「さあ、状況は理解できたかね? わざわざ言わず共次に何をすべきか、も理解していると思うのだが、まずは態度で示してもらおうか?」
「卑怯者! 鬼童さんを放しなさい!」
麗夢の銃が死夢羅の顔にまっすぐ狙いを定めた。が、死夢羅は鬼童の身体を自分の前に立て、鎌の切っ先を僅かに露出した鬼童の首にあてがった。
「お褒めいただいて恐縮だが、口を動かすのは賢明ではないな。麗夢」
死夢羅は大げさに右腕を構えると、ほんの僅か、鎌の刃を鬼童の首筋に押し付けた。たちまち首筋から赤い血が滲み、鬼童の顔が恐怖と痛みに引きつった。
「や、止めて!」
「だから口を動かすのはもういいと言っておろうが。聞こえんのか?」
死夢羅の鎌が更に鬼童の首に食い込んでいく。だが、気丈にも鬼童は大声で叫んだ。
「駄目だ麗夢さん! 僕なら大丈夫だ。ここが夢であることはちゃんと承知している。お願いだ、闘ってくれ!」
「どうする? この若造はこういっているが、何なら試してみようか?」
麗夢は歯を食いしばってせせら笑う死夢羅を睨み付けた。だが、鬼童の言うことを真に受けることは出来なかった。ここで首を切られれば、鬼童に生き残る術はない。たとえ本人が言うとおりこの夢が自分の夢だと理解していたとしても、死夢羅の能力は、そんな本人の自覚などお構いなしに鬼童の生命を首ごと刈り取ってしまうだろう。こうなっては仕方がない。
麗夢は狙いを付けていた拳銃をすっと降ろすと、一瞬たりとも死夢羅から目を離すことなく、ゆっくりと膝を曲げた。
「麗夢さん!」
悲痛な鬼童の叫びと共に、麗夢の愛用する拳銃が、その足元に虚しくその身を横たえた。
「殊勝だな麗夢。日頃もそれくらい素直ならわしも手こずらされずに済むのだが」
「さあ、鬼童さんを放して!」
再び厳しい表情で立ち上がった麗夢に、死夢羅はのんびりと問いかけた。
「まあ待て麗夢。一つ聞くが、貴様この状況を一体どうやって打開するつもりだ。いや、そもそも勝算があるのかね?」
「そんなことを聞いてどうする積もりよ!」
「どうもせんさ。ただの好奇心という奴だ。だが、もし勝算もないのに脅しに屈して武器を捨てたのなら、はっきり言って貴様はただの馬鹿だ。それを確かめてみたい、と言うところかな」
麗夢はぎゅっと握り拳に力を込めて、射るような視線で死夢羅を見返した。こうなったら一か八か、賭けてみるしかない。麗夢は左右に陣取るアルファ、ベータへ密かにテレパシーで合図を送ると、力一杯叫んだ。
「鬼童さん、伏せて!」
その瞬間、力をためていたアルファ、ベータが、大きく見開いた両目から、強烈な光を撃ち出した。並の夢魔なら浴びただけで蒸発してしまう聖なる光である。麗夢は、死夢羅がこれくらいでダメージを受けるとは思えなかったが、少なくとも目くらまし効果で一瞬の隙を生み出すことくらいは出来ると踏んだのだ。だが、死夢羅は麗夢の予想を遙かに上回った。突然の燭光に晒されたにもかかわらず、死夢羅はふふん、と鼻を鳴らすと、逃げようともがきかけた鬼童の身体を、自分の前に突き放したのである。
「貴様の愚かさ加減にはほとほと呆れたわ! さあ、その報いを受けるがいい!」
死夢羅の鎌が、達人の剣閃さながらに水平に走った。アルファ、ベータの燭光に照らされた刃が、真っ白な輝線を空間に描く。その輝線が、よろめきつつも麗夢の方に動いた鬼童の首筋を通り抜けた。
その瞬間、まだ鬼童の身体は動いていた。二歩、三歩と、白衣に包まれた長身が、麗夢の方へおぼつかない足を運ぶ。だが、その動きは既に生あるものの意志に基づく動きではなかった。ついさっき輝線が走り抜けた首筋に、今度は赤い線がすっ、と音もなく入った。たちまちその細い赤が広がり、鬼童の左足が躓いた瞬間、傾いだ頭がゆっくりと前に倒れこんだ。
ごろん。
噴水のごとく動脈血がまき散らされる中、端正な鬼童の顔は、少なくともおだやかな表情に見えた。自分の血をその青白くなった顔のそこここに塗りつけながら、麗夢の足元までくるくると転がり込む。咄嗟に足元の銃を拾い上げようとした麗夢は、その光景に愕然として固まった。
「・・・き・・・鬼童、さん?・・・」
わなわなと震える両手が、横倒しになった鬼童の首に伸びた。呆然としたまま、乱れた頭髪を右手で整え、頬に散った血を拭う。だが、目をつむった鬼童の顔に、生気が蘇ることはなかった。
「・・・い、いやあぁ~~っ!」
麗夢は咄嗟に銃を手に取ると、まだ不敵な笑いを浮かべてこちらを見守っている死夢羅に、ありったけの弾丸を発射した。瞬く間に全弾打ち終えてなお、麗夢は二度、三度と引き金を引き、ようやく気がつくと、そのまま死夢羅に向けて脱兎のごとく飛び出した。
「ゆ、許さない! ルシフェル!」
麗夢の身体がアルファ、ベータの光をも凌駕する閃光に包まれた。鬼童の悪夢が輝く白色で漂白される。その目に見据えるのはただ一カ所、この光に抗して闇の漆黒を保つ悪の権化、死夢羅の姿だけである。一瞬で夢の戦士、ドリームガーディアンに変じた麗夢は、手にした破邪の剣にありったけの気を凝らし、岩も砕けよと死夢羅目がけて撃ちかかった。だが、死夢羅は防御するでもなく、麗夢にぼそりと呟いた。
「時間切れだ、麗夢」
たちまち麗夢の身体に満ちあふれていた膨大な力が、針をたてられた風船のように弾けとんだ。視界にはっきりと捉えられていた死夢羅の姿がおぼろに薄れ、夢の世界が急速に失われていくのが感じられた。鬼童の命の灯火が消えたのだ。命が失われた以上、その夢もまた消えるしかない。夢が消えれば、麗夢とてそこに留まることは出来ない。
「もう貴様と会うこともあるまい。さらばだ、麗夢」
最後の死夢羅の一言が驚くほど鮮明に麗夢の耳に届いた、と思う間もなく、麗夢は意識を取り戻した。
「卑怯者! 鬼童さんを放しなさい!」
麗夢の銃が死夢羅の顔にまっすぐ狙いを定めた。が、死夢羅は鬼童の身体を自分の前に立て、鎌の切っ先を僅かに露出した鬼童の首にあてがった。
「お褒めいただいて恐縮だが、口を動かすのは賢明ではないな。麗夢」
死夢羅は大げさに右腕を構えると、ほんの僅か、鎌の刃を鬼童の首筋に押し付けた。たちまち首筋から赤い血が滲み、鬼童の顔が恐怖と痛みに引きつった。
「や、止めて!」
「だから口を動かすのはもういいと言っておろうが。聞こえんのか?」
死夢羅の鎌が更に鬼童の首に食い込んでいく。だが、気丈にも鬼童は大声で叫んだ。
「駄目だ麗夢さん! 僕なら大丈夫だ。ここが夢であることはちゃんと承知している。お願いだ、闘ってくれ!」
「どうする? この若造はこういっているが、何なら試してみようか?」
麗夢は歯を食いしばってせせら笑う死夢羅を睨み付けた。だが、鬼童の言うことを真に受けることは出来なかった。ここで首を切られれば、鬼童に生き残る術はない。たとえ本人が言うとおりこの夢が自分の夢だと理解していたとしても、死夢羅の能力は、そんな本人の自覚などお構いなしに鬼童の生命を首ごと刈り取ってしまうだろう。こうなっては仕方がない。
麗夢は狙いを付けていた拳銃をすっと降ろすと、一瞬たりとも死夢羅から目を離すことなく、ゆっくりと膝を曲げた。
「麗夢さん!」
悲痛な鬼童の叫びと共に、麗夢の愛用する拳銃が、その足元に虚しくその身を横たえた。
「殊勝だな麗夢。日頃もそれくらい素直ならわしも手こずらされずに済むのだが」
「さあ、鬼童さんを放して!」
再び厳しい表情で立ち上がった麗夢に、死夢羅はのんびりと問いかけた。
「まあ待て麗夢。一つ聞くが、貴様この状況を一体どうやって打開するつもりだ。いや、そもそも勝算があるのかね?」
「そんなことを聞いてどうする積もりよ!」
「どうもせんさ。ただの好奇心という奴だ。だが、もし勝算もないのに脅しに屈して武器を捨てたのなら、はっきり言って貴様はただの馬鹿だ。それを確かめてみたい、と言うところかな」
麗夢はぎゅっと握り拳に力を込めて、射るような視線で死夢羅を見返した。こうなったら一か八か、賭けてみるしかない。麗夢は左右に陣取るアルファ、ベータへ密かにテレパシーで合図を送ると、力一杯叫んだ。
「鬼童さん、伏せて!」
その瞬間、力をためていたアルファ、ベータが、大きく見開いた両目から、強烈な光を撃ち出した。並の夢魔なら浴びただけで蒸発してしまう聖なる光である。麗夢は、死夢羅がこれくらいでダメージを受けるとは思えなかったが、少なくとも目くらまし効果で一瞬の隙を生み出すことくらいは出来ると踏んだのだ。だが、死夢羅は麗夢の予想を遙かに上回った。突然の燭光に晒されたにもかかわらず、死夢羅はふふん、と鼻を鳴らすと、逃げようともがきかけた鬼童の身体を、自分の前に突き放したのである。
「貴様の愚かさ加減にはほとほと呆れたわ! さあ、その報いを受けるがいい!」
死夢羅の鎌が、達人の剣閃さながらに水平に走った。アルファ、ベータの燭光に照らされた刃が、真っ白な輝線を空間に描く。その輝線が、よろめきつつも麗夢の方に動いた鬼童の首筋を通り抜けた。
その瞬間、まだ鬼童の身体は動いていた。二歩、三歩と、白衣に包まれた長身が、麗夢の方へおぼつかない足を運ぶ。だが、その動きは既に生あるものの意志に基づく動きではなかった。ついさっき輝線が走り抜けた首筋に、今度は赤い線がすっ、と音もなく入った。たちまちその細い赤が広がり、鬼童の左足が躓いた瞬間、傾いだ頭がゆっくりと前に倒れこんだ。
ごろん。
噴水のごとく動脈血がまき散らされる中、端正な鬼童の顔は、少なくともおだやかな表情に見えた。自分の血をその青白くなった顔のそこここに塗りつけながら、麗夢の足元までくるくると転がり込む。咄嗟に足元の銃を拾い上げようとした麗夢は、その光景に愕然として固まった。
「・・・き・・・鬼童、さん?・・・」
わなわなと震える両手が、横倒しになった鬼童の首に伸びた。呆然としたまま、乱れた頭髪を右手で整え、頬に散った血を拭う。だが、目をつむった鬼童の顔に、生気が蘇ることはなかった。
「・・・い、いやあぁ~~っ!」
麗夢は咄嗟に銃を手に取ると、まだ不敵な笑いを浮かべてこちらを見守っている死夢羅に、ありったけの弾丸を発射した。瞬く間に全弾打ち終えてなお、麗夢は二度、三度と引き金を引き、ようやく気がつくと、そのまま死夢羅に向けて脱兎のごとく飛び出した。
「ゆ、許さない! ルシフェル!」
麗夢の身体がアルファ、ベータの光をも凌駕する閃光に包まれた。鬼童の悪夢が輝く白色で漂白される。その目に見据えるのはただ一カ所、この光に抗して闇の漆黒を保つ悪の権化、死夢羅の姿だけである。一瞬で夢の戦士、ドリームガーディアンに変じた麗夢は、手にした破邪の剣にありったけの気を凝らし、岩も砕けよと死夢羅目がけて撃ちかかった。だが、死夢羅は防御するでもなく、麗夢にぼそりと呟いた。
「時間切れだ、麗夢」
たちまち麗夢の身体に満ちあふれていた膨大な力が、針をたてられた風船のように弾けとんだ。視界にはっきりと捉えられていた死夢羅の姿がおぼろに薄れ、夢の世界が急速に失われていくのが感じられた。鬼童の命の灯火が消えたのだ。命が失われた以上、その夢もまた消えるしかない。夢が消えれば、麗夢とてそこに留まることは出来ない。
「もう貴様と会うこともあるまい。さらばだ、麗夢」
最後の死夢羅の一言が驚くほど鮮明に麗夢の耳に届いた、と思う間もなく、麗夢は意識を取り戻した。