ふみさんの日々雑感

生活の事、家族の事、大好きなサッカーの事・・・日々いろいろ

パソコンが壊れた!

2005-11-10 22:17:20 | Weblog
会社に行ったら、一番大事なパソコンが動かない。私の部は人数は5人だけど、パソコンはデスクトップとノートパソコンが全部で12台ある。動かなくなったのは、ほとんど、私が専用に使っているパソコンである。経理関係や売上や顧客情報や会社にとって一番大切なデータが入っているパソコンである。直してもらうと、2週間かかると言う。データは大丈夫らしいが・・・

とてもじゃないが、2週間も困る。そのパソコンは他のパソコン2台とランで繋がっているが、このパソコンが主なので、他の2台のパソコンは動くがデータが取り出せない。困った。

ウチのソフトを作ってくれた会社の人が、明日、なんとかパソコンの中身(?)をもう一つの同じ型のパソコンにそっくり移すそうだ。よく分からないが、なんとかすると言っている。本当に何とかしてほしい。

コンピューターは、確かに便利だ。手作業と違って仕事もはかどる。ウチもパソコン化で、3人いた女性が、今は私一人で回っている。しかし、動かないと、どうしょうもない。最近、非常に忙しかったので、バックアップを取り損ねていた。もう、パソコンが無ければ仕事にならない時代になってしまった。東京に大地震がきたら、どうなるのだろう。

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本田美奈子さん

2005-11-10 21:38:31 | Weblog
まだまだ若く美しく才能のある人が亡くなるのは悲しく寂しい。彼女はほとんどを舞台で活躍していたので、最近の彼女の唄声はあまり聞いた事が無かった。

彼女が亡くなってから、連日TVで美奈子さんの歌声が流れる。何と美しい声なのだろうと、ビックリした。どこまで高音が伸びるの?その美しい、天まで届きそうな透き通る歌声。こんなに素敵な歌姫になっていたとは知らなかった。

朝、丁度会社に行く為に化粧をしている時、TVでは美奈子さんの事を流している。あの美しい「アメージンググレイス」がバックに流れる。思わず涙が溢れる。マスカラをぬる手が震える。

昔はよくミュージカルや舞台やコンサートに行った。特にミュージカルが好きで、友達や娘と行ったけど、いつの間にか行かなくなった。美奈子さんの歌声を聞きながら、最近はサッカーばっかいだなァと思った。

「アメージンググレイス」は姪の結婚式で流れていた。美奈子さんの歌声を生で聞いてみたかった。私の人生に一つ忘れ物をしたような気持ちになった。彼女のCDを買ってきて聞いてみようと思う。

ご冥福を祈ります。
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通勤電車での出来事

2005-11-07 21:29:39 | Weblog
朝の通勤電車はいつも混んでいる。時々、どうしょうもなく混む事がある。

吊革に捕まり、外の景色をボーっと見ている。隣奥の吊革に男子高校生が大きな荷物を足元に置いてつかまっていた。もぞもぞとしているので、横目で見ると、目付きが険しい。混んでいるので不愉快なのだろう。まァ誰でも愉快ではないが。

やっと彼の降りる駅に来たみたいで、大きな荷物を持ち上げながら険しい目付きで睨み付けるように、回りを見ている。駅に着いたけど沢山の人が降りる為、彼はまだ身動きできない。まず、私が邪魔なのである。でも、私の後ろを塊で降りる人々がいるのである。彼らが降りないと、私も身動きできない。彼は爆発しそうな目をしている。

出来るだけ柔らかく、優しく「降りるの?」と聞いた。彼はひどくビックリしたようで「はい」と小さな声でつぶやく。「待っていてね」と、後ろの塊が通るまで、私は体を捻っていた。後ろがあいたので、出来るだけ後ろに下がり、彼に「どうぞ」と言った。彼の顔から険しさが消え、普通の顔つきで大きな荷物を揺すりながら、出口の方に向かう。すると、それが聞こえたはずの混み混みの人達も出来るだけ彼を通そうと、隙間を作って行った。

「ありがとう」という言葉は聞けなかったけど、あれだけの荷物を持った学生を回りの人もそんなに不愉快な表情をせず、通してくれたのは男の子を育て上げた親としてチョッピリ嬉しくホッとした。

不愉快な気持ちになるのも、そうならないのも気持ちの持ちよう。同じ一日を過ごすなら、心穏やかに生活したいと思う。なかなか、難しい事だが・・・

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BASARA(田村由美著)

2005-11-06 18:40:25 | 映画・ドラマ・小説・マンガ
又、BASARAを読んでしまった。全16巻。去年も今頃の時期に読んだ。何か秋になると、更紗と旅をしたくなる。会社から帰り、色々の雑事を終え、見たいTVも見、風呂に入り、寝る前の一時を更紗とタタラと一緒に冒険の旅に出る。

いつも感心するのは、これだけの波乱万丈のストーリー展開の見事さ。そして、何より登場人物の魅力的なこと。この“大河ドラマ”には沢山の登場人物が出てくる。魅力的な主人公の更紗とタタラと朱理。そして主人公に順ずる主要な人たちと重要な脇役達。その他大勢や、ちょい役たち。そのすべての登場人物に生活があり、ドラマがある。

とても少女マンガとは思えない。よく男性漫画家に少数の登場人物なのに髪の形とか、目の形とかでやっと区別して書いている人がいるが、田村由美さんの絵の才能には感心する。一人の少女なのに更紗の気持ちの時とタタラで戦っている時とで表情が違う。

「きっとお母さん、この本好きだと思うよ」と、息子が持ってきてくれた時「本当?」とパラパラみて直ぐに読む気がしなくて、16冊積んでおいた。そして、秋の終わり頃、何となく「読んでみようかな」と読み始めてドップリとはまってしまった。そして、何回涙した事か。敵として、味方として死んで行った人達がすべて愛しい。現実の戦争でも、どちらの側から見るかで景色が違うように、バサラでも敵の人生もしっかりと描かれているのである。

地球に気象的大異変があり、文明が滅んで後の数百年後の日本の物語。世は戦乱の時代。日本は国王のいる中心と、赤の王・青の王・黒の王・白の王と言われる子供達が支配する戦国時代。平安時代や鎌倉時代や戦国時代や江戸文化もあり、明治時代も中国史も西洋史もシェークスピアもすべてがミックスしたような魅力的な物語。

「運命の子」と予言された双子が生まれる。兄をタタラと言い、そして妹を更紗と言う。運命の子の名は“タタラ”と言う。ある日、二人の育つ白虎の村が赤の王に滅ぼされ、タタラが殺される。王を倒し新しい国をつくる者と予言された、タタラは死んではいけないのである。虐げられた人々の希望の星なのである。更紗はタタラになる事を決心し戦乱の世に飛び出して行くのである。そして圧倒的な存在感と、恋焦がれる程の魅力的な“揚羽”。思い出しただけで胸が一杯になる。

会社のおじさん達は、マンガと言うだけで否定する。「だから日本人はバカになった」とおっしゃる。このバサラの世界は小説でも映画でも絶対に、この感動を伝えられないと思う。マンガにしか表現出来ない世界があるのである。まァ作者の力量にもよるだろうが・・・

BASARA(婆娑羅)とは・・・・古い権威を否定し因習・拘束を排し、思いのまま自由闊達に、生きる精神を言う。語源は“Vajra”ダイヤモンドのことである。

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まったりとFC東京天皇杯

2005-11-03 20:37:54 | FC東京とサッカー
今日はいつもより真ん中前目のバックスタンドで観戦。それも久しぶりに夫と二人で。リーグ戦は私は仲間と、夫は一人観戦。いつもは早く行って開門待ちの列に並ぶけど、今日はゆっくりと、パルコでお弁当を買ったり、お店を覗いたりしてトロトロと行った。

ピッチの回りに広告の看板がまったく無いので、ピッチが広く見える。音楽も流れず、DJの声もなく応援の人達の雰囲気も何かゆったりとしている。

天気も良く、試合もまったりと進む。応援もリーグ戦と違いガンガンと来ないので、選手達の声がよく聞こえる。モニが一生懸命支持を出している。フジくんがドリブルしている。

昔(そんなに昔ではないが)西が丘の天皇杯を思い出す。眠くなるような、まったりとした初芝橋本高校戦。高校生相手なので、こちらの応援は無し。皆で適当に余裕を持って高校生を応援していた。静かなサッカー場には、選手の声とボールを蹴る音、初芝橋本高校の応援の声、クマさんの支持の声。そして、外の道路を通る物売りの声。東京の選手がスライデングタックルをすると、すかさず「大人げない!大人げない!」のコール。終わった後は高校生に対して、惜しみない拍手。

その時の選手で今このピッチに立っているのは、フジくんだけ。ドイちゃんが移籍して来たけど、まだ控え。東京も随分と変わった。思い出す事は一杯ある。思い出す選手も一杯いる。いまだに未練を捨てきれない選手もいる。でも、それは思い出。今は、このピッチで走り回っている選手が好き!ベンチにいる人も、入れなかった人も、FC東京の選手全部が好き!!。

こじんまりとしたサッカー専用の西が丘から、屋根つきの大きな立派な味の素スタジアムが私達のホームになった。競技場ではなくスタジアムである。まだまだ、リーグ戦は終わらない。少しでも一つでも順位を上げるために、味スタに足を運び応援しよう。

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ドラマ“火垂の墓”を見て

2005-11-02 21:35:08 | 映画・ドラマ・小説・マンガ
泣いた。ラストの節子の演技に泣いた。餓死して行く演技の上手さに泣いた。最後の最後まで軍国少年だった清太くんの哀れに泣けた。

松嶋菜々子のおばさんが鬼になって行く気持ちが私には共感出来た。「これが戦争なのよ」。そう戦争は生き残る為には鬼にならなければならないのだ。お母さんを「鬼!」と言った娘も結局、空腹には勝てなくて目を瞑ってしまう。

戦争ドラマで、火垂の墓でもそうだったが、いつも疎開での農家の人達の意地悪が出てくる。年配者達の戦争の思い出というと、疎開先で苛められた話が出てくる。私の家は新潟の農家だが、母に言わせると、戦争の時、どれだけ疎開して来た都会の人達に辛い思いをさせられたか知れないと話していた。

米を作る為にどれだけの苦労をするか、都会の人達は分かっていない。今と違って昔の農家はすべて人力と牛等を使って米作りをしていた。戦争はまず農村からその若い労働力を召集して行く。その上で、戦争だからよけいに田んぼ1反当たりの供出する米を決めて強制的に収めさせる。でも人手がいないから、取れる米も減るのである。よく疎開者が、倉に一杯米があるのに一粒も売ってくれなかったと、農家の人たちを非難する。

米は年に一度しか取れないのである。そして、秋に取れた米は翌年の秋まで食べる為に家族分を保管して置くのである。重労働だからしっかりと米を食べないといけない。また、翌春に蒔くための種籾としての分もある。だから一見、倉には沢山の米があるように見える。それに今と違って、農家では現金収入がなかったから、米がお金がわりに、電気代や諸々の物に使われていた。

母は言っていた。あの頃、農家でも食べるのがやっとだったと。わけもわからない、どこの誰かも分からない人が、都会から来て無理やり住み付き一日中何もせず、泥のように働いている母達に、当然のように食べさせる事を要求していた。

戦争が終わったら、何の感謝も礼も無く、あっというまに居なくなった。そして、中には大切な米を盗まれた家も多かった。種籾まで盗まれた家もあったそうだ。米だけでなく、色々な物が無くなったそうだ。

戦争はどっちの側から見るかによって、景色はかわってくる。火垂の墓も節子達の方から見るか、鬼といわれるおばさんの方から見るかで、違ってくる。ドラマは両方から丁寧に作られていたと思う。

さんまの「さとうきび畑の唄」もそうだったけど、重い戦争ドラマが8月の終戦の頃を外して放送されるのは何か放送局の“思い”があるのだろう。二度と戦争のない平和が続くように祈る。


コメント (2)
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