先日の「サクっとのつもりが・・・」があえなく撃沈のヨタ。。。
このままだと又、部品自体何処かに埋もれてしまうんだろうと思い、珍しく「ヤル気」を起して
「yamasadaさん」にお借りした工具でヨタの下に潜り「タップ切り」作業。
しかし、お借りした「タップ」よく切れます。今時で言う「キレキレ!」で、半世紀ほど前の金属疲労も相当溜まった
ネジ穴を切ってゆく。
最も、いくらキレキレとは言ってもこの作業は慎重を期する作業。3歩進んでは3歩後退の繰り返しで
ラチェットのカチカチ音を頼りにCRCを注しながら熱を逃がし切ってゆく。
そして、無事に蘇ったM10の穴に牽引フックを取り付け作業は終了。
あまり牽引はされたくもないですが、バンパーとナンバープレートの間から覗く牽引フックはさり気なく目立ちもせず中々、宜しい。
工具が良いと作業も捗りストレスなく作業も終了。。。「yamasadaさん」ありがとうございました♪
ガレージの中で探し物していると、肝心の探し物は見付らないのに以外と掘り出し物が出て来たり。。。
そう言えば、いつだったか「トヨタS800用後付け牽引フック」なるものを購入したことを思い出す。
又、何処かに仕舞ってしまうと忘れ去られるであろうと「サク」っと取り付けてしまうことに。
要はボルトの抜き差しでカラーを挟んで完了なのですが、どうも「サク」っといかない・・・。
ボルトが「サク」っと入って行かない、あの独特な感触。三山ほど入れたところで不安になり抜くと案の定コケてる。
ネジ山が合ってないのかと、元々入っていた汚れたボルトの方をよくよく観察するとコケてる。(こりゃダメだわ)
「サク」っとのつもりが、タップでボルト穴の修正をしなくてはと思うと気が滅入ってしまい、取り付けは中止。
第一、こんな太いタップ持ってないし・・・。上向きでダップが切れるかどうかも不安だし・・・。
又、何処かに埋もれてしまうんでしょうねぇ、この手の部品。(って、ヨタ自体が既に埋もれてますが・・・)
「年に一度の」と言うか「年に一度しか」が正しくて、冬支度をする折のみに寝床のガレージから追い出される。
前日からトリクル充電器を点滴のように繋ぎ、無理やりセルで体を揺すられ叩き起こそうとするも
眠りが深いせいか今年は寝起きが悪く、中々起きない・・・。
仕方なく体を少し前や後ろへ転ばし再度、セルで体を揺する。。。
すると間もなく、大きなアクビと共に目覚めの雄叫び。
その雄叫びをあげると同時に機械式燃料ポンプのダイヤフラムから悪臭(ガソリン)のお漏らし・・・。
そんな、ダダ漏れお漏らし状態のまま、雨降る寒い外へ追い出される。
エンジンフードを開けられ、ダイヤフラムのボルトを増し締めされたところでお漏らしが止まる。(いつものこと)
寒い外、雨に濡れながらじっと冬支度が終わるのを待つヨタ。。。御年47才。
先日の「お悩み相談」以来いつかは、と思っていた「ヨタの部品整理」。
ガレージの2階の奥深く、何処かにあった筈のいくつかのダンボールを捜し出す。
2階から脚立で下す折、既に30年も前のダンボールは朽ちて破れてしまう始末。
何とか抱えて下ろした状態がコレ。。。
31年間、維持してきた割には案外少ない、アンなものやコンなもの。
コンなもの有ったっけ?と思う反面、有った筈のアンなものがない・・・。
バンパーや燃焼式ヒーターの部品が一切無いということは、未だ何処かに眠っていると思われる・・・。
しかし、新品部品も有れば中古部品もあるようで、今となって思えば消耗部品などは
捨ててしまえば良かったと思う。
例のブレーキのカップなど幾つか出てきたものの、新品なのか判別できないような物も出て来て、ある意味厄介。
それに新品ボルトの多さにはビックリで今後は仕分けしながら整理しなくてはと思う・・・。
噂は噂を呼ぶというか・・・。まぁ~30年以上も抱えていれば、たまにしか路上を走らないにしても
「あそこの丘の上に1台」ってなもんで、何処からともなく嗅ぎつけて来るわけです。
丁度、土花吉が留守の折に突然「ヨタを持っておられると聞いて訪ねて来たのですが・・・」
ってな来客があったとか。。。
別に気にすることもなく、どうせ又わけの分らないNPOだか何だか知らないクラッシクカー協会では?
とか、勝手に聞き流す。。。
そんな数日が経ち、忘れた頃に再び来客。
丁度、現場へ向かわなければならず少しだけお話を聞くと最近、1967年型のパブリカを入手したとのことで
部品の調達に困っているとか・・・。
しかし、トヨタの旧車を買ってから初めて部品供給の悪さを知るとは中々のチャレンジャーでもあり
天下のトヨタ、金儲け主義のトヨタ、車文化を愛さないトヨタ、「トヨタ知らず」も甚だしいと感じつつも
相談にのることに。(因みに30年以上前には既に部品供給は悪かったトヨタ)
共通部品が多いヨタとパブリカではあるものの生憎、ガレージ土花亭のストック部品も底を突いてる状態。
とは言っても今度、涼しい折にでもガレージの2階へ上がり、部品の整理をしなくてはと思う・・・。
いつぞや、「手負いのヨタ」にしてしまったウチのヨタ。
今のところ、板金の予定はなく自分で出来るところまでタッチアップしてみようかと「共色」の塗料を
知り合いの車屋を通じて板金塗装屋へ依頼。
通常は給油コックを隠すカバーが共色の調合には向いてて、それをボディから外して依頼を掛けるのですが
ご承知の通りヨタにはそんなモンは無いし、まさかドア1枚とかトランクとかボンネットとか
持って行くわけにも行きませんねっ。
ヨタ乗りの方であれば何処のパーツかは一目瞭然。そのパーツと共に出来上がった「共色」。
ヨタの「栄養補給」も兼ねて?(って、たまたま瓶が)近々、お化粧して上げなければ・・・。
実に昨年の9月以来となるヨタの火入れ。
別に火を入れるだけなら、ガレージのその場で済むものを・・・。
冬支度のため、ヨタが眠る壁際に吊るしてある「パパさんダンプやスコップ」を降ろさなくていけないため
仕方なく小雨降る外へ出すことに。
当然、直ぐに雄叫びを上げる筈もなく火が飛ばない・・・。プラグを観るとカブリぎみのためプラグ交換。
再度、セルを数回廻したところで久しぶりに聴く雄叫びを上げ、ピットアウト。
っと、ここまでは良いのですが再度、ピットインする時に壁際へギリギリ寄せようと欲を張ったところで
シャッターのガイドレールにフロントフェンダーがガリガリ。。。(悲・・・)。
実は少し前にも、吊るしてあるモノを下ろそうとして隣のスコップがヨタのフロントノーズへ落下。
走ってもないのに、そこたら中当てられ踏んだり蹴ったりの「手負いのヨタ」・・・。
昨年の桜の咲く頃、yamasadaさんとのエスとヨタで朽木鯖街道の折、たまたま発見した「宝の山?」。
その後、再度訪れようと思いつつも中々、その機会がなくこの日、冬の晴れ間に意を決して
商談までするつもりで、隣県の山奥を訪れる。
何とか、「宝の山」に到着しその「お宝」を確認しようとするも?・・・「無い・・・」
昨年の春には有った筈のコレ(初公開) ↓ が?
「無ひ・・・」 2台とも消えて無くなってる・・・。
オマケに「何じゃこりゃ~」だったバイク達も(初公開)・・・。
「無ひ・・・」 綺麗に消えて無くなってる・・・。
所有者であろうと思われるお宅まで訪ね、話を伺うと?「昨年の夏、全部処分してしまった」とのこと。
「ショック・・・」 宝の山、ヨタ2台が何処かへ・・・消え去った・・・。
2時間も掛け、山奥まで辿りついたのに・・・。
アンタなんかに会いに来たのではなく、ヨタに会いに来たのですが・・・。
今年の夏は何故か小さなクモが大量発生し(未だにですが)ガレージの中もクモの巣が目立つ。
オマケにヨタの室内まで侵入したのかクモの巣を先ずは取り除く作業から始まり、バッテリーを繋ぎ
チョークを引き、幾度かセルを回す。
何とか雄叫びを上げるも、左シリンダーに火が入らず片肺状態。いつものように回転を上げることに
より無事、左側も着火しアイドリングをさせる。
そして、エンジンルームの点検。これ又、いつものように燃料ポンプのダイヤフラムからのガソリン漏れ。
(乗らないと、どうしてもダイヤフラムのゴムが縮んでしまう・・・)
増し締めを施し、漏れが止まったのを確認。
エンジンを掛けてまま雑巾掛けでホコリを取り除き一連の作業終了。。。
車検が切れて4ケ月。次はいつ車検を受けるか分からないまま、この手の作業は定期的に行われる。
(毎度のことですが・・・)
今から50年前、1962年の東京モーターショーに出品された「パブリカスポーツ」(型式145A)
ご承知の通り「ヨタ」(トヨタスポーツ800・UP15)の前身であり、航空機を想像させるキヤノピーが特徴。
当時、2台作られたといわれるも現存はしない。
そんな中、半世紀の歳月を経てトヨタ自動車OBの方々勇士で復元の運びとなりお披露目となる。
実走可能でパブリカ用0.7L空冷エンジン搭載。当然、「関自」(関東自動車)の協力の元と
思われるが、一方のトヨタがどれだけの資料を元に手助けしたかは疑問に思われる。
トヨタというところは「そんなところ」が有って、本来はトヨタ自身が復元すべきモノ。
いずれ「トヨタ博物館」に展示されるであろう、この「パブリカスポーツ」。
「ヨタ」を28年以上、苦労しながら所有しつつもいつも思うこと。。。それは「いいとこ取りのトヨタ」(笑)。