かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

4.死神現る。その3

2007-10-12 23:19:16 | 麗夢小説『ドリームジェノミクス』
 突然背後からかけられた声に、鬼童は仰天して振り返った。すると、明るいパステルブルーで統一された室内の一角が、どす黒い暗黒に浸食され、まるでブラックホールのようにその縁に連なる鬼童の夢世界が奇妙に歪んでいた。その中央に、漆黒のマントに身を包み、同色のシルクハットから豊かな波打つ銀髪を靡かせた老人が一人、立っていた。
「お、お前は死夢羅博士!」
 鬼童の驚愕に、巨大な鷲鼻が微かに揺れ、その下に刻まれた薄い唇の両端が吊り上がった。
「鬼童海丸、乏しい能力で良くここまで自分の夢をコントロールするものよ。見上げた研究者魂だが、それもこれまでだ」
 死夢羅のマントが中央から割れ、長大な鎌を握った右腕が、水平にぬっと突き出てきた。
「僕とてむざむざと殺られはしないぞ!」
 鬼童は足が震えるほどな恐怖を懸命に堪えながら、ぐいと右手を死夢羅に向けて突き出した。途端にその手に、榊が所持するニューナンブそっくりの拳銃が現れた。夢の中でそれを自覚していれば、こういう芸当もできる。それは、夢サーカスの事件で鬼童も実証した事だった。
「外観だけじゃないぞ。ちゃんと本物同様弾丸も発射できるし、威力も変わらない」
 すると死夢羅は、嘲りも露わに鬼童に言った。
「愚かな。そんなもので、このわしが恐れおののくとでも思ったか」
 死夢羅はゆるりと鎌を身体の前に引きつけ、左手を柄に添えると、すっと一歩を踏み出した。
「動くな! 撃つぞ!」
 だが、死夢羅は不敵な笑みを湛えながら、なおも一歩鬼童に向けて足を進めた。鎌がぎらりと輝いて、鬼童の首筋に冷たい汗を噴き出させる。更に一歩死夢羅の鎌が近づいたとき、鬼童は右手人差し指にぐいと力を加えた。
 カチリ。
 間の抜けたような金属音が鬼童の耳を打った。愕然となった鬼童が、更に引き金を引き続ける。だが、期待した炸裂音も衝撃もなく、ただ小さな機械音が鳴り続けるだけであった。
「どうした? そのおもちゃの威力を見せてくれるのではなかったのかな?」
 既に手の届くばかりなところまで迫った死夢羅の余裕に、鬼童は初めて後じさった。途端に死夢羅から感じられる圧力が急激に膨らみ、鬼童は突風に突き飛ばされるようによろめいて、そのまま仰向けに倒れ込んだ。負けるまい、と必死に保っていた気力が見る間にどこかに吸い出されていく。それと共に、鬼童から夢をコントロールする力が失われていった。研究室が火にをかけられたプラスチックのように変形し、整然と並んだ実験器具が、得体の知れない不気味な塊に変化していく。鬼童が頼りとする冷徹な観察と客観的な洞察が可能だった理性が、パニックと恐怖に席を譲り、鬼童の夢は、自分ではどうすることもできない悪夢に塗り替えられようとしていた。
「終わりだな。なかなか楽しい余興だったぞ」
 死夢羅の右手がゆっくりと上がり、振りかぶられた鎌の切っ先が、鬼童の首筋に狙いを定めた。鬼童は恐怖に震えつつも、後ずさって逃げることすら出来なかった。文字通り蛇に睨まれた蛙の状態で、ただ最後の時を待つしか出来なかったのである。
「夢の中で死ねるとは、研究者冥利に尽きるだろう!」
 鬼童の目に白い刃の残像が尾を引いて映った。死ぬ。もう自分は死ぬんだ、という強迫観念に囚われた鬼童は、その切っ先が自分の首に当たるまで、目を逸らすことが出来なかった。
 その時である。
 ガーンッ!
 夢世界に雄々しくこだまする銃声が、間一髪で鬼童の命をすくい上げた。今にも鬼童の首を跳ね上げようとしていた鎌の刃がはじき飛ばされ、勢い余って死夢羅の身体がのけぞった。
「鬼童さん!」
 起死回生の呼び声に、鬼童は全身冷や汗で濡れそぼちながら、ほっと限界まで張りつめた緊張を解いた。
「麗夢さん・・・、助かった」
 醜く変形した実験室の扉を蹴り開けた麗夢が、まだ熱い硝煙臭がたなびく愛用の拳銃を構えながら、死夢羅に言った。
「死夢羅博士、いえ、ルシフェル! やっぱりお前の仕業だったのね!」
「ふーっ!」
「ウゥーっ、ワン! ワンワン!」
 麗夢の足元で、アルファとベータも頭を低く下げ、今にも飛びかからんとする態勢で威嚇のうなり声を上げる。死夢羅は、一旦はよろめいた姿勢を立て直し、改めて鎌の柄を握り直した。
「お前の仕業とは、何の事かな?」
「とぼけないで! 美奈ちゃんや夢見さんや、ハンスさんまでさらって何を企んでいるの?!」
 すると死夢羅は、口元に嘲笑を湛えたまま、麗夢に言った。
「素直に答える訳がないことくらい承知しておろう? 愚かな質問をする暇があったら、現状を理解するのに努力すべきだったな!」
 突然身体を覆い隠していた死夢羅のマントが翻った。その端が爆発的に膨らんだかと思うと、無数の黒い触手が吹き出し、まだ床にはいつくばったままの鬼童に絡みついた。
「鬼童さん!」
 麗夢の悲鳴じみた叫びが届く間もなく、鬼童は全身を漆黒の包帯でがんじがらめに包み込まれ、さながら黒いミイラと化して死夢羅の左腕に抱きかかえられた。
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今日は少々ばつの悪い昼食でした。

2007-10-12 23:17:37 | Weblog
 今日は外でのお仕事で、昼ごはんにお寿司を食べました。仕事の関係で、かなり遅めにずれ込んだお昼ごはんに何を食べようか、と考えながらたまたま通りかかったのが有名チェーン店の回転すしだったためで、色々迷って探すくらいなら、とそのまま駐車場に車を滑り込ませたのでした。このお店、たまに家人と夕食に行くと、大抵30分以上は確実に待たされると言う人気のお店なのですが、時間がずれていたせいもあったのか、客は私を含めてわずか3組というガラスキ状態でした。おかげでゆっくり静かに食事を楽しむことが出来ました(マンボウなんてメニューがあってどんな味かと試してみたり)が、ちと困ったのは回転台をはさんだ向かいのヒトと正面から目が合ってしまうことでした。もちろん知り合いではなし、挨拶するのも変な話ですし、と言って無言で見つめるのも失礼な話です。どうせ店は空いているのだから、向かいとは千鳥に配置されるようにしてくれればそんな同でもいいことで悩まなくても済んだのですが、席を案内した店員さんもそんなことにはつゆ気づかないのでしょうね。
 
 さて、今夜は『ドリームジェノミクス」第4話『死神現る」その3をお届けします。いよいよ「あの男」の登場です。今週末にもう一つアップして、第4話を終了、序盤の山を一つ越える事になります。分量的にこんなものでよいのかどうか、いまだ試行錯誤しながらの連載になっておりますが、この連載が終わる頃までには、程よい長さの文章量にある程度めぼしを付けておきたいです。


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