにも近いアプローチだったのに対し、ジャコは時代に逆行する感じでモダンジャズに回帰して行くような、実に柔軟なスタイルが温故知新!
これが全く、目からウロコだったんですねぇ~~♪
この初っ端の演奏だけで、それが充分に納得して楽しめるというわけです。
A-2 Come On, Come Over
しかし一転、前曲から間髪を入れずに始まるのが、ファンキーなニューソウル! 16ビートがビシッと演じられる中をシャウトするのがサザンソウルのスタアコンビだったサム&デイヴというのも、イノセントなジャズファンには違和感たっぷりだったかもしれませんが、ジャコのキャリアにはフロリダで活動していた駆け出し時代、サム&デイヴのバンドで働いていた事もあったそうですし、なによりも本人が好きなんでしょうねぇ~、こういうものが!
ですから、十八番の幾分忙しないスタイルの定型リフを終始弾くことによって他の演奏メンバーを自由にさせる目論見は大成功! 泣きまくるデヴィッド・サンボーンも大ウケでしたし、ブレッカー・ブラザーズがリードするシャープなホーンセクションやナラダ・マイケル・ウォルデンのヘヴィでタイトなドラミングも、これがフュージョンという見事なお手本を完成させていると思います。
A-3 Continuum
そして更に一転するのが、この幻想に彩られたフュージョン演奏で、以降も作者のジャコ本人が好んでステージ演目に入れ、またウェザー・リポートのライプの中でも要所を引用してたほどですから、その完成度は既に圧巻ですよ。
例の目眩がするほど複雑怪奇なアドリブフレーズの構成は、実は練り上げられた手癖的な部分もあるのかもしれませんが、ハービー・ハンコックのエレピやレニー・ホワイトの変幻自在なドラミングが決してそれを許さないガチンコという厳しい仕上がりは、永遠に不滅です。
A-4 Kuru / Speak Like A Child
こうして辿りつくのがA面のハイライトであろう、このメドレー!
前半はジャコが書いたアップテンポの新主流派モダンジャスなんですが、イントロで炸裂するストリングの使い方が刺激的ですし、ハービー・ハンコックが本気度の高いアドリブを繰り広げれば、ドン・アライアスを中核とする打楽器組も容赦がありません。
そこで必然的にクールなジャコの定型リフパータンがモリモリと繰り返されるあたりは、なにか当時のフュージョンの常識を外れた感じが新鮮であり、曲の展開がストリングスパートの合奏を経て、ハービー・ハンコックの人気オリジナル「Speak Like A Child」へと流れていく仕掛けは、ジャズ者ならば歓喜悶絶♪♪~♪
何時の間にか自由自在にアドリブしているジャコのペースにも驚嘆ですよ♪♪~♪
こういう部分が、ジャズ評論家の先生方にもウケが良かったポイントじゃないかと思います。
A-5 Portrait Of Tracy
これまた今でもジャコのイメージを決定づけている名演のひとつで、愛妻に捧げた自作のベースソロ曲♪♪~♪
これでもかと堪能させられる得意技のハーモニクスは本来、クラシックのチェロとかバイオリンが鳴らす奏法だと言われていますが、実はエレキギターでも頻繁に使われています。
しかし、これが指のタッチというか、弦が鳴った直後に指を離すタイミングが難しく、つまりはリズム感が要求されるんですねぇ。
ちなみにジャコが自在にハーモニクスを操れるのは、使っているエレキベースがフレットレスということにも関連するんじゃないかと思うんですが、その答えは残されている各種映像、そしてこの「Portrait Of Tracy」に集約されているのかもしれません。
さらに極言すれば、ここまでのA面の流れが全て、最後に置かれた「Portrait Of Tracy」に収斂するという個人的感想は、決して過言ではないと信じています。もう、ここを聴くためにA面最初に針を落とすという儀式があるんじゃないでしょうか。
B-1 Opus Pocus
こうしてアッという間に片面を聴き終えたレコードをひっくり返せば、意外にすんなりと鳴り始めるのがカリビアンなスティールドラムの響きであって、そこからビシバシにフュージンしたリズム&ビートが発展し、いよいよ登場するウェイン・ショーターのソプラノサックスが限りなくウェザー・リポート!!?!
いや、これはウェザー・リポートよりもウェザー・リポートらしい演奏でしょうねぇ~~♪
ですからジャコのペースも時には不気味なウネリに踏み込んだりしますし、レニー・ホワイトの妥協しないクールなドラミング、妙に合っていないコードを弾いてしまうハービー・ハンコックのエレピ!? 心底、テンションが高いですよ。
あぁ、これがLP片面、続いたらなぁ~、という思いを打ち消せないフェードアウトが憎たらしい!
B-2 Okonkole Y Trompa
ほとんどディレーマシンの如きジャコのリズムパータンが、旧態のジャズからは大いに離れてしまう演奏になっていますが、これを認めか否かで、このアルバムの存在価値が決まってしまうような気もしてます……。
B-3 Cha-Cha
しかし、これはジャコ流儀のモダンジャズ新主流派へのトリビュート!?
ラテンリズムも入った正統派モードグルーヴの凄さは、ジャズ喫茶全盛期を見事に蘇らせてくれる雰囲気が濃厚ですから、ジャコ本人も強烈なアドリブでジャズ者を完全KOせんと大ハッスルですよ♪♪~♪
う~ん、これがエレクトリックベースなのかっ!?
そういう疑問も故なき事ではないでしょう。
共演者もヒューバート・ローズの突進フルート、ドン・アライアスのガチンコ打楽器にレニー・ホワイトのモロジャズなドラミングが怖いほどですから、ハービー・ハンコックも手抜き無し!
このあたりを聴いて、血が騒がなくなったら、モダンジャズを楽しむ因子を失ったと断定されるような快演が、ここにありますよ。
B-4 Forgotten Love
不穏なストリングはマイケル・ギブスのアレンジで、ハービー・ハンコックの大袈裟なピアノが現代音楽気味という、これはこれでアルバムのオーラスにぴったりの短い演奏なんですが、驚くべきはリーダーのジャコ本人が実際の演奏には関わっていないという疑惑が!?!?
もちろん作曲はジャコのクレジットになっていますが、こういう事を堂々(?)とやらかす精神構造は、通常のジャズミュージシャンには想定外だったと思われます。
ちなみにアルバム全篇をプロデュースしたのは、BS&Tのドラマーだったボビー・コロンビーというのも意味深でしょうか。
ということで、作家はデビュー作へ収斂するというのは有名な至言ですが、それがそのまんま、ジャコ・バストリスにも当てはまると思うのはサイケおやじだけでしょうか?
ご存じのとおり、この天才ベース奏者はウェザー・リポートでの活躍もあって、忽ちにして世界的な人気と名声を獲得しながら、おそらくは悪いクスリの所為もあったと言われる奇行・危言が日常茶飯事で、そのあたりは数次の来日ステージを実際に目撃された皆様ならば、きっと心当たりがあるはずです。
天才とキチガイは紙一重、と昔から言われているとおり、ジャコ・バストリアスもそんな道を歩んでしまった事はファンには悲しいことであり、早世もせつない現実……。
しかし当然ながら、残された正規音源の他にも、ブートまがいの発掘ソースや未発表物も事ある毎に話題となって売れるほど、ジャコ・バストリアスという存在は絶対的になっています。
その意味も含めて、このデビューアルバムは決して越えるが出来ない高みに浮かぶ桃源郷じゃないでしょうか?
これは聴けば、「今でもジャコは生きている!」
あのフレットレスのエレキベースは、ジャコ・バストリアスであればこその音色を響かせ、その音楽的な広がりこそが「ジャコの存在証明」であったことは、ここにしっかりと記録されていると思います。
未来永劫、聴き継がれる名盤と断言して後悔致しません。