★私は最近「金科九条族」と言われて、護憲派・護憲運動について振り返ってみようといろいろな辛口の意見を探して勉強し、反省することにしました。
そうした中で、マガジン九条のインタビュー記事に出会いました。 http://www.magazine9.jp/interv/tamura/index2.php
専修大学の憲法学者・田村理さんとのインタビュー記事です。
「最近の護憲論や運動は「条文至上主義」になっている」と批判する氏の主張には耳を傾けるかちがありました。是非上記のアドレスにアクセスしてみてください。(まもる)
<インタビューの一部>
『9条に限ったことではないのですが、憲法論議でありがちなのは「条文ではこう書かれている」とか「こういう条文にすべき」というレベルの話で終わってしまうことです。肝心なのは「憲法の条文で定められているとおりに国家=権力を動かせるかどうか」「国家=権力に条文どおりに行動させるにはどうしたらよいか」です。憲法は「使ってなんぼ」なわけで、僕たちが道具としてどれだけ使えるかが重要なんです。
9条も同じこと。本来ならば、護憲派のほうから、9条の理念と自衛隊が海外に派遣されている矛盾をどうやって解消するのか、自衛隊や日米安保を将来どうするのかといったことについて問題提起をすべきです。ところが、現状(自衛隊や日米安保)を全て肯定しながら、とにかく「素晴らしき9条は変えてはいけない」と言う。こうなると、9条はまるで拝礼の対象です。「教育勅語」がそうであったように。何かを拝み、すがりたい気持ちは分かります。でも、9条を拝んだら国家=権力が日本を平和にしてくれるのでしょうか?』
そうした中で、マガジン九条のインタビュー記事に出会いました。 http://www.magazine9.jp/interv/tamura/index2.php
専修大学の憲法学者・田村理さんとのインタビュー記事です。
「最近の護憲論や運動は「条文至上主義」になっている」と批判する氏の主張には耳を傾けるかちがありました。是非上記のアドレスにアクセスしてみてください。(まもる)
<インタビューの一部>
『9条に限ったことではないのですが、憲法論議でありがちなのは「条文ではこう書かれている」とか「こういう条文にすべき」というレベルの話で終わってしまうことです。肝心なのは「憲法の条文で定められているとおりに国家=権力を動かせるかどうか」「国家=権力に条文どおりに行動させるにはどうしたらよいか」です。憲法は「使ってなんぼ」なわけで、僕たちが道具としてどれだけ使えるかが重要なんです。
9条も同じこと。本来ならば、護憲派のほうから、9条の理念と自衛隊が海外に派遣されている矛盾をどうやって解消するのか、自衛隊や日米安保を将来どうするのかといったことについて問題提起をすべきです。ところが、現状(自衛隊や日米安保)を全て肯定しながら、とにかく「素晴らしき9条は変えてはいけない」と言う。こうなると、9条はまるで拝礼の対象です。「教育勅語」がそうであったように。何かを拝み、すがりたい気持ちは分かります。でも、9条を拝んだら国家=権力が日本を平和にしてくれるのでしょうか?』