福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

今朝福祉施設の障害者を襲撃するという衝撃的な事件がありました

2016-07-26 | 法話
今朝福祉施設の障害者を襲撃するという衝撃的な事件がありました。
小泉改革のころから、障害者高齢者等社会的弱者は多大の国費投入を迫るので社会のお荷物であるかの如き雰囲気を醸し出されてきました。今回の事件もこの弱者お荷物論の雰囲気の延長線上にある面もあるような気がしています。
われわれもともすれば金銭面だけで社会的弱者対策を判断しそうですが、今回の事件は改めてそういう皮相な見方を改めさせる機会となっているとおもいます。
再度確認すべき結論は、「社会的弱者は仏であり宝である」ということです。

1、まず仏教の大原則は大慈悲です。観無量寿経には有名な言葉、「仏心というは大慈悲これなり。無縁の慈をもってもろもろの衆生を摂す」とあります。

2、ここから様々な仏典で具体的弱者救済が説かれます。
・中阿含経では「阿難よ、私はおまえのために四無量について説こう。比丘は心に慈しみを具え、一方(の生けるもの全て)に遍く満すことを成しつつ遊行する。このように、二方・三方・四方・四維・上下のあらゆる方向(の生けるもの全て)に遍く(慈心を)廻らす。心に慈を具え、煩悩無く、恨み無く、怒り無く、争い無くして、極めて広く、甚だ大きく、限りない善を修め、(慈しみを)すべての世界に遍く満たすことを成しつつ遊行する。同様に、悲・喜もまた、捨とを具えて、煩悩無く、恨み無く、怒り無く、争い無くして、極めて広く、甚だ大きく、限りない善を修め、(慈心を)すべての世界に遍く満たすことを成しつつ遊行する。」
・仏説文殊師利般涅槃経では「この文殊師利法王子は、もし人有りて念じ、もし供養し福業を修せんと欲せば、即ち自ら化身して、貧窮孤独の苦悩の衆生と作(な)って、行者の前に至らん。もし人有りて文殊師利を念ぜば、常に慈心を行ずべし・・」とあり、こういう「代受苦の思想」は瑜伽師地論 や華厳経等多くの経典に出てきます。

・梵網經菩薩戒本疏には福田の思想が出てきます。「八福田とは、一には曠路美井を造る。二には水路橋梁を造る。三には嶮路を平治す。四には父母に孝事す。五には沙門を供養す。六には病人を供養す。七には危厄を救濟す。八には無遮大會(無差別に財施・法施を行う法会)を設く。」とあります。

3、こういう仏教思想を受けて、わわが国における仏教者は古来営々と福祉活動に励んできました。歴史的には聖徳太子 の四天王寺の四箇院(施薬院・悲田院・療病院、敬田院)創建、行基菩薩の架橋・直道・池・溝の工事施工や布施屋の造営等。また光明皇后は施薬院を設けて病人を救済し悲田院に孤児を収容し、又自ら建立した法華滅罪之寺で癩病人の希望通り膿を口で吸い出すと病人は阿閦如来と化したという伝説があります。弘法大師・伝教大師・源信、重源・高弁・叡尊・忍性(四天王寺の別当となり、敬田院などの四院を再興。救貧、施療に尽くした。また鎌倉極楽寺を開山して、病宿、癩宿、薬湯室、療病院、坂下馬療屋などの救療施設を併設した。道路の修築、架橋などの社会活動もある。世に医王如来、生身(しょうじん)如来として崇められた)等有難くも限りない例があります。。
江戸期には、徳川時代の二大社会事業家と評される、鉄眼の布施行、了翁の施薬・医療事業等があります。
近代においては福田会育児院の創設に尽力した浄土宗の名僧福田行誡、福田会育児院の初代会長でもある日蓮宗の新居日薩、最近では清水寺貫首で京都養老院(現 社会福祉法人同和園)の創設等を行なった大西良慶、日本初の 私立ハンセン病収容施設「身延深敬院」を開いた日蓮宗の綱脇龍妙、仏教の「共生」運動を展開した浄土宗の椎尾弁匡、大阪の四恩学園において養護施設・乳児院・ 診療所・育児相談・保育所など幅広い事業を展開した浄土宗の林文雄、 法華経 の信仰を持ち、大乗山法音寺や現在の日本福祉大学の創設に尽力した鈴木修学等がいます。

4、こういう方々は皆「弱者は仏であり宝である」として活動されたのです。(ついでに付け加えれば「経済人は社会的愚者である」とはインドのノーベル経済学者アマルテア・セン博士の言葉です)
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