芳賀明夫の思いつくままに

フィジーから帰国して

石巻の津波被害においてきた見舞金は?

2011年05月07日 | Weblog
二階家が傾いているので、それ以上傾かないように、つっかえ棒をしたが、水道水をモッテキタ伊藤哲朗さんが、「効いてねえよ」というので、頬杖に巻いていた番線を締めていたら、照ちゃんが来て、それでは駄目だと、家から太い番線と、「しの」という道具を持ってきて、締めてくれた。かなり高いところまで梯子に上るので、お互いに、危なっかしく、かわりばんこにのぼった。
昨日は、教会に寄って、小久保牧師に会い、しばらくはなしてきた。先日電話した時に、狭心症で救急車に乗せられて古川病院に運ばれたというので、その後を知りたかったのだ。幸い、回復していた。もう79歳だそうだ。それで、幼稚園の園長もしているのだから、よく働いている。
今朝早起きして、畑にビニールハウスの柱を立てた。この辺では、放射能値を計測していないが、土壌が相当汚染していることは確かであろうから、これ以上汚染しないように、畑をビニールで覆うのだ。
おととい石巻に行ったとき、親戚がいなかったので、自由に入れる家に入って、神棚に見舞金5千円をおいてきた。盗まれてもいい金額であるが、そのことを電話で知らせて、ちゃんと確保できたかどうか。