県の指定有形文化財でもある小浜市の「旧古河屋別邸/護松園」。
江戸期に北前船で財を築き、豪商だった「古河屋」の別邸で庭園の「松」の美しさから、別名「護松園」とも
言われていた木造2階建て入母屋数寄屋風書院造りの建物。個人所有だったため、近年は荒れ果て朽ちて行く
一方だったこの建物を小浜市がやっと管理しだしたのが4年前。その後、地元の若狭塗箸の製造卸会社が
所有するようになり、国や県、市からの公費(5千万円)を投入し、カフェや若狭塗の販売スペースなど現在も
進行形で改修工事が行われている。(訪れた時も庭園の塀や傾いた土蔵側は工事中のようでもあった)
その塀の現存部分の瓦笠木の角に飾られるものが「波」に見えたり「花」にも見えたりで興味が湧くも
触ることを控え、写真にだけ収める。(当然、今は途絶えてしまった若狭瓦である)
そして、直ぐ脇の格子戸が付く門を潜り玄関へ。
このアプローチは少し違和感が有る。当時、ここが玄関だったのかは疑問が残るところ、気にせず暖簾を潜る。
上の写真の右上の入母屋2階部分は差し詰め「月見の間」などと言われることが多い。(後で内部は紹介します)
玄関框を上がり右手に2階へ上がる隠し階段。正面のニカワガラスが入るガラス戸はこの建物にとっては後年の物と思われる。
ガラス戸から正面が若狭塗箸の展示販売スペースで、その又奥がレジカウンターと厨房スペース。展示販売スペースから右折れで
この建物にとっては最も見せ場の座敷へとつながる。その座敷の縁部分で先ずは出隅部。
構造的にも相当、無理をしていることが分かる。この建物の別名にも使われる、庭園の「松」を眺める折、
障害となる柱をわざと抜いてあるのである。下の写真は現役当時の写真で、確かに開放感はある。
出隅に限らず入隅の柱もない縁の曲がり部分。細い杢目の柱は建具(後年)の納まり上、後年に付けられたものと思われる。
基本、この建物の座敷廻りの柱は全て杉の柾目を使われていて、4面柾目の杉柱もあるためそう判断。(多分、秋田杉?)
縁の向こう側部分は当時のままと思われる部分で、旧水廻りかもの化粧竹小舞の月見窓。
それはそうと、注文した珈琲を番号札の番号を呼ばれたのでセルフで取りに行くとぉ~?
今どきのアレかぁ?の紙コップ・・・。コレ、土花吉には許せないんですよねぃ・・・絶対っ。コンビニじゃあるまいし・・・。
それなりの金子(きんす)払ってるのですから、飲み物食べ物には「器代」ってのが付きものでして、
器も楽しむものだと思うのですがねぃ・・・。(チッ!)
気を取り直して。。。若狭塗の照明のセードが珍しかったり(現代ものですが)
先ほどの玄関入って右側の隠し階段(階段箪笥)から2階へ上がると、やはり「月見の間」という名称の座敷が。
床の間の正面には漆喰で細工が。。。しかし、この色(加賀とか旧花街なんかでよく見かける色)は
当時ものですかねぃ・・・。何気に掲げてある「月齢」の暦は古いみたいですが・・・。
そんな、是非とも庭の「松」はこの建物の別名にも使われてまいすので、奇麗に手入れして欲しいのと
紙コップはご勘弁でこの場を離れ、小浜に来たからにゃ~寄らなくてはいけない処へ。。。
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