マリア・カラスなんて伝記を読んでも全く面白くない、もちろんカラス自身、このような伝記を書いていないし、本人も迷惑だったでしょうよ。
マスコミがもてはやしたのは「母親との不和」、生活に困って借金を申し出た母親に・・・「まだ若いんだから働いたらどう?それか窓から飛び降りたら?」と言ったと母親がマスコミにばらす、また夫がありながら、大富豪オナシスとの恋愛と破局、などなど・・・読むほうもウンザリのスキャンダル。
カラスが落ち目のとき(これもオナシスとヨットで遊び呆け、声の衰退を招いたこと)パリの公演で当時の相手役フランコ・コレッリなど声を抑えてカラスを支えたが、そこへ新人の「雌獅子」といわれる強心臓のメッゾ・ソプラノ、フィオレンツア・コッソットが豊麗で美しい声を響かせ、カラスの声を消してしまった、カラスはショックで倒れる・・・演出家のゼッフィレッリは「コッソットとは共演しない」とまで怒った・・・しかし、その後コッソットとの共演はあります。
コッソットが本気で歌わないと、来場したお客さんはカラスはもちろんコレッリまでが「ささやきボイス」で聴かされる・・・勇気あるのはコッソットでした。
古い話ですが、1910年代のメトロポリタンの最高の呼びものはカルーソと美人ソプラノのファーラーの「カルメン」、終幕、ホセがカルメンを刺し殺すという場面で大ゲンカになり、カルメンがホセを罵倒してナイフを奪い、ホセをつきとばし、ホセのカルーソはドカッと倒れ、ファーラーは「私がヤッタの、おお、ホセ!」と歌い、お客が驚いているまに幕。
歌はうまいが気位が高くわがままで、スタッフに嫌われていたソプラノがある日「トスカ」を歌った時のこと、トスカは城壁から飛び降り自殺するというフィナーレで、悲劇の展開に観客も息をのんでいたところ、飛び降りたはずのトスカが何度も何度も城壁の下から飛び上がってくるではないか、舞台装置の城壁の下にはマットを置いているのですが、普段からスタッフに威張り散らしていたソプラノには、
マットでなくて「トランポリン」が置いてあり、観客ははじめビックリしていましたが、もちろん大爆笑!以後、そのプリマドンナが出てきただけで笑われるはめになり、そのオペラハウスで歌うのをやめざるを得なかった、とか。
ロシアの伝説的名歌手といえば、シャリアピン、売れないオペラ歌手で生活に困っており、副業は炭鉱夫、ある日友人の作家ゴーリキーと歌のオーディションを受けに行ったところ、合格したのはなんと!作家のゴーリキー、シャリアピンは落ちてしまった・・・いったい審査員は???
ゴーリキーは歌手になる気はなく、作家活動にいそしんだのはいうまでもありませんが、歌の自信はなかったそうで、それに彼の声がいいと言う人はない・・・。
マリオ・デル・モナコがはじめてオペラハウスのオーディションを受けた時、審査員はオシャベリに夢中、おやつまで食べているではないか!デル・モナコはフォルテッシモでおもいきり声をながーく伸ばしたところ、審査員は驚いて彼を見て「君はいったい誰だね」とのたまう。デル・モナコは「さっきから歌っている者です!」もちろん採用されました!!
彼が若い時出演した「蝶々夫人」でホッソリしたソプラノを抱きあげるという演出があり、彼は軽々とソプラノを抱きあげて退場。それを見ていた往年の名ソプラノのトテイ・ダル・モンテが「私の時もそうしてほしい」というので彼は困った・・・「だってトテイは100キロ近いんですよ、越えていたかもしれない。
もちろん他のスケジュールがあるって、やんわりとね」
☆ところでデル・モナコは「アンドレア・シェニエ」の時もテバルディ(当時、大鵬ほどの体格ってテレビで言ってた)とステッラの時、完全に態度違いました。
いろいろあるんですねえ。でも極め付きは何と言ってもメトロポリタンでヴェルディの「仮面舞踏会」を演じたパヴァロッティ。
舞台は広く見せようと傾斜をつけており、スタッフから「気をつけて」と何度も言われていたのに、のんきな彼はきれいに忘れてしまい、ソプラノとの「愛の二重唱」のところで、ソプラノが彼に歌いかけようとしたとき、パヴァロッティがいない!
彼は斜めになった舞台に足をふんばっていなかったのか、舞台の袖まですべっていってしまい、聴衆の目の前からも消えた・・・最後の高音のところでようやく這ってきて間に合い、オペラは爆笑。パヴァロッティは大真面目で必死だったのに、その姿がまた爆笑、それから後の悲劇まで爆笑は続いた・・・。
真面目で一生懸命な姿って、場面が場面だけに・・・悲劇が喜劇に!
マスコミがもてはやしたのは「母親との不和」、生活に困って借金を申し出た母親に・・・「まだ若いんだから働いたらどう?それか窓から飛び降りたら?」と言ったと母親がマスコミにばらす、また夫がありながら、大富豪オナシスとの恋愛と破局、などなど・・・読むほうもウンザリのスキャンダル。
カラスが落ち目のとき(これもオナシスとヨットで遊び呆け、声の衰退を招いたこと)パリの公演で当時の相手役フランコ・コレッリなど声を抑えてカラスを支えたが、そこへ新人の「雌獅子」といわれる強心臓のメッゾ・ソプラノ、フィオレンツア・コッソットが豊麗で美しい声を響かせ、カラスの声を消してしまった、カラスはショックで倒れる・・・演出家のゼッフィレッリは「コッソットとは共演しない」とまで怒った・・・しかし、その後コッソットとの共演はあります。
コッソットが本気で歌わないと、来場したお客さんはカラスはもちろんコレッリまでが「ささやきボイス」で聴かされる・・・勇気あるのはコッソットでした。
古い話ですが、1910年代のメトロポリタンの最高の呼びものはカルーソと美人ソプラノのファーラーの「カルメン」、終幕、ホセがカルメンを刺し殺すという場面で大ゲンカになり、カルメンがホセを罵倒してナイフを奪い、ホセをつきとばし、ホセのカルーソはドカッと倒れ、ファーラーは「私がヤッタの、おお、ホセ!」と歌い、お客が驚いているまに幕。
歌はうまいが気位が高くわがままで、スタッフに嫌われていたソプラノがある日「トスカ」を歌った時のこと、トスカは城壁から飛び降り自殺するというフィナーレで、悲劇の展開に観客も息をのんでいたところ、飛び降りたはずのトスカが何度も何度も城壁の下から飛び上がってくるではないか、舞台装置の城壁の下にはマットを置いているのですが、普段からスタッフに威張り散らしていたソプラノには、
マットでなくて「トランポリン」が置いてあり、観客ははじめビックリしていましたが、もちろん大爆笑!以後、そのプリマドンナが出てきただけで笑われるはめになり、そのオペラハウスで歌うのをやめざるを得なかった、とか。
ロシアの伝説的名歌手といえば、シャリアピン、売れないオペラ歌手で生活に困っており、副業は炭鉱夫、ある日友人の作家ゴーリキーと歌のオーディションを受けに行ったところ、合格したのはなんと!作家のゴーリキー、シャリアピンは落ちてしまった・・・いったい審査員は???
ゴーリキーは歌手になる気はなく、作家活動にいそしんだのはいうまでもありませんが、歌の自信はなかったそうで、それに彼の声がいいと言う人はない・・・。
マリオ・デル・モナコがはじめてオペラハウスのオーディションを受けた時、審査員はオシャベリに夢中、おやつまで食べているではないか!デル・モナコはフォルテッシモでおもいきり声をながーく伸ばしたところ、審査員は驚いて彼を見て「君はいったい誰だね」とのたまう。デル・モナコは「さっきから歌っている者です!」もちろん採用されました!!
彼が若い時出演した「蝶々夫人」でホッソリしたソプラノを抱きあげるという演出があり、彼は軽々とソプラノを抱きあげて退場。それを見ていた往年の名ソプラノのトテイ・ダル・モンテが「私の時もそうしてほしい」というので彼は困った・・・「だってトテイは100キロ近いんですよ、越えていたかもしれない。
もちろん他のスケジュールがあるって、やんわりとね」
☆ところでデル・モナコは「アンドレア・シェニエ」の時もテバルディ(当時、大鵬ほどの体格ってテレビで言ってた)とステッラの時、完全に態度違いました。
いろいろあるんですねえ。でも極め付きは何と言ってもメトロポリタンでヴェルディの「仮面舞踏会」を演じたパヴァロッティ。
舞台は広く見せようと傾斜をつけており、スタッフから「気をつけて」と何度も言われていたのに、のんきな彼はきれいに忘れてしまい、ソプラノとの「愛の二重唱」のところで、ソプラノが彼に歌いかけようとしたとき、パヴァロッティがいない!
彼は斜めになった舞台に足をふんばっていなかったのか、舞台の袖まですべっていってしまい、聴衆の目の前からも消えた・・・最後の高音のところでようやく這ってきて間に合い、オペラは爆笑。パヴァロッティは大真面目で必死だったのに、その姿がまた爆笑、それから後の悲劇まで爆笑は続いた・・・。
真面目で一生懸命な姿って、場面が場面だけに・・・悲劇が喜劇に!