極東極楽 ごくとうごくらく

豊饒なセカンドライフを求め大還暦までの旅日記

気候変動2020年問題

2017年07月02日 | 時事書評

 

   

           
      僖公二十七・八年:城濮(じょうぼく)の戦い / 晋の文公制覇の時代  
  

                             

  ※ 戦闘開始:四月己已(きし)の日、莘北(しんほく:有莘すなわち・城濮)に陣取っ
    た晋軍。下軍の副将臣が、陣・蔡(楚側)の軍に向って位置を定めた。楚の子玉は一
    族の手段六百を率い、中軍の将として総指揮をとり、
「今日こそは晋を絨ぼさん!と、
    気勢をあげる。
楚軍の左軍の将には子西(しんせい:闘宣申)。右軍の将には子上(
    しじょう:闘勃)。
いよいよ戦闘が始まった。晋の陣から胥臣が、打って出る。虎の
    皮をかぶせた馬にまたがり、めざ
すは楚陣の右翼を受け持つ陳蔡勢。見るまに陣蔡勢
    は蹴ちらされ、楚陣の右翼は総くずれとなった。 

    上軍の将狐毛(こもう)、下車の将狐枝(らんし)は、敗北を装って楚軍をさそった。
    狐毛は、大将旗、副将旗を高く掲げ、目立つように後にさげる。狐毛は何人かの兵士
    に柴を引きずらせ、もうもうとほこりを立てて後退させる。それっとばかりに楚軍は、
    陣をとびだしてこれを迫った。と見るや、待ちかまえた原軫(げんしん)、郤溱(げ
    きしん)が、中軍の近衛兵を率いて側面を衝く。それと同時に狐毛・狐偃偏兄弟は上
    軍を率いて、子四の左軍を挟撃する。かくして、楚は左軍も総くずれ。ここに楚の敗
    北が決定した。子玉だけがかろうじて中軍を持ちこたえた。晋軍は、楚の兵舎を占拠
    し、楚軍の兵糧を没収して、三日間そこに止まり、癸酉(きゆう)の日になって帰途
    についた。
 


  Jun. 28, 2017

図 二酸化炭素排出量抑制と経済リスクの相関 出典:ICC 

● 大規模気候変動2020年問題


2016年を二酸化炭素排出量ピークから削減すれば25年かけゼロにできる。2025年まで増加し続ける
場合、短期間で排出量の削減が不可能となり大きな経済的損失を伴う(詳細:上図ダブクリ参照)。

  

読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』   

    39.特性の目的を持って作られた、偽装された容れ物

  ジャガーがうちの前にゆっくりと停まり、ドアが開いて、まず免色が降りてきた。そして彼は
 まりえと秋川笙子のために、反対側にまわってドアを開けてやった。助手席のシートを倒して、
 まりえを後部席から下ろしてやった。女性たちはジャガーから降りて、自分たちのブルーのプリ
 ウスに乗り換えた。秋川笙子は窓を下ろして、免色に丁寧に礼を言った(まりえはもちろん脇を
 向いて知らん顔をしていた)。そして彼女たちはうちには寄らず、そのまま自分たちの家に帰っ
 ていった。免色はプリウスの後ろ姿が視界から消えてしまうのを見届けてから、少し間を置いて
 意識のスイッチを(たぶん)切り替え、顔の表情を調整し、それからうちの玄関に向かって歩い
 てきた。

 「遅くなってしまいましたが、少しだけお邪魔してよろしいですか?」と玄関で披は私に遠慮が
 ちに尋ねた。
 「もちろん、どうぞ。どうせやることもありませんから」と私は言った。そして彼を中に通した。
  我々は居間に落ち着いた。彼はソファに座り、私はその向かい側にある、ついさっきまで騎士
 団長が座っていた安楽椅子に腰を下ろした。その椅子のまわりにはまだ、彼のいくぶん甲高い声
 の響きが残っているみたいだった。
 「今日はいろいろとありがとうございました」と免色は私に言った。「ずいぶんお世話になって
 しまった」

  とくに礼を言われるようなことは何もしていないと思う、と私は答えた。実際のところ何もし
 ていないのだから。  
               、

  免色は言った。[しかしもしあなたが描く絵がなければ、というか、その絵を描くあなたが存
 在しなければ、おそらくこのような状況は私の前に出現しないまま終わっていたことでしょう。
 私が秋川まりえと間近に、個人的に顔を合わせるような機会は持てなかったはずです。今回の件
 に関しては、あなたがちょうど扇の要のような役目を果たしています。そういう立場は、あるい
 はあなたの意には染まないことかもしれませんが]
 「意に染まないというようなことは何もありません」と私は言った。「あなたのお役に立てれば、
 ぼくとしては何よりです。ただ何か偶然なのか、何か意図されたことなのか、そのへんのことを
 測りかねているだけです。それは正直なところ、あまり居心地の良い気持ちとは言えません」
  免色はそれについて考え、そして肯いた。「信じていただけないかもしれませんが、私が意図
 してこのような筋書きを作ったわけではありません。何もかもが偶然のたまものだとまでは言い
 ませんが、起こったことの多くはあくまでその場の成り行きだったのです」
 「その成り行きの中で、ぼくがたまたま触媒のような役目を果たしたということですか?」と私
 は尋ねた。  「触媒。そうですね、そう言っていいかもしれません」
 「しかし正直なところ触媒というよりは、なんだか自分か『トロイの木馬』になったような気が
 するんです」

  免色は顔を上げて、何かまぶしいものでも見るように私を見た。「それはどういう意昧でしょ

 うか?」
 「おなかの空洞に一群の武装した兵士を忍ばせ、贈り物に見せかけて敵方の城の中に運び込まれ
 るようにした、例のギリシャの木馬です。特定の目的を特って作られた、偽装された容れ物
 す」

  免色は少し時間をかけて言葉を選び、それを口にした。「つまり、私があなたをトロイの木馬
 に仕立てて、それをうまく利用したということなのでしょうか? 秋川まりえに接近するため
 に?」
 「気を悪くされるかもしれませんが、そういう感覚がぼくの中に少しばかりあるということで
 す」

  免色は目を細め、笑みを口元に浮かべた。

 「そうですね。たしかにそう思われても仕方ないところもあるかもしれません。でもさきほども

 申し上げたように、ものごとはおおむね偶然の積み重ねによって運んだのです。ごく率直に申し
 上げて、私はあなたに好意を抱いています。個人的な自然な好意です。そういうことはあまり頻
 繁には起こりませんし、それが起こったときには、私はその気持ちをできるだけ大事に取り扱い
 ます。自分の都合のためにあなたを一方的に利用したりはしません。私はある面においてはかな
 りエゴイスティックな人間ですが、それくらいの礼儀はわきまえています。あなたをトロイの木
 馬にしたりはしません。どうか信じてください」

  彼の言っていることに偽りはないように、私には感じられた。

 「それで、あの二人にあの絵を見せられたのですか?」と私は尋ねた。「書斎にかけられた免色
 さんの肖像画を?」
 「ええ、もちろんです。そのために二人はわざわざうちまで見えたわけですから。彼女たちはあ
 の肖像画を見て、とても深く感心していました。といっても、まりえさんは感想らしきものは何
 も口にはしませんでした。なにしろ無口な子ですから。しかし彼女があの絵に強く心を惹かれた
 ことは間違いありません。表情を見ていれば、それはよくわかりました。彼女はずいぶん長い時
 間、絵の前に立っていました。じっと黙り込んだままそこから動かなかった」

  しかし実のところ、ほんの数週間前に描き終えたばかりなのに、自分がいったいどのような絵
 を描いたのか、今ではうまく思い出せなかった。いつもそうだが、ひとつの絵を描き終え次の作
 品にとりかかったときには、その前に描いていた絵のことはおおかた忘れてしまう。漠然とした
 全体像としてしか思い出すことができない。ただその絵を描いたときの手応えだけは、身体的な
 記憶としてまだ私の中に残っていた。私にとって大事な意味を持つのは作品自体より、むしろそ
 の手応えなのだ。

 「二人はけっこう長い時間をお宅で過ごしたようですね」と私は言った。

  免色はいくらか恥ずかしそうに首を傾げた。「肖像画を見てもらったあと、軽い食事を出して、
 それからうちの中を案内していました。ハウス・ツアーのようなものです。笙子さんが家に興味
 を持たれているようだったので。知らないあいだにずいぶん時間が経ってしまいました」
 「二人はきっと、あなたのお宅に感心したでしょう?」
 「笙子さんの方はおそらく」と免色は言った。「とくにジャガーのEタイプに。でもまりえさん
 は相変わらず終始無言でした。あまり感心しなかったのかもしれません。あるいは家になんか何
 の興味もないのかもしれない」

  たぶん何の興味もないのだろうと私は想像した。

 「そのあいだに、まりえさんと会話をする機会は持てましたか?」と私は尋ねた。

  免色は首を小さく簡潔に振った。「いいえ、言葉を交わしたのは、せいぜい二言か三言か、そ
 んなものです。それも大した内容のことじやありません。こちらから何か話しかけても、返事は
 まずかえってきませんから」

  それについて私は意見を口にしなかった。その光景はとてもありありと想像できたし、とくに
 感想の述べようもなかったからだ。免色が秋川まりえに何かを話しかけても、返事らしきものは
 戻ってこない。ときおり意味不明の単語がひとつかふたつ、口の中でもぞもぞ呟かれるだけだ。
 向こうに話そうという意思がないとき、彼女との会話は広い灼熱の砂漠の真ん中に立って、小さ
 な柄杓であたりに水をまいているみたいなことになってしまう。

  免色はテーブルの上に置かれた、艶のある陶製の蝸牛の置物を手に取り、いろんな角度から子
 細に眺めていた。それはこの家にもともと置いてあった、数少ない装飾品のひとつたった。たぶ
 んマイセンの古いものだろう。大きさは小ぶりな卵くらいだ。雨田具彦が昔どこかで買い求めた
 ものかもしれない。免色はやがてその置物をテーブルの上に注意深く戻した。そしてゆっくり顔
 を上げ、向かいに座っている私の顔を見た。

 「慣れるまでに少し時間がかかるのかもしれません」と免色は自分に言い聞かせるように言った。
 「何しろ私たちはついこのあいだ顔を合わせたばかりです。もともとが無口な子のようだし、
 三歳といえば思春期の初めで、一般的に言ってとてもむずかしい年齢です。でも彼女と同じ部屋
 にいて、同じ空気を吸うことができただけでも、それは私にとってはかけがえのない貴重な時間
 でした」
 [それで、あなたの気持ちは今でも変わらないのでしょうか?」

  免色の目が少しだけ細められた。「私のどのような気持ちでしょう?」
 「秋川まりえがあなたの実の子供なのかどうか、あえて真相を知りたくないという気持ちです」
 「ええ、私の気持ちは寸分も変わりません」と免色は躊躇なく答えた。そして唇を軽く噛んだま
 ま、しばらく沈黙していた。それから口を開いた。
 「どう言えばいいのでしょう。彼女と一緒にいて、その顔や姿をすぐ目の前にして、私はずいぶ
 ん奇異な感情に襲われました。自分がこれまで生きてきた長い歳月はすべて無為のうちに失われ
 ていたのかもしれない、そんな気がしました。そして自分という存在の意味が、自分かこうして
 ここに生きていることの理由が、今ひとつよくわからなくなってきました。これまで確かだと見
 なしていたものごとの価値が、思いもよらず不破かなものになっていくみたいに」
 「そういうのは免色さんにとっては、ずいぶん奇異な感情なのですね?」と私は念のために尋ね
 てみた。私にとってそれはとくに「奇異な感情」とも思えなかったから。
 「そうです。そういう感情を経験したことは、これまでありませんでした」
 「秋川まりえと一緒に数時間を過ごしたことによって、そういう『奇異な感情』があなたの中に
 生まれたということですか?」
 「そういうことだと思います。馬鹿みたいだと思われるかもしれませんが」

  私は首を振った。「馬鹿みたいだとは思いません。思春期に初めて特定の女の子を好きになっ
 たとき、ぼくもそれに似た気持ちを抱いたような気がします」
  免色は口許に皺を寄せて微笑んだ。いくぶんの苦みを含んだ微笑みだった。「私はそのときふ
 とこのような思いを持ったのです。この世界で何を達成したところで、どれだけ事業に成功し資
 産を築いたところで、私は結局のところワンセットの遺伝子を誰かから引き継いで、それを次の
 誰かに引き渡すためだけの便宜的な、過渡的な存在に過ぎないのだと。その実用的な機能を別に
 すれば、残りの私はただの土塊のようなものに過ぎないのだと」
 「つちくれ」と私は口に出して言ってみた。その言葉には何かしら奇妙な響きが含まれているよ
 うだった。
  免色は言った。「実を言うと、この前あの穴の中に入ったときに、そのような観念が私の中に
 生じ、根を下ろしてしまったのです。祠の裏にある、我々が石をどかせて暴いた穴です。そのと
 きのことを覚えていますか?」
 「よく覚えています」
 「私はあの暗闇の中にいた一時間ほどのあいだに、自分の無力さをつくづく思い知らされたので
 す。もしあなたがそうしようと思えば、私はあの穴の底に一人で取り残されてしまいます。そし
 て水も食料もなく、そのまま朽ち果ててただの土塊に戻ってしまう。私という人間はただそれだ
 けの存在に過ぎないのだと」

  どう言えばいいのかわからなかったので、私は黙っていた。

  免色は言った。「秋川まりえが私の血を分けた子供かもしれないという可能性だけで、今の私
 には十分なのです。あえて事実を明確にしたいとは思いません。私はその可能性の光の中で自分
 を見つめ直しているのです」
 「それはわかりました」と私は言った。「細かい筋道まではよく理解できませんが、そういうお
 考えだということはわかりました。でも免色さん、それではあなたは秋川まりえに対して、具体
 的にいったいどんなことを求めておられるのですか?」
 [もちろん考えていることがないではありません」と免色は言った。そして自分の両手を眺めた。
 細長い指を持ったきれいな両手だった。「人はいろいろと頭の中でものを考えるものです。考え
 てしまうものです。しかし物事が実際にどのような道筋を辿るものか、それは時間の経過を待た
 ないとわかりません。すべては先のことになります」

  私は黙っていた。彼が頭の中でどんなことを考えているのか、私には見当もつかなかったし、
 あえてそれを知りたいとも思わなかった。もしそれを知ってしまったら、私の立場は今以上に面
 倒なものになってしまうかもしれない。
  免色はしばらく沈黙していたが、それから私に尋ねた。「しかし秋川まりえは、あなたと二人
 きりでいるときは、けっこう自分から道んで話をしているみたいですね。生子さんがそのような
 ことをおっしやっていましたが」
 「そうかもしれません」と私は注意深く答えた。「ぼくらはスタジオの中にいるあいだ、けっこ
 う自然にいろんなことを話しているかもしれない」

  まりえが夜中にひとつ横の山から、秘密の通路を抜けてうちを訪ねてきたことは、もちろん黙
 っていた。それは私とまりえとのあいだの秘密なのだ。

 「彼女はあなたに慣れているということなのでしょうか? それとも個人的に親しみを感じてい
 るということなのでしょうか?」
 「あの子は絵を描くことに、あるいは絵画的表現みたいなことに、深く興味を持っています」と
 私は説明した。「いつもいつもではありませんが、絵をあいだに置くことによって、場合によっ
 ては比較的楽に会話することができるみたいです。たしかにちょっと変わった子なんです。絵画
 教室でもまわりの子供たちとほとんど口をききません」
 「同年代の子供たちとはあまりうまくやっていけないということですか?」
 「そうかもしれません。叔母さんの話によれば、学校でも友だちはあまりつくらないようです」

  免色はしばらく黙ってそのことについて考えていた。

 「しかし笙子さんに対してはそれなりに心を開いているみたいですね」と免色は言った。
 「そのようですね。話を聞いていると、父親よりはむしろ叔母さんに対して親しみを抱いている
 ように田心えます」
  免色は黙って肯いた。彼のその沈黙には何かしら含みがあるように感じられた。
  私は彼に尋ねた。「彼女の父親はどんな人なのですか? それくらいのことはご存じなのでし
 ょう?」

  免色は顔を横に向け、しばらく目を細めていた。それから言った。「彼女よりは十五歳ほど年
 上の人です。彼女というのは、亡くなった奥さんのことですが」
  亡くなった奥さんというのは、もちろんかつて免色の恋人であった女性のことだ。
 「二人がどのようにして知り合ったのか、そして結婚することになったのか、そのへんの事情は
 私にはわかりません。というか、そういうことには興味がありません」と免色は言った。「しか
 しどんな事情があったにせよ、彼が奥さんを大事にしていたことは間違いないようです。そして
 彼女を事故で亡くしたことで、彼は大きなショックを受けました。それ以来人が変わってしまっ
 たという話です」

  免色の話によれば、秋川家はこのあたり一帯のかつての大地主だった(雨田典彦の実家が大地
 主であったのと同じように)。第二次世界大戦後の農地改革により、所有する土地は半分近くに
 減ったものの、それでもまだ相当な量の資産物件が残り、そこからもたらされる収入だけで一家
 は悠々と暮らしていくことができた。秋川良信(というのが秋川まりえの父親の名前だった)は
 二人兄妹の長男で、早く亡くなった父親の後を継いで一家の惣領になった。自分か所有する山の
 頂上に建てた一軒家に住み、小田原市内の持ちビルにオフィスを構えていた。そのオフィスは小
 田原市内と近郊にある何棟かの商業ビルと賃貸マンション、一群の貸家、貸地を管理していた。
 また時々は不動産の売買を扱っていた。とはいえそれほど手広く事業を展開していたわけではな
 い。あくまで秋川家の所有する物件を必要に応じて扱うのが業務の中心だった。

  秋川良信は晩婚だった。四十代半ばで結婚し、そのすぐ翌年に女児が誕生した(秋川まりえ。
 免色が実は自分の子供ではないかという可能性を心に抱いている少女だ)。その六年後に妻はス
 ズメバチに剌されて亡くなった。春の初め、敷地の中にあった広い梅林を万人で散歩していると
 きに、何匹かの攻撃的な大型の蜂に刺されたのだ。そしてその出来事は秋川良信に大きな衝撃を
 与えた。おそらく不幸な出来事を思い出させるものをできるだけ消し去ってしまいたかったのだ
 ろう。妻の葬儀が終わった後、人を使って梅林の梅の本を一本残らず切り倒させ、根までそっく
 り彼いてしまった。そしてただの味気ない空き地に変えてしまった。とても美しい立派な梅林だ
 ったので、多くの人がその成り行きに心を痛めた。また梅林で大量に採れる梅の実は、梅干しや
 梅酒をつくるのに適しており、近隣の住民はその実をある程度自由に採取することを昔から許可
 されてきた。そしてその報復的な蛮行の結果、多くの人々が毎年のささやかな楽しみを奪われる
 ことになった。しかしあくまでそれは秋川良信の所有する山にある彼の梅林であり、また彼の激
 しい怒りは――スズメバチと梅林に対する個人的な怒りだ――理解できないでもなかったから、
 誰も表だっては文句は言えなかった。

  妻の死を境として、秋川良信はかなり陰気な人間になった。もともとそれほど社交的で陽気な
 性格ではなかったようだが、その内向的な性格はいっそう強まったようだ。また次第に精神世界
 に対する興味を深め、ある宗教団体と関わりを持つようになった(私には聞き覚えのない名前の
 団体だった)。しばらくインドにも行っていたということだ。そして私費を投じて、市の郊外に
 その宗教団体のための立派な道場のようなものをこしらえ、そこに入り浸るようになった。道場
 の中でどのようなことがおこなわれているのか、よくはわからない。しかし秋川良信はどうやら
 そこで口々厳しい宗教的「修練」を積み、またリインカーネーションの研究をすることに、妻を
 亡くしたあとの人生の生きがいを見いだしているらしかった。

                                     この項つづく

   

 

● 読書録:高橋洋一 著「年金問題」は嘘ばかり   

            第1章 これだけで年金がほぼわかる「三つのポイント」

   ☑  年金は「保険」である
      ☑ 「四〇年間払った保険料」と「二〇年間で受け取る年金」の額がほぼ同じ
      ☑ 「ねんきん定期便」は国からのレシート



  多くの人が一番知りたいのは、年金をどのくらいもらえるのかということでしょう。これも数
 式に基
づいて考えてみましょう。
  今述べたように、年金の基本的な数式は、次のようになります,

  「40年納めた保険料の総額」=「20年で受け取る年金の総額」

  これをもとに考えれば、1年当たりに受け取る年金額は、一年当たりに納めた保険料の2倍く
 らいで
あることがわかります(40÷20=2)。
  月々のことで考えると、もっとわかりやすいかもしれません,つまり、毎月納めている保険料
 の2倍
くらいが、将来、毎月受け取る年金額になる、ということです,
  非常にざっくりとした捉元方ですが、これで自分の年金額が推測できます。
  では、毎月どのくらい保険料を納めているでしょうか,ここでは厚生年金の場合を考えてみま
 しょ
う。厚生年金の保険料率は段階的に上がってきましたが、2017年8月以降は標準報酬の
 18・3%となっています。アバウトにいえば、月給の2割です。ちなみに、先ほどいったよう
 に会社員や公務員の場合は労使折半ですから、このうち半分は会社(または政府)が払ってくれ
 ていま
す,
  納めている年金保険料は月給の2割くらいで、年金額はその二倍くらいになります。つまり、
 2割×2
=4割で、だいたい月給の4割くらいと見ておけばいいでしょう。

   《おおよその年金額予想》 毎月の年金額=月給の約4割

  月給20万円の人は、8万円程度。月給30万円の人は、12万円程度。月給40万円の人は
 16
万円程度だということです,実際には、40年間に納めた保険料を平均しないといけません。
 厚生年金の場合は、給料に連動する
報酬比例部分がありますので、給料額によって納める保険料
 は変わっていきます。給料が上がっていけ
ば、保険料は高くなります。給料が下がれば保険料
 安くなります。
現在価値に直す計算も必要ですし、年金支給開始年齢も変わっていますが、細か
 い計算はせずに、
「月給の4割くらい」を目安と思っておけばいいでしょう。
 
 ここで気をつけておきたいのは、年金額を考えるときには、「生涯を通じて平均の給与額」が
 基準に
なるということです。

  日本の会社員の場合、年功賃金をもらっている場合が少なくおりませんので、若いころは給料
 安く
、歳を重ねるにつれて給料が増えていく人が多いはずです。とすると、退職間際の給料は「
 生涯を通
じての平均」よりも多くなっていますから、それを基準に考えてしまうと、「年金支給
 額が思っていた
より低い」という感覚になってしまいます,あくまで「生涯を通じての平均給与
 の4割」と考えておかなくてはいけません。逆にいえば、自分が生涯を通じて平均的にどのくら
 い の月給をもらえそうかを推定してもらえば、だいたいの数字がつかめるはずです。

  ちなみに、この4割という数字は、ほぼ「所得代替率」を示しています。所得代替率について
 は、50%とか、60%という数字が出ていますが、それらはおかしな数字であることを後ほど
 述べたいと思います(第2章の 「所得代替率」に右往左往するなかれ以降を参照)。
  なお、厳密にいえば、40年間で払う保険料のほかに国庫負担もありますが、ここでは保険の
 原理を学ぶために、省いています。国庫負担分は、税金としてどこかでとられて、それが保険料
 込 みとなっているので、これを考えると頭がこんがらがるでしょう。

                 第1章 公的年金でもらえる額は、「月給の四割」が目安


  次は、「ねんきん定期便」についてです。
「ねんきん定期便って、何だっけ?」と思っている
 
人や、「送られてきたかもしれないけど、よく見ていない」という人もいるかもしれません。「
 ねんき
ん定期便」は誕生月に日本年金機構から送られてくるものです,
  これはけっこう意味のある書類です。すでに捨ててしまった人は、次の誕生月に送られてきま
 すの
で、捨てないできちんと確認してください。
  なぜ、「ねんきん定期便」が大事なのか。それは、「ねんきん定期便」は国が発行する「レシ
 ー
ト」だからです,
  会社員の皆さんは、給料から厚生年金保険料を天引きされています,「天引きされているから、
 大丈
夫。きちんと納めている」と思っているかもしれませんが、会社に天引きされただけで、会
 社が国(日本年金機構)に払い込みをしたかどうかは、確認していないはずです,
  それを確認するための資料が「ねんきん定期便」です,会社からもらう給与明細にはで天引き
 額が書いてありますが、それは会社が発行したレシートにすぎません,本当に国に納付されたか
 どうかを証明する資料は、「ねんきん定期便」だけです。それゆえ、「ねんきん定期便」は国か
 ら発行されたレシートだということになるのです,

  《二つのレシート》 ・給与明細 ――――― 会社からのレシート
            ・ねんきん定期便 ―― 国からのレシート

  少し自慢話をさせてもらうと、「ねんきん定期便」を提案したのは、私です。私が考えたのは、
 けっこう単純なことでした。多くの人は、自分が年金保険料をいくら支払ったのかを知りません,「
 国は年金記録のデータを持っているのだから、お知らせしてはどうだろうか」という発想でした。
  ヒントになったのは、アメリカの「社会保障通知 (Social Security Statement)」でした,毎年一
 回、年金制度の説明や、個々人の所得履歴や支払履歴、予想年金額などが記されたペーパーが送
 られてくるのです。予想年金額については、早く退職した場合、通常の退職(現在は65歳)の
 場合、70歳で退職した場合など、状況別のシミュレーションが書かれています。
  2001年から経済財政諮問会議が始まりましたが、そのころ私は大蔵省で左遷されて暇にし
 ていました(1998年にプリンストン大学へ留学したのですが、1年で帰る予定だったのにア
 メリカの勉強が面白く、3年間学んだために怒られて飛ばされたのでした)。そんな私に、小泉
 政権で経済財政担当大臣になった竹中平蔵さんが声をかけてくれて、お手伝いをすることになり
 ました,



  そのときに「社会保障個人勘定」というものをつくって、「どのくらいのお金を納めたか、将
 来いくらのお金がもらえるか」をお知らせしてはどうかと考えました,諮問会議委員の本間正明
 さん(当時大阪大学教授)も同じような考えを持っていて賛同してくれたため、諮問会議に提案
 しました。
  ところが、何回提案してもまったく実現しませんでした。厚労省がやらないのです。4回も5
 回も提案し、毎年話し合っているのに、いっこうに厚労省はやろうとしません,「なんてやらな
 いんだろう」
 「おかしいですね」といっていたくらいです。「ひょっとしたら厚労省はデータをきちんと管理
 していないんじやないか。だからできないんじやないか」と疑いを持ちはじめました,すると、
 ちょうどその直後に出てきたのが、「消えた年金問題」だったのです。あのニュースが出てきた
 ときは「やっぱり」とは思いましたが、正直なところ、あれほど酷いとは思っていませんでした。
 社会保険庁の記録の不備とともに明らかになったのが、会社が天引きしたお金を社会保険庁に納
 めていなかったケースです,消えた年金の七割くらいは、会社が厚生年金保険料を国に納めてい
 ないケースでした。

  従業員は、「会社に天引きされているから納めている」と思っていたのですが、資金繰りに困
 った中小零細企業などでは、本来納めなければいけないものを運転資金などに流用していたので
 す,給与明細を持って社会保険庁に行って「ほら、払っています」といったら、担当者から「社
 会保険庁に払い込まれていないんです」といわれて、愕然とした人たちもいたようです。

  実は、アメリカでも同じ問題かあり、それで「これだけ納付されました」ということを国が国
 民に報せるレシートとして「社会保障通知」の仕組みがつ機構に過少申告して、健康保険証を発
 行してもらっている可能性がないわけではありません,そういう場合、医者にかかるときには、
 保険適用で受診できますが、納めている厚生年金保険料が少ないので、厚生年金の受取額は少な
 くなってしまいます。厚生年金保険料と健康保険料は労使折半ですが、会社負担分を払わないで
 従業員から天引きした分だけを払っているケースもあるようです,

 「ねんきん定期便」は、国が発行するレシートですから、納めているかどうか、そしていくら納
 めたのかが、はっきりとわかります。「国は、あなたから、これだけの金額を受け取りました」
 という領収書です。年金をもらう人にとって、大切な証明書だと思ってください。


                      第1章  「ねんきん定期便」は保険料払い込みを証明する「レシート」


 「ねんきん定期便」は、年齢によっていくつか様式があります,詳しくは「日本年金機構」のホ
 ーム
ページで確認すれば、よくわかります。
 「ねんきん定期便」の中に、「これまでの保険料納付額」という額があるはずです。ここに累計
 の納付
額が記されていますが、これがレシートに相当します。労使折半で会社が半額を負担して
 いますから、
国はこの額に書かれた数字の倍の金額を受け取っています。
  保険料率は、厚生年金の加入者と厚生年金基金の加入者では少し遣いますが、だいたい2割弱
 です,

  それを労使折半しますから、保険料納付額に記載されている金額は、だいたい標準報酬月額の
 1割弱に
なっているはずです。
  レシートの「明細」代わりになるページは「最近の月別状況です」と書かれた部分です。ここ
 には、
標準報酬月額(月給)、標準賞与額(ボーナス)とともに、保険料納付額が記入されてい
 ます。
同額の「厚生年金保険」の項に書かれている「標準報酬月額(千円)」「標準賞与額(千
 円)」を見てください。自分がもらった月給、ボーナスの額と大きく迫っていないか確認しまし
 ょう。あまりにも低い数字が書かれていたら、会社が月給や賞与の数字をごまかして、低い保険
 料しか納付していない可能性があります。標準報酬月額、標準賞与額は、報酬の額を等級で分け
 て少し数字が丸められた金額ですので、自分がもらっている金額と完全に一致はしませんが、お
 よそのことはわかると思います。

  国民年金に入っている人、または国民年金に入っている期間(たとえば、20歳になってから
 会社員になるまでの期間、あるいは会社を退職していた期間など)の厚生年金保険の欄には数字
 の記載は何もなく、国民年金の欄に「納付済」と記載されます。この「ねんきん定期便」には「
 基礎年金番号」も書かれているはずです。これが一番大事な番号です。この番号がわかれば、イ
 ンターネットの「ねんきんネット」(日本年金機構が開設しているサイト)に申し込んで、詳細
 な年金記録を見ることができます。
 「ねんきん定期便」には「これまでの年金加入期間」も記載されています。ここで加入期間を確
 認しましょう。未納の時期があると、加入期間が少なくなっています。不審に思うときは、「ね
 んきんネット」にアクセスすれば、過去に未納期間がなかったかどうか、さかのぼって記録を調
 べることができます。

                       第1章 「ねんきん定期便」の見方、使い方
 

なぜ、厚労省はデータをきちんと管理していない(官制怠業)のかの問題、この章で浮上する。要注視である。
徐々に面白くなっていきそうである。


                                                                                       この項つづく

   

 

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