福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

一切時のなかに恒に佛をみるにいたるを真の成就

2020-06-21 | 諸経
大山公淳師「密教観法の研究」より、
「法身といえば宇宙霊性の絶対的権威である。時間空間を超越して久遠なる実在である。各個人の生活の奥底には必ずかかる実在的生命の躍動がある。これにむかってまっしぐらに進みさえすればよいのである。・・なにが人生最大の歓喜だといってもこの法身の実在を体得し我の全体が彼に生き、彼の全体が我に生き、彼此無二なるを得た位の歓喜は他にありうべきものではない。無限に伸びんとし、拡がらんとする吾人の生命も此の境地を得てはじめて満足を得べきのみである。しかして宇宙と永劫に活躍すべきのみ。かかる境地こそは密教にいわく第十識の生活なのであって吾人が密厳華厳の世界を開顕するはこの体験においてのみよく為しうるのであると信ずる。密教の観法はその新天地を得んことを目的としている。・・・修法のごときはその儀礼作法を実修するものであるとも考えられる。・・般若三蔵の訳出になる「摂真実経」では、「わが身金剛薩埵と観達して空間的には五方、時間的には三世の諸仏及びその眷属微塵数の菩薩、無数の天竜等が十方法界よりわが身にはいりそれらの諸聖衆の功徳を悉く円満することができる」
(大師の「吽字義」にも「故經云。我則法界。我則法身。我則大日如來。我則金剛薩埵。我則一切佛。我則一切菩薩。我則縁覺。我則聲聞。我則大自在天。我則梵天。我則帝釋。乃至我則天
龍鬼神八部衆等。一切有情非情無不麼字。是則一而能多小而含大。故名圓融之實義」とあり。

。・・・佛跋陀羅の「観佛三昧経」には・・「世界のなかに充満してついに一切時のなかに恒に佛をみるにいたるを真の成就とす」。(此想成已唯除.食時除便轉時。一切時中恒見佛像。虚空及地滿中佛像。像像相次間無空缺。念想成已身心歡喜。倍加精進。)
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