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ぽかぽか春庭「君の名は、、、、獅子」

2014-05-20 00:00:01 | エッセイ、コラム
20140520
ぽかぽか春庭にっぽにあにっぽんご教師日誌>日本語ふしぎ発見2014前期(5)君の名は、、、獅子

 日本語初級クラスでも、日本語教師養成コースの日本人クラスでも、一番最初にやることは、「このクラスでの呼び名(クラスネーム)の確認」です。自分が他者から「こう呼ばれたい」と、本人が申告する名前をクラスで呼ぶ、と、学生に念押しします。
 教師から氏姓に「さん」をつけて呼ばれるのが学校教育現場の一般的呼び方であることになれている日本人学生は、なぜクラスでの呼び名を決めるのか、不審な顔をします。

 名前は個人のもっとも基本の所有物であり、他者の名を尊重して呼ぶことが個人認証の第一歩であることを伝えます。また日本語教育史にふれて、70年以上前の日本語教育において、政府方針にしたがって、固有の名前を奪い、「日本人名」を強要した間違った過去があったことを話すこともあります。近代史を習ってこない学生もおり、「戦争をしていた時代」について、ほとんど知らないままの学生もいるのです。

 おそらく、これからの歴史教育においてますます「自分たちに都合が悪い過去」は語られないようになるでしょう。
 事実を事実として探求するのは必要なことと思うのですが、これからは「為政者にとって語りたくない過去は封印する」という歴史教育になっていくのではないかと懸念しています。

 「かって、民族の固有名を禁止した時代があった」ということは事実であり、それを不愉快に不名誉に感じた人々がいた、ということも事実なのですが、それを教室で語ったりすると「自虐史観」として排斥される世の中になりつつあると感じます。
 しかし、日本語教育の歴史を話す限り、日本語を快く受け入れた地域ばかりではなく、押しつけの日本語教育や皇民化教育に反発した地域もあったことを知っておくこと、今後の日本語教育がよいものになるために必要だと思っています。無批判な受容だけではなく、批判もきちんと行うこと。

 さて、名前の自己認識の話がすっとびました。自分が呼ばれたいと主張する名前をクラス内で呼び合うようにしている、というお話でした。
 私は、クラス内にいる学生を留学生であれ日本人学生であれ、本人申告通りに「ずっきーさん、エリザさん、コミさん、マッツアン、イトゥンさん」など、自己申告のネームカードに書かれた名で呼びます。

 日本人には発音しにくい名前もあるので、学生とはなしあって、本人になっとくできるニックネームをにしてもらうこともあります。ウイグル人、リズワンギュルさんだったら、リズさん。モンゴル人ダグワドルジさんだったら、ダグさん、とか。

 王さんは、「ワンさん」を英語のoneのように「頭高」すなわちワの音を高く、ンの音を低く言うと、ぜんぜん違う発音になってしまいます。王は上昇音。ワよりンのほうを高い音にしなければなりません。日本にはちょっとむずかしい。つい、ワンツースリーのワンになってしまいます。それならいっそ「オーさん」のほうがいい、という人も。
 日本名なら「林」は、はやしさん、中国人ならリンさん、韓国人ならイムさん。

 「林」が、ところ変われば別の発音になるように、ヨーロッパ系の人名も元は同じ名前でも、地域によって発音が変わります。
 英ピーター、独ペーター、露ビョートルが同じ名前。聖書のペテロに当たる、というくらいは知っていましたが。もとの名が同じとは思えない名も多いです。

 英ウォルターがフランスではゴーティエ、スペインではグアルテリョとなると、同じ名前には思えません。英名スティーヴン、ドイツではシュテファン、フランスではエチエンヌ。ポルトガルではエステヴァン。同じとは思えませんね。
 英セオドアが、ロシアではフョードルも一致しがたいけれど、もとは同じ名。

 ロシア名を呼ぶとき、ちとやっかいなときがあります。英語のMr.やフランス語のムッシュー、日本語の「~さん」にあたる敬称はロシア語にはなくて、父親の名前を付けて呼ぶのが丁寧な呼び方である、というのです。ていねいに敬意をつけて呼ぶべき人の父親の名をすべて暗記していなければなりません。「トルストイさん」と、「さん」をつけて呼ぶなら、「レフ・ニコラエビッチ(ニコライの息子レフ)」と呼ぶと敬意を表すことができます。ちょっと面倒ですね。

 「サウンドオブミュージック」のかっこいい大佐役だったクリストファー・プラマーがすっかり年取ってトルストイ役を演じた「終着駅トルストイ最後の旅」。
 主演のソフィア・トルストイ伯爵夫人を演じたデイム・ヘレン・ミレンは、さすが父は革命時に亡命したロシア貴族。堂々の演技でアカデミー主演女優賞ノミネート。あごひげ立派なトルストイのプラマーも助演男優賞にノミネート。

 この映画を録画して見ていて、気づいたことがあります。イギリスドイツロシアの共同制作で、クレジットロールは英語表記でした。そのため、トルストイの名前が英語表記になっていました。
 トルストイの日本語カタカナ表記ではレフ・ニコラエビッチ・トルストイ。 ロシア文字表記 Лев Николаевич Толстой。ラテン文字表記では、Lev Nikolayevich Tolstoy。

 さて、英語の映画だったので、レフ・ニコラエビッチの名前は、Leo Nikolayevich Tolstoyと表記されていました。それで、ようやく、ロシア名のレフとは、英語のLeoと同じ名前なのだと気づきました。これまで「レフ・トルストイ」と呼ぶだけで、レフはロシア語のリエーフ(лев rev)だと思ったことがなかったのです。レオLeoならわかります。手塚治虫のジャングル大帝のレオ、そして西武ライオンズのマスコットも同じ名。

 トルストイの名前は、ライオンだった!ロシア語を知っている人なら、なんでもないことなのでしょうが、初めて大文豪の名前レフの意味を知って、ちょっとした「トリビア発見気分」です。
 「ヤースナヤポリャーナの獅子」なんていう題で一遍書けそうですね。

 モンゴル人の名前ではアルスランまたは、アルスルンは「獅子」。タイのビールの商標(シンハビール)にもなっているsǐŋ(スィン)も獅子。ノーベル賞受賞の日本人科学者江崎玲於奈さんは、海外での表記はLeo Esakiと名乗り、ずばりライオンです。

 名前にまつわるあれこれ。たくさんの耳慣れない名前に出会えるのも、教室の楽しみです。

<つづく>
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