6/18~6/23の「半分、青い。」
巷では〝神週〟と呼ばれているようだが、確かに内容が濃かった。
そんな中、鈴愛(永野芽郁)と裕子(清野菜名)のやりとりは興味深かった。
漫画家をやめて海外の家具を輸入する会社を営む男性と結婚する裕子は言う。
「もう疲れた。
マンガってさゼロからつくるじゃない? お話。
何を輸入するか決める方が楽なんだ」
「こんな仕事、もうやってらんない。
服買っても私たちが外に出られるのは月に一度か二度。あとは描くだけ。
買った服を着ないうちに季節が終わる」
「私たちは架空のラブストーリーをつくるために、いくつの自分の恋を犠牲にしたんだ?
スケジュール帳は真っ白。何の予定も立たない」
裕子は〝現実〟の幸せを求めているんですよね。
これに対して鈴愛。
スケジュール帳が真っ白なことに関して、
「私は真っ白な日が好きだ! 白い日はうれしい!
何もない日はただ描けばいい日」
すると裕子。
「それはオタクといっしょだ! 引きこもりだ!
結婚もできないし、子供も産めない。想像の世界の人になってしまう。
マンガを描く機械だ!」
これに対して鈴愛。
「それでいい! 上等! マンガを描く機械でいい!」
「機械じゃない! 機械は同じものしかできない!
マンガはその人、それぞれ違う。
私はおしゃれしなくていい。流行の場所知らなくていい。
だってさ、マンガ描いて、物語で人を感動させるって人生を越える!
世界は私のものだって、きっと言える!」
おそらく創作者になるって、こういうことなのだろう。
すなわち
・現実での幸せを求めないこと。それらを捨てられる覚悟を持てること。
あるいは鈴愛のように
・現実での幸せより創作の方がずっと価値のある、と何の迷いもなく思えること。
こんな思いを抱ける人こそ、真の創作者になれる。
以前、鈴愛は秋風先生(豊川悦司)のことを「鬼だ」「ヘンタイだ」と罵ったが、〝鬼〟や〝ヘンタイ〟でなければ出来ない仕事が創作者なのだ。
このことは裕子もわかっていたらしく、鈴愛の言葉を聞いてこう話す。
「今、逆にはっきりわかった気がした。
私は、私のいる場所はここじゃない。
私はここにいてはいけない」
………………
はあ、見事なやりとりでしたな~。
〝創作者〟と〝一般人〟の違いを的確に表している。
一方、脚本の北川悦吏子さんは、〝創作者が一般人より偉い〟とは微塵も考えていない。
マンガを捨てて現実での幸せを求めた裕子が「わたしはダメな人間です」と言ったことに対して、秋風先生は「そんなことはない」と否定するのだ。
そして秋風先生は、裕子の人生の目的が〝自分の居場所を探すことだ〟ということも見抜いていた。
〝マンガを描くこと〟も〝結婚〟も裕子にとっては同じ、自分の居場所を探す行為。
深い人間洞察ですね。
秋風先生が鈴愛や裕子をあたたかく見守っているように、北川悦吏子さんも登場人物すべてに愛情を注いでいる。
北川さんのツイッターに拠ると、昨日(23日)と明日(25日)の話は、書いていてとんでもないものが降りてきたお薦めの〝神回〟になるらしい。
明日の放送が楽しみだ。
巷では〝神週〟と呼ばれているようだが、確かに内容が濃かった。
そんな中、鈴愛(永野芽郁)と裕子(清野菜名)のやりとりは興味深かった。
漫画家をやめて海外の家具を輸入する会社を営む男性と結婚する裕子は言う。
「もう疲れた。
マンガってさゼロからつくるじゃない? お話。
何を輸入するか決める方が楽なんだ」
「こんな仕事、もうやってらんない。
服買っても私たちが外に出られるのは月に一度か二度。あとは描くだけ。
買った服を着ないうちに季節が終わる」
「私たちは架空のラブストーリーをつくるために、いくつの自分の恋を犠牲にしたんだ?
スケジュール帳は真っ白。何の予定も立たない」
裕子は〝現実〟の幸せを求めているんですよね。
これに対して鈴愛。
スケジュール帳が真っ白なことに関して、
「私は真っ白な日が好きだ! 白い日はうれしい!
何もない日はただ描けばいい日」
すると裕子。
「それはオタクといっしょだ! 引きこもりだ!
結婚もできないし、子供も産めない。想像の世界の人になってしまう。
マンガを描く機械だ!」
これに対して鈴愛。
「それでいい! 上等! マンガを描く機械でいい!」
「機械じゃない! 機械は同じものしかできない!
マンガはその人、それぞれ違う。
私はおしゃれしなくていい。流行の場所知らなくていい。
だってさ、マンガ描いて、物語で人を感動させるって人生を越える!
世界は私のものだって、きっと言える!」
おそらく創作者になるって、こういうことなのだろう。
すなわち
・現実での幸せを求めないこと。それらを捨てられる覚悟を持てること。
あるいは鈴愛のように
・現実での幸せより創作の方がずっと価値のある、と何の迷いもなく思えること。
こんな思いを抱ける人こそ、真の創作者になれる。
以前、鈴愛は秋風先生(豊川悦司)のことを「鬼だ」「ヘンタイだ」と罵ったが、〝鬼〟や〝ヘンタイ〟でなければ出来ない仕事が創作者なのだ。
このことは裕子もわかっていたらしく、鈴愛の言葉を聞いてこう話す。
「今、逆にはっきりわかった気がした。
私は、私のいる場所はここじゃない。
私はここにいてはいけない」
………………
はあ、見事なやりとりでしたな~。
〝創作者〟と〝一般人〟の違いを的確に表している。
一方、脚本の北川悦吏子さんは、〝創作者が一般人より偉い〟とは微塵も考えていない。
マンガを捨てて現実での幸せを求めた裕子が「わたしはダメな人間です」と言ったことに対して、秋風先生は「そんなことはない」と否定するのだ。
そして秋風先生は、裕子の人生の目的が〝自分の居場所を探すことだ〟ということも見抜いていた。
〝マンガを描くこと〟も〝結婚〟も裕子にとっては同じ、自分の居場所を探す行為。
深い人間洞察ですね。
秋風先生が鈴愛や裕子をあたたかく見守っているように、北川悦吏子さんも登場人物すべてに愛情を注いでいる。
北川さんのツイッターに拠ると、昨日(23日)と明日(25日)の話は、書いていてとんでもないものが降りてきたお薦めの〝神回〟になるらしい。
明日の放送が楽しみだ。