九条バトル !! (憲法問題のみならず、人間的なテーマならなんでも大歓迎!!)

憲法論議はいよいよ本番に。自由な掲示板です。憲法問題以外でも、人間的な話題なら何でも大歓迎。是非ひと言 !!!

ことばの戦場   落石

2007年01月22日 17時35分43秒 | Weblog

新聞・テレビなどで政府が新しい政策を
打ち出す時のネーミングは実にうまい。

ホワイトカラー・エグゼンプション。

 (なんのことか分からない。)

マスコミの流行らせる言葉も魅力的。

セレブ。

 (なんとなくリッチそう。)

こうした言葉にのってしまうと、思考の枠組みを
限定されてしまう。
怖いですね。

カタカナに要注意!

美しい日本。

 (これは分かりやすい。)

大和言葉も要注意かな?
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歴史小説家の洞察はさすが。   ミセス・ネット虫

2007年01月22日 12時46分29秒 | Weblog
女史曰く:

 安倍首相は人間的にはいい人で旦那さまにはいいタイプ,指導者としていいかは別問題。誠意はあるが普通の人なら飽きてしまう。ときには嘘でしか表現できない真実もある。彼は変化球を投げない人。文章の世界では,メリハリや切り返しを芸という。安倍さんは芸がおありでない。

 官房長官に彼と全く違った人間を持ってくるべき。国際会議では彼の言葉をいちいち翻訳していると外国の人は分からないから,練達の通訳が必要。言っていることを半分に縮めないと我が国の国益に反してしまう。

 安倍さんの支持率低迷の原因は演出がないこと。政治はドラマでありケンカ。それが嫌なら官僚をやっていたらいい。

 日本人に違和感を感じるのは「信じすぎ」だと言うこと。民主主義も万全ではない。それなのに民主主義は絶対的な善でそれに任せればすべて上手く行くと思っている。
 政治家は「有権者のニーズを汲み取って」とかなんか言うが,有権者は自分のニーズをはっきり分かっていない。政治家がそれを喚起しなければ行けない。すでにあるものをくみ上げるだけならマーケッティングの専門家に頼めばいい。

 日本は「美しい国」とまでは言わなくても「いい国」になった方がいい。一つ一つ具体的で小さなことを解決して行くべき。日本人はそういうことは意外に上手いのですが、時々狂ったように抽象的なことを言い出すから困るのです。


 その通りだ。「美しい国」というスローガンは,抽象的で困るな。なんとでも好きなように解釈できる言葉だ。安倍首相のホントの狙いは「美しい日本を守るために既得権者を守りましょう」ということではないか。もしくは「美しい日本を守るために現状をいじらず何もしないで寝ている総理がいい総理なのです」ということか。

   
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「初の米国女性下院議長誕生」   ミセス・ネット虫

2007年01月21日 21時36分04秒 | Weblog
「米国の3番目の政治的パワーを持ったNancy Pelosi(ナンシーペロシ)
お正月らしく、初もの尽くしのアメリカ」

昨日は、お正月らしく、以下の「初もの尽くし」とも言うべき形容詞で飾られて、Nancy Pelosi(ナンシー・ペロシ)が、米国下院議長に正式に就任しました。

初の女性下院議長
初のカリフォルニア州選出の下院議長
初のイタリア系アメリカ人の下院議長
キッチンから下院議長にのぼりつめたナンシー

サンフランシスコ選出の66歳のナンシーは、High Profile(高いキャリア)の女性にとって「Perfect Husband(完全な夫)」*と呼ばれる富裕な投資家Paul Pelosi(ポール・ペロシ)との間に、5人の子供をもうけて、子育て終了後の46歳の時に、政界入りを果たした女性です。「Kitchen to the House(台所から下院議長)」へ上り詰めた彼女は、カソリックであるにも拘らず、同性間の法的な結婚問題、胚性幹細胞研究の促進、女性の中絶の権利など、反宗教的な問題にも擁護する姿勢をみせる、サンフランシスコ**きってのリベラル派です。

*Perfect Husband(パーフェクトな夫):43年間の結婚生活を共にする夫のポールは、1987年の彼女の当選以来、常に彼女の政治活動をバックステージで支えてきた「Mr. Nancy Pelosi的な人」です。金銭面での支えを含めて、彼女の20年間の政治的活動が成功するように、自らの投資やビジネス活動も彼女の障害にならないように、気をつけて行ってきた人で、彼女の最大のサポーターと言われています。

**サンフランシスコ:ビートニック、ヒッピー、ゲイマリッジなどを生み出し、擁護してきたサンフランシスコは、他の州の人から見ると、政治的に非常に急進的で、米国民のマジョリティから程遠い、ちょっとクレージーな人たちという意味を感じさせるようです。

ルーズベルト大統領以来の政治一家に育ったナンシー

彼女のボルチモアの実家は、父親は市長と下院議員、兄も市長という政治一家で、1947年、彼女が7歳の時に、父親の市長就任宣誓式で演説したのが、「最初の政治活動」と言われているぐらい政治的環境で育っています。良くある女性議員の成り立ちで、夫や父親が亡くなったために政界入りするというパターンとは異なります。

強硬なリベラル派がどこまで議会運営の舵取りができるか?

イラク戦争の早期解決を目指すナンシーは、昨年院内総務候補として、イラク撤兵を唱える海兵隊出身のMurtha(マーサ)下院議員を選んで(結果は民主党内の反発を買って、No2のHoyer下院議員を選出することになります)、自身のイラク戦争への態度を見せ付けるなど、その強気な姿勢はいたるところで、目につきます。昨日は、就任早々、「議員モラルを高める」ために、ロビーイストやサポーターによる食費や旅費の供与は認めないという方針を打ち出し、共和党との相談もなく出されたこの提案は、「横っ面を張り倒されたようだ」と言わせるほどの反発も買っています。今後どこまで、このリベラル派のナンシーーが、議長として両党およびブッシュ政権との間で、上手に調整を図って、国民の声を政治に反映できるかは、非常に興味深いところです。

「シーザー以来最もパワフルなイタリア人」は、米国のNo3の政治家となる

米国では、上院議長は、常に副大統領が務めるため、今日のタイトルに書いたとおり、彼女は米国の大統領、副大統領に次ぐ3番目に政治的なパワーを持つ存在となりました。彼女は、「通常の女性がGlass Ceilling(ガラスの天井)を打ち破るだけでなく、Marble Ceiling(大理石の天井)を打ち破って行く」と語ったほど、今回の就任の持つ意味が、米国女性の意識改革に大きな役割を果たすと語っています。また、これは女性だけに限らずイタリア系の米国人にとっても、画期的な出来事で、「Most Powerful Italian since Caesar(シーザー以来の最もパワフルなイタリア人)」と呼んで、大いに祝福しているようです。

Second Life(セカンドライフ) にも登場するナンシー

今日のSF Chronicleによると、彼女が「Second Lifeのヴァーチャルな下院」に登場する予定であると発表しています。「ネクストジェネレーションとエンゲージするためにも、重要なことである」と言う話を聞くと、ますますサンフランシスコぽくって、いいな、と思いました。

また、ナンシーが議長に選出された瞬間、彼女は5人の孫たちに囲まれながら、6人目の生後2ヶ月の男の子の孫を抱いており、あわてて赤ちゃんを娘に渡すという、今までの議長選出ではありえない光景を目の当たりして、時代は変わっていくと、感じました。

モメンタムに乗って

ブッシュ政権との交渉、議会運営など、チャレンジングな課題を抱えているナンシーに対して、周囲はそんなに楽観的にモノゴトは推移しないという目を向けていますが、彼女には今、国民の声の反映である中間選挙の民主党の勝利という「Momentum(勢い)」があります。今までのやり方ではないものを求めている国民は、彼女がどこまで、モメンタムを活かせるか、見守っています。

2007年1月 5日 (金)  ミセス・ひさみ   
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安倍晋三氏は語る  ‥‥ 千里眼

2007年01月21日 05時13分00秒 | Weblog
 「憲法第九条第二項には、『交戦権は、これを認めない』という条文がある。これをどう解釈するのか、半世紀にわたって、ほとんど神学論争に近い論争がくりかえされてきた。‥‥この神学論争は、いまどうなっているか。明らかに甚大な被害が出るであろう状況がわかっていても、こちらかに被害が生じてからしか、反撃ができないというのが、憲法解釈の答えなのである。」「たとえば日本を攻撃するために、東京湾に、大量破壊兵器を積んだテロリストの工作船がやってきても、向こうから何らかの攻撃がないかぎり、こちらから武力を行使して、相手を排除することはできないのだ。わが国の安全保障と憲法との乖離を解釈でしのぐのは、もはや限界にあることがおわかりだろう」(安倍晋三「美しい国へ」P133~4)、と書いている。

 こんな低レベルの論理で憲法改正を進められたら、国民としてはたまったものではない。国籍不明の船が領海内に進入したら、その段階で「自衛権」を発動できるというのは国際常識である。安倍首相はそんなことも知らないとは恐れ入ったことである。停戦を命じて臨検し、抵抗した場合には「危急性」についてケース・バイ・ケースの判断もあろうが、原則的に発砲することは国際法として許されている行為である。これは「国の交戦権」ではない。しかも、現行国内法の範囲内で処理できる問題なのだ。

 そもそも、テロリストは「国家の交戦権」の対象にならない。テロリストは国家ではないのだ。武力の面で警察や海上保安庁の手にあまるならば、自衛隊に「防衛出動」を命じればよいのだ。これは憲法違反に当たらないことは、すでに実証済みである。げんに北朝鮮の工作船を撃沈しているのである。

 テロリストとか工作船という言葉を出せば、国民を騙せると思ったのであろう。安倍晋三氏の本音は別にあるのだ。 
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日本財界が2週間で7500万ドルをパクられた話   文科系

2007年01月21日 03時34分55秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など
 95年2月27日イギリスの名門銀行ベアリングズ社が倒産した。シンガポール支社の28歳のデリバティブ・トレーダーが10億ドルの損失を出したことが原因である。イングランド銀行が主要銀行に呼びかけて緊急救済検討会議を持ったが、「白紙の小切手にサインすることと同じ」という事態であると認定して、救済を断念。この倒産が、ベアリングズ社に貸していた日本の銀行の焦げ付きや、デリバティブ損失絡みの東京株式市場暴落(14ヶ月続いた)やをもたらし、日本企業の春の決算期は粉飾の必要に迫られていた。従来保守的であった日本企業にたいして、米デリバティブ・セールスの絶好機到来なのである。「手っ取り早く儲けて」損失を隠したがっていた日本企業に「歴然たる詐欺を働いているよう」なデリバティブが、さー売れるぞ! 著者は語る、「誰が実際にベアリングズ社に金を貸していたかかが分かったときの至上の喜び!」!
 モルガンのある上司の言葉 「われわれは死に物狂いのクライアントを愛し、彼らを見ると興奮する。われわれは必死の人々からたくさんの金を稼がせてもらってきた」
 しかも、「日本の証券会社はアメリカよりずっと進んでいて、何年も金融的な詐欺を手がけて、みごとに成功していた」、「日本の最大手の投資家たちは、どれだけ切羽詰まっても、もう財務的詐欺を犯すために日本の証券会社を使いたがらなかった」

一体どんなデリバティブ商品を、モルガンはこの年度末粉飾決算までの1ヶ月足らずの間に売ったのか?

 アメリカン・モーゲージ(mortgage、抵当)・インベスティメント・トラスト
ここには「高価なプレミア部分」と「安価なディスカウント部分」とが含まれている。この場合具体的には、前者は住宅ローンの支払い時に使われる小切手が政府系の金融機関にプールされるのだが、このプールをモーゲージ証券の基本とするというような担保付抵当証券の一種であり、後者は「アメリカ政府によって将来の特定の日付に支払われるただ1回の支払いである」。
 作者はこれを売った場合の以降の成り行きについて、例えを使ってこう語る。
 
 100ドルで、金入りの壺を「いつでも超特大プレミア、利子付きで換金します」という鳴り物入りで売る。体積の半分は金で90ドル、あとの半分は銅で10ドルである(客には中身は見えない)が、その「平均」体積の半分の50ドル分は将来でないと換金できない仕組である。さて客たちが最初の半分を契約後直ぐに換金に来た。「平均」50ドル分が実に90ドルで支払われたのだ。銅を含まず金の部分で支払っただけなのであるが、将来はもっともっと!と、客は一安心。なんせ短期間に8割の利子である。将来はどれだけの利子になるか!
 舞台裏の実際はこうだ。最初に金部分を換金してあげただけ、将来の「半分」は当然、銅の価値しか支払われない。「平均」半分の50ドル分が10ドルにしかならないのである。しかしその将来には、壺を買った担当者も退職、新担当者には「情勢が変わった」とかなんとかで、後は野となれ山となれ!いずれにしても双方共に「他の誰かの問題となるだろう」。

 モルガンのセールスマンたち皆がこのAMITのことをこう呼んでいたという。shamit(にせもの)、scamit(ぺてん)と。なおこれを作者はこう語る。「すべてのデリバティブの母であり、ウオール街でも、モルガンの60年の歴史でも最も儲かった取引であった」と。

 この商品を買ったのは日本のリース会社や商社だそうだ。これによるモルガンの利益は7500万ドル、それもわずか2週間の仕事だ! 因みにこの間3月末まで、米国国債市場も急騰したということである。   
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江戸時代か!!       ネット虫

2007年01月20日 22時06分07秒 | Weblog
「踏み字」の強制は違法 New!
「踏み字」とは、聞き慣れぬ言葉。
昨日、鹿児島地裁は、県議選の公選法違反事件に絡み、県警の取り調べを違法として、県に対して被害者に60万円の賠償を命じる判決を言い渡した。
「踏み字」は、違法な取り調べの一態様として認定された。「繪」ではなく、「文字」を踏むよう強要したというのである。
報道では、「家族らの名前などを書いた紙」「お前をこんな人間に育てた覚えはない」「早く正直なじいちゃんになってください」などと家族からのメッセージに見立てた文言を勝手に紙に記したものだという。これを、被疑者の両足首をつかんで踏ませた。
取調官が、文字どおり「字を踏ませた」意図は、被疑者の精神的な動揺を誘い追いつめて自白を強要するものであったろう。
驚くべきは、取調官には「踏み絵」と同様に、被疑者にやましいところあれば「文字」を踏むことに精神的な躊躇や苦痛を覚えるだろうという発想があったことである。そのような意識があればこそ、「字」を踏ませることが被疑者を精神的に追いつめることになる。
いずれにせよ、この国の権力機構の末端に、400年前の江戸幕府が行った「踏み絵」の発想が脈々と息づいているのだ。
今、都教委が行っている「日の丸・君が代」強制は、特定のシンボルに対する忠誠度のテストという意味において、鹿児島県警の「踏み字」よりも遙かに「本来の踏み絵」に近い。400年、時間は止まってしまったのか。
私には、石原慎太郎知事や6人の教育委員が、キリシタン弾圧の首斬り役人にダブって見える。

       2007年01月19日(金)10:12 この記事のURL 日記 澤藤統一郎

      
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母の闘い その5  文科系

2007年01月19日 00時25分19秒 | 文芸作品
 仕事から帰ってすぐ母の部屋にとんで行き、たずねた。
「あいつ、病院にのせてってくれた?」
 ベッドで疲れをとっていた八十七歳の母は答えた。
「うん、連れてってくれたし、骨も折れてなかったし、ほんとに良かったよ」
 ご機嫌な夢から醒めてまだ寝惚けが残っているといった感じの微笑みも交え、もにゃもにゃと応えた。

帰宅の道すがら、僕は考え込んできたのだ。おそらく息子は僕との約束を果たしてはいまい。朝、ベッドの中から朦朧とした意識のうちに返してきた形の約束だったし、母の方も「仕事で疲れてるでしょう、悪いから自分で行くよ」と遠慮がちだったのだから。いや、朦朧としてたからこそ、また休みは家にいない彼だと思えばこそ特に、何回も念を押してきたはずだ。だけどやっぱり約束は守られてないだろうなぁ。どうやって怒ってやろうか。あいつは、僕の連れ合いが度々こぼす泣き言どおりに「当てにはならず、怒っても糠に釘」。こういう時こそまなじり決し胸倉をつかんではなさずにでも、言い分を最後まで聞かせてやろう。今日は久しぶりにことを荒立てることになりそうだ。僕自身のことでではなく老人絡みのことでなのだから、荒立てる意味は大きいだろう。母の性格なのだが、怪我を後悔し自分の歳を恨むその気の病の方が怪我自身よりはるかに致命的になりかねないという心情も説明してやろう。こんな思いをめぐらしながらの気の重い家路だったのだ。

「今日、病院行ってくれたそうで、ありがとう。ほんとに嬉しかった」
 これが、息子の部屋へとって返して顔を見つめたとたんの、僕の声だった。彼はテレビ画面から目を離さず、表情も変えないで、ただ「うん」と返してきた。

「初めて食べたけど、クレープって美味しいもんだね」
 いつ二階のダイニングに上がって来たのか、不意に母の声がした。まだ、もにゃもにゃとした羽化登仙の様子だ。
「クレープのバナナが美味しいんだね。バナナまで熱かった」
クレープとはバナナ入りと決め込んだような物言いがおかしかった。病院の帰りに彼が買って来てくれて、車の中で肩を並べて食べたのだそうだ。長く家庭科の教師だった母がクレープを知らないのかと一瞬いぶかったが、そういうふりだったのか。母は昔から、何か人と繋がりを深めたいような時、会話の種作りでそんなふりをすることがあったから。でも、クレープが世に出始めたのはいつ頃で、母はいくつでーとっ、やっぱり知らないのかもしれない。
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連敗を脱したい!!        まもる

2007年01月18日 21時25分27秒 | Weblog
ZAKIです。

国会前での運動は、それが良いとか良くないとか言うような物ではなくて、
必要不可欠のものですね。
多ければ多いほど効果は上がるものだと思います。
(時代情勢も違うし、全共闘時代の暴力的盛り上がりとは別に考える必要がある。
国民を羊化して騙し込めているという現在の与党政府の認識に対し、
国会前運動の人数は国民の反対意思のバロメーター的なものになっている)
与党議員達からすると、国会前に反対の人々が集まっていない、ということは
こりゃ楽勝だな、通しちゃえ通しちゃえ、という事になるんですね。
防衛庁の省格上げ法案が正にその状態で、簡単に通されてしまいました。
採決の時の傍聴人はたったの一人でした。

法案に対する反対運動は、それぞれの立場の運動がしっかり揃っていなくては勝てない、という事を切に実感しています。
船橋のシンポでも話しましたが、共謀罪が全国の先生達や9条の会のような連帯できる輪もなく、行動し続けた反対勢力は少数であったのになぜ今阻止出来ているのか、という事を総体的に見てみると、

院内集会、院外集会、国会へ向けたデモ、ファクス攻勢、
国会前運動(座り込み、ハンスト、国会前路上集会、ポスティング、ロビーによる政党の巻き込み)TV報道、動画によるネット報道、反対する多くのブログの盛り上がり、全国共謀の日を始め、多くのまだ知らない市民にアピールする面白い街宣活動など、
それぞれの立場での運動が取り囲んで国会に圧力を掛けていたという事実が見えて来ます。
これらが特に衆院与党圧倒多数になった去年に入ってから非常に活発になって来たのが、昨今の国会での共謀罪阻止の成果に集約されて来たのだと思います。

教基法の時は、上の中で言うと、政党の巻き込み(特に民主)、TV報道、まだ知らない国民に対しての触発街宣行動などが欠けていたり、弱かった。
日教組に依存して来た運動(古い形態)の流れも途中で崩れてしまった。
しかし、国会前に集まった多くの先生方の志気は今もって崩れていません。
(参院選ひっくり返してやる、と確認し合いました。)

省格上げ法案の時は、同時に重大法案が複数採決の危機にあったこともあり、
多くの重要な反対活動が欠けていました。

国民投票法案を迎え討つにあたって、共謀罪の時の様な総体的な反対運動の盛り上がりが必要です。
今現在、国会前で主軸になって動くグループがいないのが心配です。
各運動がしっかり揃うことと、特にまだ知らない多くの国民に対するアピールが非常に重要になって来ます。

ネットのブログ活動なども、知っているもの同士ばかりじゃなく、外へ外へ広げる。田中優さんがいう”アウトプットが全て”という言葉に共感します。

非常に卑怯かつ狡猾なこの国民投票法の実態を、国民に知られてしまうのを政府は一番恐れているわけです。(共謀罪もまた同じであった)
それほど異常で国民に密接な法案な訳ですから、きちんと内容を整理して分かりやすく伝えれば、市民はすぐに分かるでしょう。

そこで6千といわれる9条の会や反対グループが国会前へ、そして地元での街宣アピールなどを全国でやり出したら、すごい事になるでしょうね。^^
世論が変われば得票ありきの政治もまた変わらざるを得なくなる。
これをやってやるのが大事だと思います。

 ところで、以上は悪法案に対する運動について話していますが、選挙となると方法論はある程度違ってくると思います。
 しかし悪法案に対する運動と、選挙運動はジャンルが違うけれど交わるものであるという認識から、相乗効果を上げて行く行動をして行きたいですね。
こういう悪法案群を強行する与党政府は支持しない! という意識をあらゆる方法を駆使して国民に広げたい。

              
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山崎さん訪朝   落石

2007年01月18日 09時10分25秒 | Weblog
自民党の山崎さんが北朝鮮を訪問。
特別な成果は報じられませんでした。
私が不思議に思ったのは、なぜこのニュースが
報道されたのか?という点です。
普通、隠密に行動するでしょうから・・・
教えて下さい。

また、自民党がさっそく批判しました。
これは仕方ないか?
外交というのは、パイプを沢山持っているほうが勝ちです。
そういう意味で、安倍政権は少し偏狭になっているようで心配。

これが某党だったら除名でしょう。

   

もうひとつ、不二家の事件はどうして発覚したんですか?
教えて下さい。

ちょっと投稿にはレベルの低い話題で、すみません!


    



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2007年01月17日 11時20分35秒 | Weblog
このブログに付いている広告を見て下さい。
面白いでしょう。
このブログが何故無料なのか?
これで納得していただけると思います。

             落石
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母の闘い  その4の②  文科系

2007年01月17日 00時14分10秒 | 文芸作品
病院をでた加代子は、胸の初診のときを思いだしていた。
 確かにレントゲンは撮った。「何ともないね」ちらっと見て、七十近いその院長は言った。加代子が診察のために上着を脱ごうとしたときは、
 「脱がんでエエ。何ともないんだから。そんなに痛くもないでしょう?」
 加代子は、何だか自分が悪いことでもしたように感じたものであった。「すみません」、恥ずかしいような気持で衣服を直しているとき、そのころ習慣になりかけた一言がでた。 それから三週間、痛みはいっこうに引かなかった。それで、加代子の生活は全く変わってしまった。自慢の早足が遅くなった。犬の散歩をさぼる日がではじめ。その距離も短くなった。急な動きを避けるので、動作がのろくなった。これらのことをくよくよするうちに、感情も頭脳も鈍になってきた。心が生気を失うと、人に対しても何か卑屈になってきたようだ。身体、心、交友などが悪循環しながら、自分が破壊されていくように感じた。これに対して、命を賭けるような思いで、加代子は闘ってきたのであった。
 痛みがほとんど引かないままに、こんなことが三週間以上も続いたのである。
 いま、歩きながら、これらすべてがゴチャゴチャに頭に浮かんだ。これから何かを、どうしようと考えるよりも、取り返しがつかぬものが悔しいという感じだった。とにかく、明日の院長診察日に、行ってみよう。混乱した心のうちで行ったり来たりしながら、思ったことはこれだった。

 「骨折だったかね。しかし、肋骨骨折の治療は打撲とそう変わらんから。でも悪かったねぇ」
 その院長はそう言うと、うしろ向きになって、カルテを書き始めた。
 加代子には、彼の詫びのことばが意外だった。そして、そのことばにほっとしたような思いから、思わず、こんなふうに語り出していた。
 「先生、この三週間、必死だったんです。痛さをかばっていて、やろうとしていることが何にもできなかった。犬の散歩も。庭仕事も。速く歩こうとすることも。自分が全くだめになっていくようでした」
 院長のペンが止まった。そしてほんの少しの間をおいたあと、ゆっくり椅子を回転させ、加代子の顔を見つめて、たずねた。
 「眠れんかったかね」
 「はい」
 「朝、よく夢でもみるかね」
 「はい」
 「自分がばかになってくようなふうかね」
 「はいっ」
 「うん。私も七十四だ。自分が、たったの一日で年取ったなぁと、つくづく感
じる日もあるよ。骨折は早く治さんとな」

 型通りの処置を受けて、加代子は病院を出た。
 ムクゲの、あふれて落ちてくるような花と葉っぱが、加代子の目にとびこんできて、まぶしかった。
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母の闘い  4   文科系

2007年01月16日 11時51分58秒 | 文芸作品
 そのバスは意外にこんでいた。乗り込んだとたんに若さがそこらじゅうから、加代子に迫ってきた。服装、会話、においまで。それら全部が迫ってきた。
 学生たちだわ。少し早すぎたかな、いやだなぁ。そう思う間もなく、加代子は、彼らの話に耳を運んでいるのだった。あっ、あの二人が話しているのは山上憶良のこと、国文科なんだろうか。
 心でこんな反応をしながらバスの片隅に縮こまっていると、何か強い視線を左手から感じた。あわてて、あごを引いて背筋を伸ばし、立ってますと意思を示した。また、顔を動かさないようによそおいながら、急いで身のまわりを確かめてもみた。別に変な所は無い。それでも視線は外れない。
 少し間をおいてから、左手の車外をのぞき見るようにそっと一瞬、視線の元、座っている一人の青年をうかがってみた。加代子を見ているのかどうか、よくわからない。
 いつものことか。このごろの。
 ふっと、そのように頭が切りかわった。私に見つめられるような何かがあるわけはない。こんなことばっかり、何度も繰り返して。
 自嘲的に苦笑いするしかなかった。なにか寂しいきもちだった。

 バスを降りて三百メートルばかり、整形外科病院への道を歩く。三週間以上も痛みが引かない胸をかばいながら。それでも、いつもの癖で姿勢を正し、少し速めに、元気に歩く。痩せてもいるし、ずいぶん若くは見えるが、八十一歳である。皺が多い顔は気になっているところだ。脚は膝のところで外に折れ曲がっているように見える。踵がない緑色が混じったベージュの靴は、小指が外に盛り上がっている。
 その右足の小指で目の前の石をそっと蹴ってみる。石は歩道の端の草むらに転がっていく。そこに、ツユクサが三、四輪のぞいていた。「おやまぁ、おはよう」、そんな感じに、加代子の口許が少しゆるむ。
 街なかの大通りでも、目立つ病院である。腰痛の病院としてこの大都市でも知れわたっていた。ここの外観が加代子は好きだ。壁のほとんどが薄く緑色にぬられ、かなり大きめにとった前庭の、欅は大木で、ムクゲも分厚い。低い草木も、意識して緑を伸びやかにそだてている。コデマリやユキヤナギなどもあって、それもできるだけ伸びるにまかせているように見える。

 「少し痛みが長びいているようですから、もう一度、胸のレントゲンを撮ります。撮ったら、腰の牽引の方へ先に行って、戻って来てください」
 若い勤務医はていねいにそう言った。
 加代子は腰椎変形性の腰痛で、しばらくこの病院に通っていた。さらに、少し前に胸を打って、そこも診てもらっているのである。
 リハビリ室から戻って、診察待合室の一団に入る。林さんの一団である。六十代半ば、リハビリ室と腰痛の主のような女性だ。彼女は、今も一人の若者に腰痛の何やらを話している。まわりの数人も彼女の方に視線を向けている。
 「牽引は前も後も腰の力を抜かないとだめよ。それがなかなか難しくてね。力抜くにはまぁ、いろいろやってみることね。ゆっくり深呼吸してみたり、腰のもわりをこんなふうに動かしてみたり」
 加代子は知らぬ間に、話を聞くふりをしていた。
 ここでこんなふうにお話しすることが、林さんの、いきがいなんだろうな。いつもいっしょうけんめ教えてあげる人だなぁ。
 こんなことを考えているその間も、側に来かかった患者を気にして、席をあけたりしていた。
 「木村さーん、木村加代子さん」
 「あっ、はいっ、はい。すみません」
 そう言いながら、診察室に入る。

 「これは、肋骨の一本が折れてますねぇ。わかりにくいですが、ここです。ここがそうです」
 言われていることが、信じられなかった。
 「でも、初め、院長先生の診断のときは、単なる打撲ですって」
 強い口調である。この頃の彼女にしては珍しいことだった。
 「ええ、本当にわかりにくい所ですから。撮影のかげんもありますし」
 その医師はあわてるふうもない。加代子はそれ以上、何も言えなかった。 (続く)
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「国民投票法案の問題点」は?      知りたがり屋

2007年01月15日 23時29分54秒 | Weblog

自民党の憲法改正国民投票法案(改訂版)に重大問題


問題点1
【投票人名簿】市町村選管が調製する投票人名簿、在外投票人名簿では国政選挙と同様に、「3カ月居住要件」を維持。

 ※憲法は国政選挙と違って,どの選挙区で投票しても結果は一つだ。国政選挙のように特定選挙区に肩入れするために住民票を移すなんてことはないのだから,3ヶ月要件は不要では?


問題点2
【投開票】国民投票は憲法改正案ごとに1人1票▽投票用紙は発議に係る改憲の議案ごとに調製▽改憲案に賛成の時は○、反対の時は×の記号を自ら記載して、投票箱に入れなければならない。

※一括投票か,それとも個別条項ごとに投票か?ということが明確にされていない。


問題点3
【投票運動の規制】選挙管理委員会の委員や職員、裁判官、検察官、警察官、会計検査官、徴税官吏に対し在職中、国民投票運動を禁止▽公務員の地位を利用した運動を禁止▽教育者の地位を利用した運動を禁止▽外国人は、組織的な国民投票運動や国民の投票行動に重大な影響を及ぼす恐れのある運動をすることができない。

※地位利用の概念があいまい。外国人がある「正当な」論評をし,重大な影響を及ぼすようなことが考えられるような場合も,論評をさせないのか?ベンジャミン・フルフォードのこのような←発言は許されないのか?


問題点4
 報道機関は、虚偽の事項を報道または事実を歪曲(わいきょく)して記載するなど表現の自由を乱用し国民投票の公正を害することのないよう、報道基準の策定、報道に関する学識経験者を構成員とする機関の設置など自主的な取り組みに努めるものとする

※メディアが国民投票の公正を害することのないような(=政権に有利な内容の)報道基準の策定を迫られることになり,正当な報道ができなくなるおそれがある。


問題点5
▽政党は改憲に対する意見広告をテレビ放送や新聞に無料で出せる。

※これって,政党の議席に比例したスペースが与えられることになると思われるが,それでは,やっぱり不当に政権与党に有利なものとなってしまう


ざっとみただけでも以上のような問題がある。反対の声を挙げましょう!


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ロスト・ジェネレーション  落石

2007年01月14日 10時42分27秒 | Weblog

朝日新聞が25歳から35歳までの世代を
ロスト・ジェネレーションと定義した連載をしています。
この世代は団塊の世代の子供たちにあたり
豊かな日本に生まれ、格差社会のなかに放り出された若者たちです。
弱肉強食の世界に生き抜くために彼らが味方と感ずるのは
どういう組織なのでしょう?
会社?労働組合?いずれも頼りになりません。
彼らのアイドルはホリエモンと雅子さまだそうです。
頼りになるのは、お金。
親近感を持つのは普通の人から皇族となった雅子さん。
しかも決して幸せでない雅子さんです。

このロスト・ジェネレーションは現状に不満です。
変革を求めています。保守には嫌悪感があるようです。
そういう意味で、小泉さんに親近感を持っていたそうです。
ロスト・ジェネレーションが9条を守ろうというスローガンに
冷淡なのは9条を守るということが保守に感じられるからでは
ないでしょうか?
積極的に現状を打開していくビジョンを求めている彼らに
「守ろう」というコトバは届かないかもしれません。

いずれにせよ、これからの日本の中心になるロスト・ジェネレーション。
変革を求めている不安定な世代ではないでしょうか?

私のように、年金で生活し、9条を守ろうというような人は
保守派そのものでしょうね。

また彼らは赤紙によって家族を奪われた体験から遠く
国家を危険視していません。
会社、労働組合など、帰属意識を持てない彼らが「美しい日本」国家に
帰属意識を持とうとしても当然なのかも。

コメント (7)
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母の闘い その3  文科系

2007年01月14日 05時50分17秒 | 文芸作品
 「じゃぁ」と、息子が腰を上げ、私の病室から帰宅しようとした。私は、座ったベッドから柵を支えにシャンと立ち上がり、伝い歩きで扉まで、見送りにたどり着こうとする。少しでも力強く見えることが肝腎、そう努めながら。
 「そんなぁ、座ってればいいのに」
 貸したい手を抑えるような素振りでついて来ながら、今日もまた彼は苦笑いしている。私の心が楽になったようだ。彼に、九十歳の病人の闘志が伝わっていると感じたかららしい。
 「ほんとに、じゃぁ」。彼は、そう言ってこちらを向いたまま離れて行き、エレベーターを待つ間もいつものようにこちらにほほ笑みかけてくる。私も、彼が言うところの特技、「晴れやかなほほ笑み」の感謝を体中に表そう、そうなっているだろうか。今、エレベーターに入り、柱に隠れたその入り口から彼の右腕だけが見え、それが振られた。

 脳内出血から一年以上にわたって幾つかの病院を転々としてきたので、土、日曜の自宅『外泊』で私のベッドに横になると、確かにホーッと声が出る。だけど、二日目になるともうなんだか疲れ果てる。同居の彼ら夫婦は共働き。私もそうだったので、彼らの大変さをあれこれと勘ぐり過ぎてしまうのだ。そう言えば、「週末は『ウチ』だよ」と彼が告げるときも、嬉しいのだがくしゃくしゃの苦笑いになってしまう。「あしたは(病院に)来る?」とは問えても、「分からない」と応えられると「来てよ」とはけっして言えない。こんなことばかりをやり慣れると、ほんとの自分の気持ちがどこにあるのか、疑念さえ湧いてくるようだ。まったく。

 病む夫を看取りて帰る夜寒かな
 少々ぼーっとなった頭にも、八年前のこの句をめぐる思い出はちらちらと浮かぶ。この句の半年ほど後、おじいさんの臨終が告げられた病院の廊下でのことだ。「もう生き返っては、来ないよねぇ」、この句の延長線上で漏れた、私の呟き。瞬間、横を、この息子の表情を探った私。この呟きは確かに両様に読めると言い聞かせてはきたのだが、そのころ私は、広い家に二人だけで住んできた情けないおじいさんへの嫌悪感を抑えることが出来ずにいて、半分鬱病のようになっていたのだった。ただ老いるに任せるだけの人生なんて、と。

 今日、土曜日、また自宅で、狭くて急な階段の手すりに両手でつかまって片足交互に上がる私。脇で見守りながら上がって来る彼は、「片足交互の頑張り」をしっかりと見ていてくれるはずだ。
コメント (2)
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