燕尾は仰々しいと感じたのかどうか定かではないが、アメリカではタキシードというスタイルが礼装として定着している。アカデミー賞やグラミー賞の授与式風景を思い起こしてもらえば想像がつくだろう。国語辞典には「タキシードは略礼服」と書いてあったが、アメリカでは正装である。
燕尾服とは何が違うか。一見して明らかな違いである燕尾の「尾」の部分がないほかは、ベストではなくてカマーバンドをつけ、黒の蝶ネクタイになる。あとは基本的に同じである。
それで、日本のオーケストラは夏季と昼間はタキシード・スタイルになるところも多い。が、もっと一般的なダーク・スーツ・スタイルも多い。これは世間で言う「礼服」、背広の黒い物で、一般的に日本人が冠婚葬祭に着るおなじみのものだ。この場合、ネクタイは銀または白になる。タキシードとは襟やズボンの形状が違ったりシャツも全然違う。で、オーケストラにおいて「黒タキで」と言われた場合、本来は黒のタキシードで、の意味なのに、そこは日本(?)、ダークスーツに黒蝶ネクタイでも許されている。
アメリカの影響の強いオーケストラを中心に、夏は白タキシードというところもある。これが黒のタキシードよりも厚い生地で作られていることが多く、甚だ迷惑なスタイル。昔は薄い生地で作られた白タキも売られていたのに、最近はオーケストラ以外で使うことがほとんどないらしい。
昔はホテルやレストラン等のウェイターが白タキシードを着ていた関係で、探せば売っていたのだ。オーケストラも含めて、これらの祖先を遡ると、王侯貴族の従者だったという共通のルーツがある。他業界が徐々に止めていったのに、オーケストラだけが「しもべスタイル」を頑なに守っている訳だ。
白タキは、手に入れるのが難しいが、ウィング・カラーのシャツや黒のタキシードは20年ほど前から急に手に入れやすくなった。いわゆる「バブル」の影響である。あの時は、訳もわからず、ただ黒のタキシードを着てサントリー・ホールにオペラ・ガラ・コンサートを聴きに行く「非」音楽愛好家がいたのだ。変な時代だったが、音楽の仕事が多いという意味では良い時代だった。
さて、夜は燕尾、昼はタキシード、というのも多分諸外国にはない習慣だろう。それが変だから、という訳でもないと思うのだが、「15時は夜だよ」という強引な説を唱えるオーケストラもあった。
ヨーロッパで昼間の正装は「モーニング」になる。これは学校の校長先生を始め、結構出番があったからか、既製服があった(今はないかも)。燕尾との違いは、まず「しっぽ」の形状。モーニングは半円形にカットされている。ズボンは縦じまで、遠くから見ると灰色に見える。そしてネクタイは普通の縦長のものになる。これで演奏する光景は滅多に見られない。昔、ウィーン・フィルが「モーニング息子。」になっていたのを見た記憶があるが、それ以外に思いつかない。
さあ、このくらいの知識があると、テレビで映るオーケストラも、また別の興味が湧こうというものだ。今度のニュー・イヤー・コンサート、服装にも注目していただくと、新発見があるかもしれない。
そして、この習慣を継承すべく、若い人々に「燕尾服はねぇ」と言うべきなのかどうなのか、迷うところだ。
明日はオペラシティのジルべスターを聴きに行きます。娘にもちゃんとした服を着せ、私もちゃんとした服装で行こうかと、思いました。
私は胡桃割りしか聞けませんでした。ゴージャスなサウンドが朝から贅沢だなぁ、と。
ラフマニノフの話はバレンボイムの話の延長線上のことですね。御愛読ありがとうございます。
ところでバブルの頃、東京もちょっとあの聴衆の服装になりかけたのですよ。
定着はしなかったことになりますが、ぜひ明日は盛装でお出かけください。
明日は大友指揮新日+幸雄くんなので、ランランみたいなものを聴かされる羽目には陥らないと思います。コンマスは誰かな?
昨今のコンクールの本選の録画を拝見しても、ソリストの服装、女性のはちゃんとしていて、男の子たちは少々ひどい服装が散見されます。嘗めた服装をするくらいなら、学生服を着用した方が、よほど印象がいいのかなと。でも、演奏がちゃんとしていればそれ以外のマナーは少々悪くても、若気の至り、で、許してもらえる、というものでしょうか?
桶も指揮者も全員ホワイトタイできちっとしている服装の処に、平気でブラックタイやノータイの若いソリストを入れちゃう親御さん。あんたの息子様は何様?プレヴィン様か、ノリントン様?と疑いたくも成るのですが、皆さんも大人ですから、コンクールだし、その辺よく知らなくても、それでも一等賞貰っている子もいるし、まあまああんまりうるさいこと言わなくても良いんじゃあ~~??というのが昨今の空気を読むということでしょうか。古すぎるオヤジの独白に過ぎないのでしょうか。