三田4丁目は江戸期に多くの寺院が立地した場所で、現在も30以上の寺院が集積し、寺町として知られている。

桜田通りから建設中の三田三丁目計画ビル
Photo 2006.3.5
三田4丁目の寺院群は、3丁目との境にある聖坂を尾根道として、西北向きの斜面に立地している。ここでは桜田通りは丘の下の低地を通る道になっている。
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さて写真中、手前の道は桜田通り。通りに面して一段高い場所にあるのは願海寺とその墓地。丘の斜面に沿って低層の建物群が点在し、寺院境内を中心に多くの樹木が見えるゆったりした風景。丘の上には三田中学のコンクリートの校舎が建っている。
その背後に昨年あたりから超高層ビルが見えるようになった。この建物は「超高層ランドマークの行方」でも紹介した、三田三丁目計画ビル(2006.10完成予定・地上43階・最高高さ179.3m)である。この建物は丘の上ではなく、丘の向こう側、昔の海沿いである第一京浜(国道15号)沿いの低地に建っている。
東京都心部は、10~20m程度の高低差がある街になっている。下町と呼ばれる地域は概ね10m以下、山の手などと呼ばれる高台は15~35m程度。従ってその高低差は、3階から6階程度の建物階数に相当する。今回の撮影ポイントの標高は約7m。後方に見える丘の標高はおよそ28m。超高層ビルが建設中の敷地は標高5mである。
10年ほど前まではこの近辺の多くの建物は2~3階建てだった。従ってほとんどの建物は地形に沿った形で建っていた。丘の上の建物が高い位置に見え、丘の下の建物は手前に並ぶ。まあ、それが自然な景色というものだろう。今回の場所の場合、第一京浜沿いの建物が5階建てぐらいまでなら、背後にそびえることはない。ところがなにせ約180mのビルである。丘の向こうの海沿いの低地に建つビルが、小さな丘越しに別の谷底から見えてしまうようになった。写真でも23階より上の階がまるまる見えている。
技術や素材、需要、価格、様々な制約があったために、今までは都心の地形を凌駕するような建物は建てられることが少なかった。地形に沿った「自然な景色」は、さほど努力せずとも護られていた。ところが、技術革新、コストダウンへの努力、都心への集中の継続・・・諸々の条件が揃って、都心ではいろいろな場所で超高層ビルが造られることになった。三田三丁目計画ビルも、広幅員の第一京浜沿いに大きな敷地が得られたために出来た建物である。前述したように東京の地形は微地形とも言われ、最大でも30mの高低差しかないので、100mを超える建物にとっては小さなものになってしまう。東京では、法的に何らかのコントロールをしなければ、いとも簡単に地形を凌駕する建物が造られるようになってしまっている。
人間の技術力をもってすれば、巨大なダムも出来るし、島も出来る。小さな地形などとるに足らないものと思われるかもしれない。しかしやはり丘の向こうに建物がドーンとそびえている様は不自然な気がする。
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