一介の音楽好きであれば、演奏の良し悪しは単に自分の好みで決めても何も問題ないけれど。
←「真の価値ある演奏」って何?
順番をつけなきゃいけないのが、コンクールの場というもの。審査員は、いったいどう考えて審査をしているの?
というわけで、ショパコン審査員のヤブウォンスキさんのインタビュー記事をたいへん興味深く読みました。
ヤブウォンスキが審査員としての胸中を語る~ショパンの音楽をリスペクトして
音楽に限らず、スポーツでもフィギュアスケートのような採点競技では長らく、公平な? 正しい? 審査のあり方というものに悩んできた歴史を持つわけだけど、
フィギュアスケートでは、「6.0」みたいな一つの(技術点と芸術点のダブルだっけ)点数づけをするのでなく、技ごとに分解して細かくポイントをつけていく方法に「進化」しました。この変化が好きな人も嫌いな人もいるでしょうけど、透明性・納得性・客観性という面では大きく向上したといえるでしょう。
では、ピアノ演奏の場合は…?
上記記事の中では、
「大変優れた演奏だが、自分には語りかけてこないし、共感できない。こういうときは、個人的な感情は横に置いて、プロフェッショナルな感覚で審査に徹します。個人的に好きでないと思っても、高い点を入れることはできます。」
「真の価値ある演奏だったら、私の好き嫌いは関係なく、高いポイントを与えますよ……唇を噛みながらね。コンクールは私のためではなく、ショパンと優れた演奏者のためにあるものですから。」
のように、「真の価値ある演奏」というものがあるしそれは好みとは別だということが力強く述べられています。
ではそのような演奏というのはどういうものかということなんですが
「大切なのは、作曲家と作品をリスペクトすること、作品は自分が書いたものではないという基本を忘れてはならないということ。すべての音符、記号を勉強し、ショパンについて研究することで、音符の間に込められた想いを知れば、テクストに“違反”する表現は自ら受け入れがたくなるはずです。」
誰かの演奏の耳コピでなく、楽譜を読み込み、ショパンについても研究し、「自分の知識や魂、心、イマジネーションから」音楽を紡ぎ出す。
#たいへん「クラシック」的ですね
「作曲家と作品をリスペクト」がないまま聴衆にウケる演奏というのはNG。「聴衆にウケる」というのは言葉を変えていえば「心に響く」音楽かもしれないけど、それだけじゃダメだということですね。
…はい。
それで、じゃあ当然のことながら、長らくショパンの作品を勉強し演奏し骨の髄まで叩き込んである審査員の方々は「真の価値ある演奏」について意見の一致をみるわけですよね?
というと、
「全員が長らく同じ音楽というものを勉強してきているのに、どうしてこんなに意見が違うのだろうと思うこともありますよ。
優れた演奏の評価は、もちろん好みによるところもあるけれど、多くの部分については、明確に判断可能な基準があると思うんです。スラーの終わりは一つだし、スタッカートの書かれている場所は明らか、汚いペダルは汚い、いずれもまぎれもない事実です。それなのに、それぞれ意見に違いが出る場面に直面する。どうしてこういう基本的な部分すら全員の意見が一致しないのかなと思います。」
…あれま(-_-;;
ピアノ演奏の良し悪しがアナログな、主観的なものであっても、比較的透明性を持たせようとするならば観点を分けるという手があります。プレバトの水彩画査定とかも三つの観点「切り取り方」「正しい描写」「明暗」に分けてつけてますね。それで評価が安定し説明しやすく納得されやすいものになるわけです。しかしピアノ演奏でいうとどういう観点にすればいいんでしょう。
まずどういう観点を立てたらいいのかわからないし、それをどういう重みで総合得点にしたらいいかも揉めそうで、まったく成功しそうな気がしませんが(^^;;
「——では最後に、今度のコンクールではどんなピアニストを求めているかお聞かせください。
ヤブウォンスキ 私を涙させるピアニストです。私は普段、審査中に演奏についてのコメントをたくさんメモしておくのですが、すばらしい演奏に出会うと、ペンを置いてただ聴き入ります。そんなピアニストが現れてくれると、私の人生はずっと楽になりますよ。そうでないときには、果たしてこの演奏は平均からみてどうか、これは22点かな? いや23点かな? なんて点数のことを考えている間に、演奏の半分を聴き逃すというような、ばかばかしいことが起きかねませんから!」
まぁ結局のところ、審査員の意見が完全に一致することもないし、一致するような審査基準を捻りだす必要もないんだろうけど。
「作曲家と作品をリスペクトする(勝手なことをしない)」かつ「個性と自分ならではの魅力を出す」というラクダを針の孔に通すみたいな難事業、別の言い方をすれば、誰からも低得点をつけられず、多くの審査員から特に高い点をもぎ取るという不可能事を成し遂げた人が優勝するんですかね。
ところで、このヤブウォンスキさんがピリオド楽器で録音したショパンとてもいいんですよ。上の記事からspotifyのリンクがあります。
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順番をつけなきゃいけないのが、コンクールの場というもの。審査員は、いったいどう考えて審査をしているの?
というわけで、ショパコン審査員のヤブウォンスキさんのインタビュー記事をたいへん興味深く読みました。
ヤブウォンスキが審査員としての胸中を語る~ショパンの音楽をリスペクトして
音楽に限らず、スポーツでもフィギュアスケートのような採点競技では長らく、公平な? 正しい? 審査のあり方というものに悩んできた歴史を持つわけだけど、
フィギュアスケートでは、「6.0」みたいな一つの(技術点と芸術点のダブルだっけ)点数づけをするのでなく、技ごとに分解して細かくポイントをつけていく方法に「進化」しました。この変化が好きな人も嫌いな人もいるでしょうけど、透明性・納得性・客観性という面では大きく向上したといえるでしょう。
では、ピアノ演奏の場合は…?
上記記事の中では、
「大変優れた演奏だが、自分には語りかけてこないし、共感できない。こういうときは、個人的な感情は横に置いて、プロフェッショナルな感覚で審査に徹します。個人的に好きでないと思っても、高い点を入れることはできます。」
「真の価値ある演奏だったら、私の好き嫌いは関係なく、高いポイントを与えますよ……唇を噛みながらね。コンクールは私のためではなく、ショパンと優れた演奏者のためにあるものですから。」
のように、「真の価値ある演奏」というものがあるしそれは好みとは別だということが力強く述べられています。
ではそのような演奏というのはどういうものかということなんですが
「大切なのは、作曲家と作品をリスペクトすること、作品は自分が書いたものではないという基本を忘れてはならないということ。すべての音符、記号を勉強し、ショパンについて研究することで、音符の間に込められた想いを知れば、テクストに“違反”する表現は自ら受け入れがたくなるはずです。」
誰かの演奏の耳コピでなく、楽譜を読み込み、ショパンについても研究し、「自分の知識や魂、心、イマジネーションから」音楽を紡ぎ出す。
#たいへん「クラシック」的ですね
「作曲家と作品をリスペクト」がないまま聴衆にウケる演奏というのはNG。「聴衆にウケる」というのは言葉を変えていえば「心に響く」音楽かもしれないけど、それだけじゃダメだということですね。
…はい。
それで、じゃあ当然のことながら、長らくショパンの作品を勉強し演奏し骨の髄まで叩き込んである審査員の方々は「真の価値ある演奏」について意見の一致をみるわけですよね?
というと、
「全員が長らく同じ音楽というものを勉強してきているのに、どうしてこんなに意見が違うのだろうと思うこともありますよ。
優れた演奏の評価は、もちろん好みによるところもあるけれど、多くの部分については、明確に判断可能な基準があると思うんです。スラーの終わりは一つだし、スタッカートの書かれている場所は明らか、汚いペダルは汚い、いずれもまぎれもない事実です。それなのに、それぞれ意見に違いが出る場面に直面する。どうしてこういう基本的な部分すら全員の意見が一致しないのかなと思います。」
…あれま(-_-;;
ピアノ演奏の良し悪しがアナログな、主観的なものであっても、比較的透明性を持たせようとするならば観点を分けるという手があります。プレバトの水彩画査定とかも三つの観点「切り取り方」「正しい描写」「明暗」に分けてつけてますね。それで評価が安定し説明しやすく納得されやすいものになるわけです。しかしピアノ演奏でいうとどういう観点にすればいいんでしょう。
まずどういう観点を立てたらいいのかわからないし、それをどういう重みで総合得点にしたらいいかも揉めそうで、まったく成功しそうな気がしませんが(^^;;
「——では最後に、今度のコンクールではどんなピアニストを求めているかお聞かせください。
ヤブウォンスキ 私を涙させるピアニストです。私は普段、審査中に演奏についてのコメントをたくさんメモしておくのですが、すばらしい演奏に出会うと、ペンを置いてただ聴き入ります。そんなピアニストが現れてくれると、私の人生はずっと楽になりますよ。そうでないときには、果たしてこの演奏は平均からみてどうか、これは22点かな? いや23点かな? なんて点数のことを考えている間に、演奏の半分を聴き逃すというような、ばかばかしいことが起きかねませんから!」
まぁ結局のところ、審査員の意見が完全に一致することもないし、一致するような審査基準を捻りだす必要もないんだろうけど。
「作曲家と作品をリスペクトする(勝手なことをしない)」かつ「個性と自分ならではの魅力を出す」というラクダを針の孔に通すみたいな難事業、別の言い方をすれば、誰からも低得点をつけられず、多くの審査員から特に高い点をもぎ取るという不可能事を成し遂げた人が優勝するんですかね。
ところで、このヤブウォンスキさんがピリオド楽器で録音したショパンとてもいいんですよ。上の記事からspotifyのリンクがあります。
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