ふみさんの日々雑感

生活の事、家族の事、大好きなサッカーの事・・・日々いろいろ

夫の祥月命日

2015-05-22 21:29:26 | 家族
今日は夫の祥月命日。

毎年、祥月命日の近くの土曜か日曜に子供達も集まって、お寺さんでお経をあげていただいていた。

今年は、家に来ていただいて、法要をしていただいた。

平日だったので、私と娘と赤ちゃんだけだった。息子には、「今年は、丁度の命日にお経を上げてもらうから、無理に来なくていいよ」 と言った。

お葬式の時のお坊さんには、家に3回程来ていただいたが、夫の眠るお寺さんの住職さんに来ていただくのは始めて。

お経の間中、娘に抱かれた赤ちゃんは、ずっと静かにしていた。お経の音色が気持ちいいのか。

なるべくなら、家でお経をあげてもらう方がいいとの事なので、来年からも家に来てもらおうかなと思っている。

月に一回は、夫のお参りに行っているので、何回か住職さんとはお話をした事がある。今日も娘と3人で、夫の事や諸々の話しをした。

住職さんが、
「この間、102歳になられた方とお話をしていて、その方は、一人暮らしで不自由なく暮らしていているので、お元気でいいですね、と言ったんですよ。そしてら、この年まで生きると、辛い事が多すぎます。と」

「元気で、長い生きならいいですよね」

「ところが、長く生きると言う事は、子供が先に逝ったり、孫が先に逝ったりと、悲しく寂しいですと。こればかりは、順番がいいんですよ」 とおっしゃった。

確かに、親にとって子供が先に逝くということほど、辛く悲しい事はないだろう。

私の母にとっては、一番頼りにしていた長女が先に逝ってしまった。でも、特養に入っていて、半分自分の世界に入っていた母には知らせなかった。知れば泣くのが分かっていたから。

でも、全然 姿を見せなくなった姉の事に、何となく感づいていたのだろうなと、今は思う。

父も母も夫も姉も、本当に眠るように、いつ息を引き取ったのか分からないような穏やかな最期だった。

だから、花一杯に囲まれた顔は、生前そのままに眠っているようだった。

住職さんと、いろいろな話をしていて、いつしか、私は涙をこぼしていた。

ほんの3日前に、いとこの旦那さんを涙で見送ったばかりで、まだまだ辛さは癒えていない。

住職さんがおっしゃった、「私達の本当の仕事は、こうして、お話を聞く事なんですよ。」 と。

来てくれと言われれば、沖縄だって行くんですよ、おっしゃった。

「お寺で法要をするよりも、お宅に伺った方が、こうしてゆっくりとお話をお聞きする事が出来ますし」 と穏やかにおっしゃった。

来年は、やっぱり、土曜か日曜日にして、息子や婿さんも一緒に祥月命日の法要をしてもらおうと思う。








コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 南ちゃんの活動日 | トップ | FC東京、名古屋に負ける… »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

家族」カテゴリの最新記事