昨日、北九州市の若松市民会館1階(火野葦平資料館)で開催中の「中村哲 源流(ルーツ)」展に行ってきました。折しも12月4日は、中村哲医師が凶弾に倒れた日。あの襲撃事件から、もう一年が経つんですね。
若松は、中村医師が幼少期から小学1年の途中まで暮らしたところで、芥川賞作家の火野葦平は中村医師の叔父にあたります。
資料館では、親族から寄贈された若松時代の写真や、中村医師の著書などが展示されているほか、『アフガニスタン 用水路が運ぶ恵みと平和(ナレーション吉永小百合さん)』が上映されていました。源流展の会期は、12月1日から来年3月末日までとなっています。(館内写真撮影禁止)
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その隣の展示室では、『~人・水・命~中村哲医師巡回平和パネル展』が行われていました。
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この部屋では、中村医師や用水路建設などの写真とメディアの報道記事などを展示。会期は12月1日から6日までの6日間となっています。
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「100の診療所よりひとつの用水路を」の一念で、マルワリード用水路の建設に身命を捧げられた中村医師。「一隅を照らす」という言葉を好んで使われたそうです。
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持ち帰り用に準備されていたペシャワール会報No.143(4月8日発行)。中村先生の希望を引き継いでいくという村上優ペシャワール会現会長の言葉や、今年1月25日に行われた「中村哲医師お別れ会」でのご長男らの挨拶(テレビでも報道されていましたね)など、今読み返しても胸が熱くなるような記事が掲載されていました。
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医師でありながら一から土木について学び、大河クナール川から水を引き込む全長25.5㎞に及ぶマルワリード用水路を完成させた中村医師。長男の中村健さんに対しては、「口で立派なことばかり言わんで行動で示せ」と仰っていたそうです(お別れ会での挨拶から)。その言葉どおり、30年以上にわたる苦しく過酷な状況にあっても、自らの信念を貫いて一隅を照らし続けた人だったと思います。
若松は、中村医師が幼少期から小学1年の途中まで暮らしたところで、芥川賞作家の火野葦平は中村医師の叔父にあたります。
資料館では、親族から寄贈された若松時代の写真や、中村医師の著書などが展示されているほか、『アフガニスタン 用水路が運ぶ恵みと平和(ナレーション吉永小百合さん)』が上映されていました。源流展の会期は、12月1日から来年3月末日までとなっています。(館内写真撮影禁止)
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その隣の展示室では、『~人・水・命~中村哲医師巡回平和パネル展』が行われていました。
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この部屋では、中村医師や用水路建設などの写真とメディアの報道記事などを展示。会期は12月1日から6日までの6日間となっています。
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「100の診療所よりひとつの用水路を」の一念で、マルワリード用水路の建設に身命を捧げられた中村医師。「一隅を照らす」という言葉を好んで使われたそうです。
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持ち帰り用に準備されていたペシャワール会報No.143(4月8日発行)。中村先生の希望を引き継いでいくという村上優ペシャワール会現会長の言葉や、今年1月25日に行われた「中村哲医師お別れ会」でのご長男らの挨拶(テレビでも報道されていましたね)など、今読み返しても胸が熱くなるような記事が掲載されていました。
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医師でありながら一から土木について学び、大河クナール川から水を引き込む全長25.5㎞に及ぶマルワリード用水路を完成させた中村医師。長男の中村健さんに対しては、「口で立派なことばかり言わんで行動で示せ」と仰っていたそうです(お別れ会での挨拶から)。その言葉どおり、30年以上にわたる苦しく過酷な状況にあっても、自らの信念を貫いて一隅を照らし続けた人だったと思います。
カンボジアに旅しまた時でさえ、水の大切さと
裸足で歩いている少年を見ていまして、それより劣悪な環境のところで人助けのために働いて
協力していらっしゃった中村医師ですね・
本当に惜しい命だったといつも思っています(^^
ずっとずっと気にしています!
本当に、心から尊敬できる方ですね。
決して多くを語らず、信念に従って黙々と働く姿が、現地の人々の心に響いたのだと思います。
弱気を助け強きを挫く…母方の祖父母や両親から引き継いだ川筋者の気質を感じますね。
亡くなった今も、中村医師の志が多くの方々に引き継がれていることに、改めて感動を覚えました。
火野葦平さんも作品から推察するに熱い人だったようですが、見事にその気質が甥御さんに受け継がれたようだなと。
本当に残念な無念なことになったと思っています。
北九州市でこんな展示があるのですね。いいですね!
わたしも、そして国連の職員だった夫も尊敬していた方でした。あのような形で命を落とされるなんて、残念でなりません。
本当に、口で言わずに行動で示した方。素晴らしいですよね。世の中には口で立派なことを言ってばかりの人が多いなかで…
見習ってがんばって生きなくちゃと思います。
中村医師の父上、中村勉さんと火野葦平は友人であり、社会改革運動の同志でもありました。
勉さんは葦平の妹、秀子さんと結婚して哲さんが生まれます。
この母方の祖父母が『花と龍』のモデルです。
中村医師は、職業にも人にも貴賎はないという教えを、小さい時から祖母のマンさんに叩き込まれて育ったと聞いています。
言葉で言う以上に、惜しい人をなくしたと思います。
ブログでとりあげていただいてありがとうございます。
ひとりでも多くの人に知ってもらいたい・・・そんな思いです。
私の過去ブログです。
https://blog.goo.ne.jp/musshu-yuu/s/%E4%B8%AD%E6%9D%91%E5%93%B2
北九州は火野葦平が暮らした家(河伯洞)が残る場所ですし、その甥の中村医師が幼少期を過ごした町なので。やはり特別の思い入れがあるのだと思います。
一年前の事件は本当に悲しく、このような方を失ってしまったことが残念でなりません。
ご主人様も中村医師に思いをいたしておられたと伺って、ものすごくうれしく思いました。
中村医師の生き方は、国籍を問わず人の心に響いていたのですね。
本当に、僅かでも身習えればと思います。
中村医師の足跡について、生半可なことを書くのは躊躇われましたので、紹介だけにとどめました。
過去ブログ、拝見させていただき、中村医師が遺された功績に思いを新たにしています。
コメントありがとうございました。
このドラマ、今日夜9時から後半完結編を
放送されます。
まだ観ることできますよ〜❣️
わざわざ教えていただきありがとうございます😊
観てみますね〜♪