かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

問題は金だけではないと思うのです。

2007-01-16 22:56:37 | Weblog
 今日はいつの間にかしっぽりと雨になっていました。こういうしとしと降る雨は風情があってなかなかいいですね。ただ、これが例年なら明日の朝は確実に雪景色、とかえって不安にさせられたものですが、今年のはまるで雪になるどころか、翌日凍りついて、などというような懸念すらありません。1年でもっとも寒い時期のはずなのに、まるで春のような雨。この分では今年の夏は異様に暑くなるのではないでしょうか。桑原桑原。
 と、今日の雨はいいのですが、週間天気予報では大事な日曜日も雨の予報が出ています。予報精度はBランクですので多少のずれはあるのでしょうけど、いずれにしても快晴は望めそうにありません。これは、いてつく寒さにならないだけマシ、とでも思うより無いのでしょうね。

さて、NHKの受信料義務化について、時の総務相は総務相は記者会見で、「NHKは受信料の義務化を求めているが、(料金水準が)今のままでは国民が許さない」と述べたんだそうですが、この( )はなんなんでしょうか? 私の感覚からすると、国民が許さないのは受信料の料金水準、すなわちいくら払うか、という問題ではなくて、不祥事相次ぐNHKの体制そのものを許さない、と思っているのではないか、と思うのですが、大臣の発言には、この( )の部分はどういわれていたのでしょう。どうもきっちりそういったわけではなく、前後のニュアンスや何かで適当に記者が補足したようにも思えるのですが、だとしたらその記者の感覚が疑われますし、いずれにしても不明確な記事ではあります。
 NHKに関しては、私はもうその使命自体を終えたと考え、今日存在する意義はもうあるまい、と思うのですが、まあそんな個人的見解はともかく、現状のままでは、たとえyahooプレミアム会員並みに月々300円足らずになったとしても払いたいとは思わないでしょう。もっとも、組織のたがが緩んでしまっているのは一人HNKだけの問題ではなく、マスコミ全体はもとより、不二家の問題や閣僚クラスの政治家達の不始末、自治体で次々あらわになる不祥事などなど、顕現しているだけでも枚挙にいとまなく、列島各地で噴出しております。もう日本という国自体の箍が緩んでいる、ということなのでしょうが、そのこと自体もすでに言われて久しいわけで、もはや病膏肓に入る、というしかないのかもしれません。ただ、そう思ってしまうのは結構危なっかしいことで、一昔前なら確実に、もはや解決には非常手段しかない、とばかりに革命を目指す連中が軍を動かしたりしていたことでしょう。小泉前首相再登板待望論なんてのも、そういう強権発動型の一種の独裁者的手法による果断な処理を国民が求めていたりする表れなのかもしれません。確かに水戸黄門や暴れん坊将軍のように善意あふれる権力者におまかせ、というのが日本人にとって理想なのかもしれませんが、現実にそんな「いい人」はまずめったに出てきませんし、その種の面倒ごとを人に任せてしまうというのも無責任といえるでしょう。ただ、こんな辺境のブログで愚痴っているだけというのも、見方によっては情けない限りではあります。では具体的に何をしたらいいのか、何ができるのか。とりあえず参院選の選挙とか、身近にはこの春で辞めるといううちの知事さんの選挙なんてものもありますので、そんなものをにらみつつ、考えてまいりたいと思う次第です。

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数年のうちにカエルがいなくなるかもしれない?

2007-01-15 21:53:19 | Weblog
 一昨日から昨日にかけての頭痛は、昨日の晩にはほぼ治まっていたのですが、今朝にはすっかり消えてなくなっておりました。なんだか今日は久々に気分よく一日過ごせたような気がいたします。一つには、1月中旬とは想像もつかない暖かな日だったこともあるのでしょう。また、今年から一年間がんばれる身体を作るために始めた日課も、多少は功を奏してきているのかもしれません。といってもまだ1週間足らずなのでそんなに急に何かあるとも思えないのですが。ともかく明日もまたこんな具合よくいられたらいいなと思います。そしていずれそれが当たり前になってくれたら、昨年のように具合の悪さが時候の挨拶のごとく並ぶ日記ではなくなってくれることでしょう。

 さて、突然ですが日本の「カエル」が絶滅の危機に瀕しているらしいです。
 購読しているとあるメールニュースに書いてあったのですが、その原因がツボカビ病というカビによる病気だというのです。そのリンク先にWWFジャパンのホームページがあるのですが、なるほど、確かに由々しき問題です。事はカエルだけでなく、オオサンショウウオなど要するに両生類全般に関係することで、かつまた、カエルに捕食されたり、カエルををえさにしている数多くの動物達へ影響が広がるという、大変に裾野の広いお話です。
 この病気、致死率90%以上。伝播力が強く、どんどん広がっていく恐ろしい病で、しかも治療法とか予防法はなし。パナマでは2ヶ月で地域のカエルが全滅した、なんていう話を読むと、日本でも条件さえ整えばあっという間に全国の田んぼや川や池からカエルの姿が無くなるかもしれません。
 この病原菌であるツボカビはアフリカに生息するのだそうですが、それがアフリカツメガエルというカエルと共に世界中に輸出され、拡散していったと考えられています。なぜアフリカツメガエルかというと、これが生物実験では重要な実験動物だからで、世界中で飼育されたり売買されたりしているからです。日本でもこの正月明けに感染が確認されたカエルが出たそうで、今のところ飼育されたものだそうですが、これが自然界に出るともうとめる方法が無いため、緊急事態宣言を出して何とか食い止めようと努力が続けられているのだとか。
 これについてマスコミでは朝日が12日に記事を書いたらしいですが、なんでもっと多くのメディアが取り上げないのでしょうか。確かに鳥インフルエンザみたいに人への感染が疑われたりするような危険な病気ではありませんが、カエルという身近な生き物が、恐竜などと同様図鑑の中でしかお目にかかれなくなるような時代が、ほんのすぐそこにきているかもしれない非常事態だというのに。数年後の子供達が芭蕉の俳句の意味がまったく判らなくなったり、ケロロ軍曹について理解できなくなったりするような時代にならないよう、もっと世間の注目を集め、研究者や研究資金がこの問題に集中されるように世論を動かしていくことこそ、マスコミの使命ではないかと思うのですが。

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今年も年賀状は全敗、でした。

2007-01-14 23:00:36 | Weblog
 何とか来週のオフ会の予定を決定して皆さんにメールして即売会の準備して・・・と昨日からがんばっていたわけですが、ふと気づくとサイトの更新するのを忘れておりました。ううむ、週1と決めていたのに、新年早々のこの体たらく。今日はもう無理ですけど、明日明後日には何とか今週分の更新をしておきたいです。

 で、気をとられた原因が昨夜から続く頭痛だったりしていまして、なんていうのでしょうか、眠りすぎて頭が呆けることがままありますけど、状況としてはそんな感じに惰眠をむさぼっていたのが原因だろうと思うわけです。ところが、ただぼうっとしてくれるだけならまだしも、なぜか頭は二日酔い状態。アルコールは1滴も摂取してないのにどうして? としょうがないので風邪薬など飲みながらうんうんうなっておったのですが、今頃になってようやく痛みは無くなり、眠気とけだるさに取って代わられました。一晩寝れば多分収まりもつくことでしょうが、やっぱり何事も「過ぎる」のは良くないですね。

 さて、そんなこんなで忙しい忙しいといいつつ過ごしたこの土日ですが、年賀状のお年玉抽選だけはしっかりとチェック入れておりました。結果はかすりもせずに惨敗、でしたけど。この年末年始は、恒例のジャンボ宝くじも買いそびれていたので、年賀状にはちょっと期待もしていたのですが、なかなか当たるものではありませんね。これまでの人生で累計結構な数の年賀状をいただいているわけですが、残念ながら切手シート以上の当たりを見たことがありません。宝くじでは、1万円当たった、なんてことがごくまれにあったりしたのに、くじ運が良くないというのはもうしっかり理解してはいるのですが、これだけ機会があるのですから一回くらい「どかん!」と一発大当たりしてくれてもいいんじゃないか、などと思ったりするのです。宝くじにしても、もう先行きいくばくもない時に当たったりしても処分に困るだけなので、まだそれなりの年齢のうちに当たるなら当たって欲しいと切に願います。ただ、かつては宝くじ当ててそのお金で麗夢の新作を作ってもらおう! などと半ば本気で夢見ていたのですが、そちらの方面はそんなあぶく銭に頼らずともちゃんとしたビジネスとして成立するかもしれない、という風になってきているみたいなので、これからの神頼みは自分の大金星よりも、そっちのつつがない進行をお祈りして行きたいと思います。・・・といいつつも、やっぱりちょっとは当たってくれないかな、たからくじ、とか(苦笑)。

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「納豆祭り」ほど見苦しいものは久々に見ました。

2007-01-14 00:26:17 | Weblog
 納豆がダイエットに良いのだとか。それがテレビの人気番組で紹介されたとたん、納豆が馬鹿売れして店頭から消え、大手納豆メーカーが品切れのお詫び広告を全国紙に出したんだとか。
 うーん、日本人の蒙昧もここに極まったのか、と私はこの馬鹿げた事態に目の前が暗くなりました。いったい何度同じ過ちを繰り返したら気が済むんでしょうね。マスコミもそれに踊らされた国民も。その番組では、納豆を1日2パック、朝晩に分けて食べるといいと紹介されたとか。納豆に含まれるイソフラボンがやせるホルモンDHEAを増やすとのことだが、DHEAを増やすにはイソフラボンが70mg必要で、納豆だと2パック分になるそうな。
 DHEAすなわち デヒドロエピアンドロステロンというホルモンは確かにやせる効果がネズミではあるらしく、実験結果も出ていますが、まだ、人間では効果が検証できていないのが現状です。というか、臨床試験なんてどっかでやっているのかな? もし番組でやせるのがDHEAによるものだと断言していたのだったら、それは完全なミス、あるいは詐欺とさえいえる世論操作でしょう。もちろん納豆が悪いというつもりは毛頭無く、私も好物ですけど、一日2パック、というのは、昨年食品安全委員会が出した安全のための暫定的なイソフラボン摂取量の上限値ぎりぎりになります。あの話が出たとき、1日1パックまで! とマスコミは大騒ぎしていたではないですか。そのことを番組はちゃんと伝えていたのでしょうか?
 たとえば納豆を1日2パック食べた人がサプリメントで大豆イソフラボンを摂っていたり、黄粉のお菓子を食べたり、豆腐入りの味噌汁を飲んだり、枝豆や煮豆を食べたりしたら、暫定とはいえ安全値を超えた摂取になります。食べ過ぎたからといって即危ないというわけではないとは思いますが、リスクが高まることは間違いないでしょう。
 もう一つ、別の観点から国民の蒙昧ぶりにあきれたのは、上にも書いたようにイソフラボンが目的なら別に納豆である必然性はまったく無いのです。大豆食品なら何でもよく、煮豆でも高野豆腐でも豆乳でも黄粉でも、含有量に多少の違いこそあれちゃんとイソフラボンが含まれています。なのに何故納豆だけ売り切れたりするのか。得られた情報を鵜呑みにして即購買行動に移るなど、パブロフの犬じゃないのですからもう少し考えられないのでしょうか。
 マスコミに煽られてお祭り騒ぎする国民性は、戦前も今もまったく変わってない、というより、マスコミの情報伝達能力がテレビという強力な武器を得たおかげでかつて無いほど強くなったがために、余計拍車がかかっているんじゃないかという気がいたします。これでは、「戦争はダイエットになりますよ」などと言われたら一気に宣戦布告だ!なんてことになったりするかもしれませんよ。いや、確かに今の日本が戦争状態になれば食料輸入が大打撃を受けてダイエット効果は絶大でしょうけど。ネットで少し検索かければマスコミの欺瞞などいとたやすく見抜くことができる時代に生きているんですから、やせる努力よりも賢い消費者になる努力こそすべきなんではないでしょうか?

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やっぱり活動の比重を関西に移すか、あるいはもう少し東京にも行ってみるか。

2007-01-12 23:43:10 | ドリームハンター麗夢
 来週に迫った関西オフ会に備えてお店選びなどを進めているのですが、結構目移りしてなかなか決めかねております。ただ、この寒い時期のこと、しっかり焼肉でも食べるか、あるいは暖かい鍋料理にするか、多分どちらかで選ぶことになるでしょう。明日中くらいには決めて皆様の参加を募らないといけませんね。

 肝心のコミックトレジャーに関する準備は、ぼちぼちと進めております。また少しプリンタがへそを曲げかけているのですが、それほど深刻な問題でもなく、大体何とかなると踏んでいるところです。あとは天気が心配ですね。昨年はちょうどそのころに大雪が降って難儀したのですが、今年は果たしてどうなることか。時期的にも一番寒くなるころあいですので、冬コミ以上に寒さ対策には気を使う必要もあるでしょう。

 そういえば先日、昨年初参加した名古屋のイベント主催者から、2月にある次回イベントの申込書が郵送されてきました。ちょっとさすがに毎月イベント参加、というのもきついので半ば以上やめとこうか、と思っているのですが、そのアットホームな雰囲気と親切な対応ぶりはなかなか感じ入るものがあります。規模も何も全然違いますから比較することすらある意味無謀なのかもしれませんけど、コミケ事務局とは大分違いますね。かたや昔ながらの同人誌即売会の雰囲気、かたや巨大に膨れ上がったビジネスの現場、という感じでしょうか。

 ところでその夏コミ、ちょっとどうしようか迷っているうちに郵便局からの申込書通販申し込み期限をつい忘れてしまっておりました。夏コミに参加以来初めてのミスです。もっとも今は幸か不幸かネット上から通販申し込みができて、その期限が結構後だったりするので大丈夫ではあります。一応今回は申し込みしてみようとは思いますが、夏の日程は8月17、18、19日の3日間。例年から行けば当選すれば初日配置は確実だと思いますが、果たして17日というのは、昨年の11日と比べてましといえるのでしょうか? どうせなら、初日を12日(日)にして、13,14の3日間というのはどうでしょう。まだしも年長者もお盆休みを取りやすかったりするのではないでしょうか? と今更言ってもどうしようもないですし、言ったからといってどうにもなるものでもないのでしょうがないのですが、昨年末の大晦日開催につけ昨夏の日程に付け、どうも最近のコミケ開催計画は理解できないことばかりです。
 
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日本人もとうとう抵抗無く死体を分解するようになったのでしょうか?

2007-01-11 23:10:54 | Weblog
 最近は妙なものが流行っておりますね。人間の身体をばらばらにする、なんていう猟奇的なことが。あんまりこれまでこの国ではなかったタイプの事件ではないでしょうか? 確かに死体を動かしたり隠したりするのにばらばらに解体するのは理にかなった行為と言えなくも無いのですが、そもそも死体に刃物の類を当てて切断する、ということ自体が、非常な抵抗を覚える仕事でしょう。すでに我々の周辺から鶏を絞めたり獣を解体したりするような光景が無くなって幾久しく、最近では魚をさばくのさえめったにやらない人が増えて、肉や魚というとスーパーで発泡スチロール容器に切り身で収まっているのしか知らない人だって少なくない今日、よくそんなことを実際にやり遂げたものです。その光景を夢に見たりしないのでしょうか? 殺人という行為で頭がいっぱいになって感覚が麻痺でもしていたのでなければ、到底やり遂げられそうに無いと私などは思ってしまいます。実はこれが日本人の心を蝕んでいる何かの現実的な現われなのかもしれませんし、あるいは戦後の食生活の激変とか、蔓延する化学物質とかが、日本人の脳などに影響していたりするのかもしれません。その点についてだれか疑問を呈したりする専門家はいないのでしょうか? ゲーム脳などというものについても、しかるべく専門的な調査を断行すれば、見えてくるものもあるでしょうに、それが異常な犯罪のことならもっと真剣に考えてもいいような気がするのですが、農薬や環境ホルモンなど外的なものには過剰に反応するのと同様に、、自分達自身が、実は先祖達と違ってきているかもしれない、という可能性を考えるべきではないかと私は考えます。無論杞憂に終わればそれに越したことも無いのですが、それも調べてみないことには判らないのではないでしょうか? この間から立て続けに死刑執行も行なわれていますけど、やっぱりただ死なせて埋葬するくらいなら、後学のためにその死体を解剖し、標本として保存すべきだと思うのです。
 物語なら「また死神の仕業か!」と一言うなっていれば済むような話でも、現実となるともう薄気味悪さしかなく、ひょっとしてこれが戦後教育の最たる成果なのかも、と思うに付け、やりきれなさでいっぱいになります。現内閣は「美しい国」を目指すとの事ですが、かくも荒廃した人の心を美しく導くのは、もう言葉や教育などの力だけでは不可能なのかもしれません。そろそろ心と身体を別物として考える二元論的な発想とは異なる考え方をしてみてもいいんじゃないかと思います。

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官僚案を棒読みするような大臣は必要ないのではないかと思ったりいたしました。

2007-01-10 23:11:42 | Weblog
 一定の条件を満たした会社員の労働時間規制を外して、残業代をなくす「ホワイトカラー・エグゼンプション」、時の構成労働大臣がのたまった、厚生労働省の案ですと、年収900万円以上の会社員を対象に検討しているんだそうです。制度導入の対象者については、「管理監督者一般の平均的な年収水準を勘案」と明記して、その水準が「現状では900万円以上と想定される」とのこと。また、「労働者が自分で業務量をコントロールすることは実際にはできず、過労を招く」との批判に対しては、対象者の仕事内容を「職務記述書」などで明確化することで防ぐようにするそうです。年収900万円、というのがどういう統計に基づくものなのかいまいち判然としないところもあるのですが、多分この年収は所得税等を差し引くいわゆる天引き前の純収入になるのでしょう。とすると、実際の手取りとしてはどれくらいになるんでしょうね。それを考えたら結構少なくなってしまうんじゃないかと思ったりするのですが。それはともかく、どうして900万円なんでしょうね。きりよく1000万円、といっとけば、国民の反発もひょっとしたらずいぶん少なくなったような気がいたします。私が思うに、官僚が試算して900万円と出たのなら、状況を「勘案」して「じゃあ1000万円にしよう」と決断するのが指導者たるものの仕事だろうと思うわけですが、どうもこせこせしているというか、官僚の言いなりというか、大臣にふさわしい仕事をしているように見えないのが残念です。
 そういえば昔から日本人は「軍師」とか「参謀」とかが大好きで、人物によっては総大将に勝るとも劣らない人気者だったりします。今年の大河ドラマの主人公も、実在したかどうかも怪しいと言われる、武田家の軍師山本勘助だそうですし、弁慶とか秋山真之とかいちいち上げだしたらキリがないくらいです。でも、実際には参謀というのは状況を冷静に計算して色々な案を出すのが役割で、それを採用するかどうかは指導者たる大将次第、ゆえに対象のほうが当然ながら圧倒的に偉くて責任も重大なはずなのですが、これも日本の風潮で、参謀の案を「よきに計らえ」と鷹揚に承認するのが度量のある大将の姿、というようなところがあり、自らの見識と責任において裁断を下すのを苦手としているようなきらいがあります。今の官僚主導の政治運営などもその歴史にのっとったわが国の伝統なのでしょう。いい加減そんな伝統からは卒業して、自ら官僚を引っ張りまわしてバリバリ仕事させるような内閣ができて欲しいですし、それくらいの人でないとこの間近に迫る未曾有の危機に対処できないのではないか、と思うのですが、ひょっとしたら前首相の再登板を望む声って、そういう「英雄願望」みたいなものもあるのかもしれませんね。

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老後のために農業でやっていくだけのスキルを身に付ける必要があるかもしれません。

2007-01-09 21:49:04 | Weblog
 今年は本当にぱらぱらと後から後から年賀状が来るなと思っておりましたら、今日も1通届いておりました。それも、びっくりするような御方から! 美麗な本文面にも驚きましたけど、祐巳のチョコレートよろしく、自分から出すことは想定していても、相手からもらうことは考えていなかったのです。正月早々メールでごあいさつはしておりましたし。この貴重な一枚はしっかり保存しておくといたしましょう。本当に年賀状というのは良い習慣です。

 さて、今年は2007年問題という言葉で、団塊の世代の大量退職とその社会への影響が取りざたされておりますけど、よく聞く技術の継承とかは、そういう特殊な能力を身に付けている人を退職後もちゃんとした待遇で再雇用するなり定年を延ばすなりすればいいだけのような気もいたします。統計によればこういう方々もまだまだ働きたがっているそうですし、それこそちゃんと能力に応じて雇用契約を結んで仕事してもらえばいいと思います。それよりも若い世代の人数が減少し、経済力等の活力が著しく減少することのほうが問題大きいんじゃないでしょうか? それは、今は団塊の世代がお金と時間でゆとりを持ち、商売もこの世代をターゲットにして色々動き始めるのでしょう。一方で、かつて年寄り向けの商売がほとんど省みられることが無かったように、人数が減り、格差とか貧困とかで総量としても経済的に価値が低下した若者層には、これを相手に商売しようという動きが減っていったりするのではないでしょうか? ITmedia +D LifeStyleのニュース記事「行動原理から見る購買層と購買力 」を見て思ったのですが、若者層を狙った各種サービスは全て定額制で供給されており、けして大きくは無い彼らの経済的資源が、これら永久的に終わらない支払いによって大半吸い尽くされ、購買のための余力が存在しない、というのです。確かに私も携帯電話をなかなか乗り換えないのは、月々一定額の負担が強いられるそのサービスに耐えられるだけのゆとりが今のところ無いというのが大きく、プロバイダもサービス云々よりただ月々安い、ということだけを基準に選んだようなところがあります。借金してものを買う、というのは、いずれそのうちその負担は消えるのでそれほど痛くは無いのですが、そのサービスを享受するためには永久的に負担しないといけない、つまり一定額のお金が他にまわして使うことができなくなる固定経費になるという点が、財布への負担もさることながら、精神的にもきついものを覚えるのです。P2Pで著作権侵害をするのはそんな風に消費行動を誘導した側にも責任がある、という話はちょっと脱線するのでとりあえず話を戻しますと、今、団塊の世代がお金とゆとりを持ってリタイヤし、大きな財布となって経済を引っ張っていっていくことが期待されるわけですが、定額制サービスを主な消費行動としている今の若者達が主要な消費層になったとき、日本のほとんどの産業がやっていけなくなるんじゃないかと思われるのです。ただでさえ人数が減って行くことが決定的なのに、団塊の世代だっていつまでも元気なわけないですし、20年後、30年後、私などがリタイヤするようなころに果たしてこの国の経済はどうなってしまっているのか。それを想像して、薄ら寒いというよりもはるかに強い悪寒にとらわれました。私と同世代の官僚達は、もっとそのことを真剣に考えて自分達の老後のための政策を真剣に立案するべきではないのか、企業はもっと先を見据えたサービスの提供方法を提示するようにしないといけないのではないか、余力のあるうちに手を打たないと、衰弱しきってからは助けようも無いでしょうに、と思います。こうなればせめて自分達だけでも、そんな暗黒の未来から逃れるすべを模索しておくべきなのかもしれません。たとえば、自給自足できるだけのスキルを身に付けるとか。

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サイト更新。今年も長編小説の連載から。

2007-01-08 22:24:25 | ドリームハンター麗夢
 今日から表サイトで長編小説を新たに連載開始です。順調に行けば、暖かくなるころには終えることになるでしょう。この小説、麗夢の同人長編としては8本目ですが、基本的な構想自体はオフィシャルサイトの掲示板に書き込んだネタがベースになっています。そういう意味では結構昔から考えていたネタで、それを今回大幅に仕切り直しをして、地元たる大和の国にふさわしく味付けしてみたつもりです。ただ、地元というのはどうも書きづらくて、その一方であれも入れたい、これもどうだろう、とネタばかり膨れ上がるし、仕上げるのに大変な苦労を味わった記憶があります。今回はその辺の四苦八苦ぶりを修正しつつ、まとめて行きたいですね。
 あと、これは表紙をカラー刷りにしたはじめての長編小説でもあります。実は短編集とかでカラー表紙はやっているのですが、あのころのはプリンタも今ひとつの精度で、色自体がもう一つ思ったように出ず、試行錯誤しつつ妥協せざるをえませんでした。この印刷からは今は私の定番プリンタであるhpのプリンタを使い始めており、カラーもそれなりに満足の出来になっております。
 もう一つ、この小説は私が自分で挿絵を描いた最後の本です。これ以後、私などとは比べ物にならない絵描き上手がお手伝いくださるようになり、私は挿絵から開放されテキストに専念できるようになりました。小説一本仕上げるのに一段とスピードアップが図れるようになったのも、そういう皆様の暖かい協力のおかげで、この小説はその恵まれた時代のメルクマールになる作品でもあります。楽しんでいただけたらありがたいですね。


 
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官僚がカタカナ外来語や奇天烈な訳語を好むのは今に始まった事ではないでしょうけど・・・

2007-01-07 23:59:53 | Weblog
 のんびりお正月やその延長ともいえる3連休をむさぼっている間に、ずいぶんきな臭い動きが経済界と政府であるみたいですね。ホワイトカラー・エグゼンプション、訳すと自律的労働時間制度って言うらしいですが、どちらにしてもどうも今ひとつ理解しにくいヘンな言葉に聞こえます。横文字にしたり、わけのわからない訳をしたりというのはいかにも日本の官僚ぽくってそんなに国民に知らせたくないのか? とかんぐりたくもなるわけですが、それはともかく、理解しにくいからといって放置しているととんでもない目に遭いかねない話ではあるみたいです。
 なんでもこの制度、労働基準法で定められている1日8時間、週40時間の労働時間規制を適用せず、いつ、どのように働くか自由に決めて、働いた時間ではなく仕事の成果によって賃金を決めようという考え方だそうです。したがっていくら残業して仕事をやっていても、ちゃんと成果になっていなければその残業は残業として認めず、残業代が出ない、ということになります。
 確かに私の仕事する組織でも、ざっと大きく見ると懸命に仕事して組織を事実上支えている人3割、そこそこやってる人3割、ほとんどお荷物にしかなっていない人3割、という具合に単位時間で見れば生産性が大きく違う人たちが混在し、年功序列型賃金体系のために、ほとんど同じ横並びの給料になっている、という現状が存在します。他の組織ではどうかよくは存じませんが、たまに違う会社、組織の方と話をすると、大体似たり寄ったりな状況があるみたいです。それからすると、わずかな時間で効率よく仕事でき、同じ時間ならできない人の何倍も仕事するような人からみれば、こういう考え方はなじむかもしれません。でも、そんな人種はバリバリ仕事している人の中でも一握りで、たいていは責任感から残業をこなして帳尻あわせしているようなことが多いのではないでしょうか。そんな人たちからすれば、時間ではなく成果でやられてしまうと残業代が出なくなるわけで、日本全国では、ある試算によると11兆6千億円もの残業代が消えてなくなるのだとか。
 財界としては少しでも人件費を抑制したいがために導入に積極的なんだそうですが、組合等は労働強化につながる、として導入反対を唱えているとのことです。でも、いずれにしても当の労働者たる国民には今ひとつ内容も議論の方向も伝わっておらず、確かに私もそういう話が出ている、というのは聞いてましたが、詳しいことは大して知らないでおりました。でも、まさに自分の財布に直結する内容なわけですから、もう少しマスコミも積極的に報じるなり、政府もちゃんと国民に対して説明しないといけないのではないでしょうか? 
 現段階で私が思うのは、どうも財界も政府も組合も自分のことしか考えていない、近視眼的な主張に終始しているような感じがいたします。財界は人件費抑制しか頭に無いみたいで、その為に労働者の心身が蝕まれ、結局は全体の生産性が落ちたりする可能性には目を向けていないようですし、政府はとにかく法案を成立させたいだけでその影響を真剣に考えてないみたいに見えますし、組合は組合で、国際的に厳しい競争を強いられている企業のことをどこまで考えているのか、労働者を守ったはいいが会社が倒産しました、なんてことになる可能性は考えないのでしょうか。皆が皆、それぞれの利害はあろうともお互いに依存しあっている関係でもあって、一時的な勝利が最終的な大勝利につながるかどうか、各自勝利条件をもう少し長い目で検討し、互いに譲り合いする位の大人の議論をする必要があるように、私は思います。
 
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私は「オレ様」キャラに弱いようで

2007-01-06 23:59:52 | アニメ特撮
 昨年末、ネットで無料配信されていた「コードギアス 反逆のルルーシュ」に見事はまってしまったのですが、このたびようやくテレビ放送もお目にかかることができました。深夜の放送なのでもちろん録画ですが、早くも次が待ち遠しくなる、久々のアニメです。どうしてこれを深夜枠でやるんでしょう? 「ガンダム」を夕方やっていたのですから、その続きでこれやればよかったのに。そうすればちゃんとリアルタイムで見ることがかなったのですが。
 まあそれはともかくとして、わくわくどきどきする展開とほのぼのまったりしたお話が、主人公ルルーシュを中心にいい具合に配合され、ずっと見ていても一向に飽きがきません。特にこの主人公。頭が良くてカリスマがあってとにかく自信家で、でも妹や仲間達にはやさしい一面を持っていたり、それが元で苦しむことになったりして、本当に好きなタイプのキャラクターです。しかも完全成功しそうなところでこれをきっちり邪魔するキャラがいて、それがまた親友だったりするという、孤高の天才が成功目前にさまざまな障害に阻まれ、自滅していく、というストーリーが狂おしいまでに好きな私には堪えられない展開になっているのが素敵です。
 それにしても、こういうタイプの主人公というのは昔はあまりいなかった気がするのですが、どうなのでしょう? こんなタイプが現れたのは、「銀河英雄伝説」のラインハルトくらいからではないのでしょうか? 最近では、「仮面ライダーカブト」の天道総司、とかいますけど、それにしてもそう多くいないような気がいたします。
 ただ、ラインハルトにしても天道総司にしても、よき理解者というか、振り回され役の魅力ある友人、補佐役が配されているのに対し、ルルーシュにはそういう役にぴったりきそうな幼いころからの親友が敵側に回っており、お互いに自分達が直接対決している、ということを知らないでいる、というのはなかなか先の展開が膨らみそうで面白いと思います。モラトリアムな学園生活と一瞬の油断も許されない現実の戦争とのギャップの大きさも魅力的です。ロボットアニメとしても十分楽しめますしね。
 とりあえず巨大帝国に立ち向かうための第1歩を固めた主人公達が、この後どういう展開を魅せてくれるのか、今年はしばらくテレビアニメはこれ一本で満足していられそうです。

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年賀状って結構いいものですね。

2007-01-05 22:06:01 | Weblog
 今年は年賀状が後から後からぱらぱらと五月雨式に毎日少しずつ郵便受けにやってくるようです。今日も3通、消印の押されていない年賀はがきが入っておりました。今日の分などはおそらく年が明けてから出されたものなのでしょうが、おとといくらいは年内ぎりぎりに出したものもあるのかもしれません。12月29日にやっと出した人間が言うのもなんですが、みな立場上忙しくなってきているのでしょう。それに、変化も色々あって、まだ赤ん坊だと思っていた親戚の子供がすっかり少年少女の風体になっていたり、社宅住まいだった友人が家を新築して引っ越していたり、大学で世話になった先生があと一年で退官されることが判明したり、と、定型句のほかに一言添えられた手書きのメッセージのおかげで、年に一度のわずかなやりとりでも結構色々見えてくるものもあります。それを思うと、この年賀状という習慣は、疎遠になりがちな人間関係をつなぐのにかなりの威力を発揮するシステムといえるでしょう。
 一方、1月1日午前零時を期して主だった方々に年賀の挨拶をしたためたメールを送信いたしましたが、年賀状とメールとでは、それぞれにお付き合いの対象が完全に異なっていることに今更ながら気づきました。もちろんこちらが提示する名前も、本名とハンドル・ネームでそれぞれ別物ですし、私の二つの名前を両方ご存知の方はほとんどいらっしゃらないでしょう。まるでコインの表と裏、ですが、いまや名前もその名前で生活している世界も、どちらも私にとって欠かせない大事なものであることにはかわりありません。これからも両方が入り混じるようなことはほぼ間違いなくないはずですが、双方の世界で動く時間をうまくやりくりして、両立できるようにして参りたいものです。
 とりあえず明日からの休みはほとんどH.Nで過ごすことになるでしょう。3連休は大荒れの天気になるそうですし、家で暖かくしてPCにかじりついているつもりです。

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心は健康っぽいのですが、身体は正月に大分なまってしまったようで・・・

2007-01-04 23:01:52 | Weblog
 今日は一週間ぶりの出勤でしたが、案外問題も無く、朝もしっかり目覚ましよりも早く起きましたし、出勤も問題なく、一日すんなり仕事してきました。夕方は少々疲れを覚えましたが、それ以外は特に何も無く、つつがなく過ごすことができました。昨年の今日の日記によると、朝起きるのがつらくて寝坊し、大慌てに仕事に行ったと書いてありましたが、今思うと昨年はもう正月明けからそんな調子で色々不具合があり、そのまま一年過ごしてしまったという感じがします。それに引き換え今年はまずまずのスタートとも言え、是非このまますんなり一年いけたらいいな、と思う次第です。

 さて、こんな珍しく気合の入った正月明けの原因は、やはり麗夢DVD関連の活発な動きがあってのことでしょう。おかげさまで年末以来休み中もずっと活発なメールのやり取りに終始しておりまして、まだまだオフレコ、極秘情報の段階で何も書けないのが残念ではありますが、今年は本当に色々と楽しみ多い年になりそうな気配が濃厚で、その渦中にいるという緊張感が心地よく私の怠けものな神経系に活を入れてくれているみたいです。他にも今は21日のイベント&関西オフの準備などもありますから、何もしてなくても気分が高揚するような戦意横溢状態になっております。
 
 ところで気分は最高潮に盛り上がっているのですが、残念ながら身体のほうはついて行ってないみたいで、どうやら正月じっとPCの前に座って過ごしていたせいか少しおなか周りに肉がつき、その影響で血圧などが少々高めになっているような気配です。あんまり興奮すると脳の大事な血管が「ぷちっ」と逝ってしまわないか、半分本気で心配しております。解消するにはまずは運動、ということになるのでしょうが、どうも運動のための運動というのは苦手で、エネルギーを消費するためだけに歩いたり基礎代謝量を増やすためだけに筋トレしたりすることがなかなかできないのです。いえ、やろうと思えばできるのですが、すぐ飽きてやらなくなってしまいます。きついからしなくなるのではなく、単に飽きてしまうから続かないということを、過去何度か試みた中で自覚いたしました。一方、たとえば通勤で歩く量を増やしたり、というようなことなら続くのですが、残念ながら今はそれもままならず、生活の中で身体を動かす、というのが難しい状態になっています。とはいえまだあの世の存在を自ら証明しに行く気にはなれませんし、第一この世の未練たらたらな状態なのですから、まかり間違っても倒れたりするわけには参りません。となるとやっぱり運動するしかない、ということになるのでしょうが、一体どうしたら飽きることなく運動を続けられるのか、いい方法があったら是非知りたいものです。

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今年の抱負は絵を描くこと?

2007-01-03 22:42:51 | ドリームハンター麗夢
 正月も今日で終わりですね。ひょっとしてうちだけかもしれませんが、大晦日から昨日まで、スパムメールの数も少なくなってました。でも、今日はすでに普段と変わらない数に復しております。世間的にももう正月休みという状態ではないのでしょう。近所のスーパーでも生鮮品がしっかり並んでいましたし。

 ところで、ようやく表サイトでまともな更新ができました。表紙の絵を変えたのですが、できれば旧年内にやっておきたかったことでした。ところが、久しく絵を描かずにいたせいかどうもタブレット上でペンを操作するときの感覚がズレていて、思ったように線が引けません。大分試行錯誤して練習しているうちにズレは修正されてきましたけど、昨年アニメを作るためにとにかくいっぱい絵を描いているときほどの感覚には戻りませんでした。もう少しリハビリしないと、なかなかお絵かきもままならぬようです。まあ上手いわけでもないので慣れたところでたかが知れているわけですが、それはそれとして、特に昨年後半サボリ気味だった絵を今年はできるだけ描くようにしたいと思いました。アニメーションもできればまたやってみたいですね。これも今年の抱負として一つ掲げておきましょう。
 
 それにしてもこの正月休みは、やっぱり夜更かし朝寝の連続で生活リズムがすっかり狂ってしまいました。元旦は頭痛、2日は腹痛と相変わらずの体調ですし、明日から仕事が始まり生活のリズムが戻ってくれば少しはましになるのでは、と淡い期待を抱いております。一方「お仕事」のほうは年末年始中ずいぶん大忙しでして、あちこちメールを出しまくって、返事をもらって、また出して、を続けておりました。正月早々から方々へ連絡が取れ、いろいろ調べものもでき、買い物も可能なネット社会というのは、本当に便利になったものだとつくづく感じさせられます。三が日もへったくれも無い活動ぶりがちょっと気に食わないところもあるのですが、生活リズムが狂っている割に、例年ほど休みの終了が疎ましく感じられないのは、そういう充実した生活で気が張っているからでしょう。やはり暇な状態が一番心身に負担をかけるみたいです。少々疲労してもぼちぼち仕事のあるほうが私のような貧乏性にはあっているのでしょう。今年もこの調子でせわしなく一年過ごすのでしょうね。

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初夢は昨日か今日か? いいほうを取ろう、などと手前勝手に考えております。

2007-01-02 23:59:59 | 夢、易占
 今日は一日サイトの表紙を仕替えようとCGを描くことにしたのですが、練習してがてら下描きを繰り返したのち、本描きに熱中しておりましたら、うっかり日が変わったことに気がつきませんでした。何とか明日、じゃ無くて実は今日なのですが、3日中には仕上げて、遅まきながら新年のご挨拶をと思います。
 ところで昨夜は初夢だったのですが、どうも今夜のほうが初夢という場合もあるようですね。というか、私はもともと2日から3日にかけて見る夢が初夢、という風に記憶していたのですが、元旦から2日に見る夢こそその年始めてみる夢なのだから初夢と呼んでしかるべきなのではないか、と思い、ちょっと検索してみたらそのように書いてあるところが見つかったりしたので、一応昨夜が初夢、と理解したのです。ところがやはり私の記憶どおり今夜の夢が初夢、とする記事もあったりしましたので、正直なところこのあたりはまだ整理がついていないというか、ひょっとしたら東西で認識が違うとか、特定の地方で違う日取りで初夢を見ることになっているとか、何かそういうことがあるのかもしれません。というわけで、昨晩も夢は見たのですが、今晩見るだろう夢と引き比べ、よさそうなほうを初夢として認定してみようか、などと、虫のいいことを考えております。
 ちなみに昨夜の夢は、4つくらいの夢を見た、という記憶があるのですが、中身を覚えているのは2つだけで、それもきわめて断片的です。一つは若い女性がそばにいる、という少し官能的な雰囲気もある夢で、実はほとんど雰囲気しか記憶に無いのですが、ひょっとしたら、何故もっとしっかり覚えておかなかったのか、と悔やまれるような内容だったのかもしれません(笑)。もう一つは、なぜか私が周りの人から○○大臣!(○○は私の苗字が入ります)と声をかけられて、面倒なことになった、と苦笑いしている私、という夢。うれしさ半分戸惑い半分、というような気分でした。ひょっとしたら何か今年を暗示させる内容だったりするのかもしれませんね。私自身は今年はのんびり雌伏して色々力を蓄えようと思っていたりしているのですが、巣穴から引っ張り出されたりするのかも? などと今のところは考えております。
 さて、今宵はどのような夢になるやら。せめてもう少ししっかり記憶しないと、せっかくの初夢がもったいないですね。久々に枕元へメモ帳と鉛筆を置いて寝るとしましょうか。

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