★ 「美しい国への旅立ち」の管理人さまのあるページにこんなことが書かれていた。
私はこれを読んで、真の政治家の姿勢とは何か、を感じ取った。
でも、私はこのページを今知ったのであって、「美しい国への旅立ち」のブログは日々の適切かつ誠実な記事に「目からウロコ」の連続だった。
「美しい国への旅立ち」さまはこう書かれている。
【歴史的質疑】三宅博『NHKを解体するのが日本の為だ!!』NHKを成敗!!
平成25年12月3日
http://www.youtube.com/watch?v=nKNQXEqBZsQ
この質疑で特筆されることは、国会史上初めて、NHK執行部を厳しい口調で叱責したことだった。
片山さつきが頑張ったことがあったが、NHK執行部は、のらりくらり、舐めた対応で乗り切った。民主党政権だったからだ。
一方、朝鮮総連問題については、三宅博候補はかく指摘した。
【衝撃】次世代・三宅博氏「日本国内に北朝鮮拉致の実行犯がいる。名前も住所も判ってるのに一切逮捕された事が無い!私が知ってるだけでも実行犯、十人位は挙げる事が出来るんです」
http://hosyusokuhou.jp/archives/41592831.html
【動画】次世代・三宅博氏「朝鮮総連というのは、テロ組織に規定してなんら疑いの無いところではないか」テロ資金提供処罰法改正法案、約二週間遅れで審議始まる
http://hosyusokuhou.jp/archives/41022675.html
警察が朝鮮総連関係者を捜査してこなかった問題を議員として初めて公言した人でもある。
さて、三宅博候補は、国政では経験は浅いと見られているが、政治という世界の本質、すなわち政治家が果たすべき社会的役割についてかく言及している。
三宅 博・政治家にとって一番大切な事について
http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=VSv6p2PPrw0
三宅博議員の講演内容から抜粋
この国は多くがですね、国民もわれわれ政治家自身も大きな勘違いをしているんではないかなと、ゆうふうな思いが致します。政治家といういうのは、非常に難しい法律あるいは経済運営そういったものを習得し、そういう複雑なニーズに応えなければならない立場であるというのが、多くの有権者あるいは政治家自身の考えであると思うんです。けれどもこれは根本的な部分で勘違いをしているんではないかなと思うんです。
それじゃあ政治家に求められる最大の本分、資質および使命は何かといいますと、これは「道を説き道を樹(た)てる」ということなんです。
人の道・国の道、この部分を体現するのが我々の仕事ではないかなという風に思います。
この部分が忘れられて色んな政治的なテクニック、あるいは法律の微に入り細に穿ったようなことばっかりに目を奪われて、本来の道を説き道を樹てるというこの部分が忘れられているんじゃないか。
たとえば我々政治家に求められる最大の使命は、国民の精神的なリーダーになるということなんです。しかもこれは単に言葉だけじゃなしに、自らの生き方をもって多くの国民の方々に感銘や勇気と希望を与える、そのような姿を指し示すのが我々に課せられた最大の仕事であろうと私は思います。
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三宅博候補は、市議時代から、この種のことを語っていた。私は、休止した?、三宅博のメルマガで「政治道」の世界を知った。
私は、現在、政治家を目指してはいない。当面ブロガーなのであるが、三宅博候補の上記の言葉を「座右の銘」とさせていただいている。
すなわち、私は、「たちあがれ日本」時代から三宅博候補を、人生の師としてきたのである。
世の中には、金融、経済、法律、行政など、特定専門分野に明るい政治家はたくさんいる。欧米の大学でMBAを取得し、チマチマとしたテクニックや目先の損得勘定でしか物事を見ることができない、金満ロボット如き政治屋がたくさんいる。
私は、金融、経済、法律、行政などの知識、MBA的なテクニックよりも、三宅博候補が信条とする、「政治道」の方が、数段、大切なことではないかと思っている。(以上、転載終わり)
★「美しい国への旅立ち」管理人さま、ありがとうございました。
★ 私が三宅先生の講演を聴きにいくことができたのは、父が亡くなって介護が終わったという頃だった。それまではネットで知って、講演などに行きたくても、行けなかった。
また私が好きな漢詩も、先生の勉強会で専門の学者のかたが解説されていることで、ぜひ末席でその講義を聴きたいと思っていた。
実際に三宅先生にお会いすると、先生は「異能・偉才の方」であると思った。
まるで即興詩人のように豊富なお話を完成された形で繰り広げられる。
また、いろんな漢詩や万葉集を諳んじていらっしゃるし、歴史の知識の深さ・広さは素晴らしかった。
そして本日、「美しい国への旅立ち」の上記の記事を発見して、この賢明な管理人さまが三宅先生を「人生の師」とひそかに仰いでいらっしゃったことを知った。三宅先生はご存知ないだろうと思う。
三宅先生の支持者である私はネット上で偶然にも出会ったわけである。
三宅先生は平沼先生を「史記」の言葉から例えられ『将の将』と仰る、私は即時に理解した。
平沼先生があの橋下氏と合流を決めたとき、私は血相をかえて岡山まで行って平沼先生の講演を聴き、確かめようとした。
そのあと、平沼先生と少しだけお話できたが「京都で橋下さんがひどいこと言って・・・」と申し上げると「ちょっとあの時は腹が立ってね・・・」といいかけてふと黙られた。
この平沼先生の沈黙は千の言葉より雄弁で、私はすべて察したように感じた。
平沼先生のスケールの大きさに圧倒されたのを覚えている。
その後、三宅先生の選挙の時、地味ながら誠実な支持者の方々の笑顔、「見返り」などまったく求めず、「日本のために」遅くまで選挙の支援をされている方々、どれほど謙虚で和やか、素晴らしい方々であったか、ただパソコンなどなじまない方々なので「拡散」よりも、昔風に動いて活動される。
勝つか負けるかよりも「日本のために」ということだけで動いていらっしゃった。
これが本来の「得難い支持者」の姿であった。
三宅博先生の素晴らしさ、凄さをもっと多くの人に知っていただきたいと思います。
こう言う考えは、日本以外に無いのではないか。
他国は、もっと合理性を追求した方向に向かっているように思います。
すべて法によって解決する。
ところが日本では、日本語でしかない微妙なニュアンスがありそれを含めた考え思考が言葉にできない極めに通じているように思われます。
本意の裏を知ると言いますか。
日本語は、奥が深いです。
物づくりでも言葉に無い言葉を持っています。
呼吸とでも言いますか。
すべては勘所を極めると言うことになるのでしょうか。
そして三宅先生のご活躍は命がけ、「解同」「朝鮮総連」をはじめ「拉致問題」など、筆舌に尽くしがたい活動に驚きました。
趙雲子龍「全身是肝」を思い浮かべました。
私は、政治は素人ですが専門の音楽を通じてわかるところがあったように思います。
これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。