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ぽかぽか春庭「日本語びいき文庫本」

2022-03-22 00:00:01 | エッセイ、コラム
20220322
ぽかぽか春庭にっぽにあニッポン語教師日誌>2022日本語学校春(3)日本語びいき文庫本

 ブログ友達のyokochannさんが『日本語びいき』という本を読んで面白かった、と感想をかいておられる。
 日本語の表記や文法について、日本語母語話者は気づかなかったり、まったく無意識に使っていたりすることがらを一般読者向けにわかりやすく解説してあり、ヨシタケシンスケさんの軽妙な挿絵によって楽しく読める本です。
 日本語への関心を深めてもらえて、とてもうれしい。
 
 文庫本『日本語びいき』


 そうなると、かって勤務していた職場で同僚だった清水由美さんに「本へのサイン」なんぞもらっておけばよかったと、ちょっと残念。
 清水さんは、同じ大学の出身にして、同じ講師室で10年以上も共に日本語教育に携わった同僚です。

 2010年に清水さんが『日本人の日本語知らず』というタイトルで最初に日本文化社から本を出版したとき、講師室では大不評でした。まず、タイトルが不評。それは。
 日本語音声学者言語学者として著名な博学の徒であった城生佰太郎『日本人の日本語知らず』が1989年に出版されており、日本語教師たちは「城生先生の本と同じタイトルをつけるなんて、不遜!」という感想を持ちました。次に「こんなタイトルをつけるのは、漫画の『日本人の知らない日本語』が売れに売れたので、便乗して売ろうというのか」 という反発。

 当時の日本語業界。
 日本語教師海野凪子に取材した蛇蔵の漫画が、2009年に発売されると爆発的な人気となり、本も売れテレビドラマにもなりました。私は漫画も(古本屋ですが)4巻まで買って読み、仲里依紗主演のドラマも見ました。
 そういう「漫画人気・テレビ人気」に便乗している感じがして、日本語教師たちはいっせいに反発し、講師室のテーブルの上に見本の本といっしょに出ている「購入希望者は名前をかいてください」というメモに自分の名を書き入れる人はいなかったようでした。(私が見た限りにおいては、ですが)
 私も、著者からサイン本をかうという発想はなく、発売当時には買いませんでした。

 『日本人の知らない日本語』がどれくらい版を重ねたのか知りませんが、同じ本のタイトルを変えて『日本語びいき』という文庫本になって2018年に売り出されると、文庫という手軽さもウケたし、値段も手ごろになったので、私もようやく購入することができました。
 さらに清水さんは同じネタで中学生高校生向けにポプラ社から新書「すばらしい日本語」を出版。今や押しも押されもせぬ「日本語の本」専門家です。

 2010年当時、日本語教師たちはどうしてあれほど『日本人の日本語知らず』の目次を見て「ふん!」という態度をとったのか。文庫を読んでみればわかります。大学で教える日本語教師、日本語教育能力試験に合格した日本語講師にとって、書かれている内容は「日本語学を学んだ者ならだれでも知っていること、日本語教育の常識」にすぎなかったからです。日本語教師にとって、何か新しいことを教えてくれる本ではありませんでした。日本語教師向けの本じゃないのですから、当然のこと。

 清水さんの本の価値はなにか。
 yokoちゃんが「形容詞と形容動詞のちがい」を清水さんの本を読んで「ふうん、イ形容詞とナ形容詞って言うんだ」と、納得してくれたように、日本語文法にも日本語教育にも縁のない人にも、わかりやすく日本語の表記や文法について教えてくれたことにあります。

 私は、専門的な文献で日本語の奥義を学ぶことも日本語教師にとって必要なことだけれど、清水由美さんが本に書いたように「一般の日本語母語話者に対して日本語をわかりやすく説明する」というのも大事な仕事と思います。
 日本語学を学び始めたばかりのころ、言語学は私にとってやたらに難しくて硬い学問で頭に入らないことばかりでしたが、千野栄一先生の『言語学の散歩』を読んで、すごく面白く楽しく言語学にとりくめるようになりました。「言語学の散歩」を読んでいなかったら、せっかく千野先生の授業に出られるようになったあとも、言語学がわからないままだったかもしれません。

 「日本語母語話者に、日本語をわかりやすく教える」という点についてなら、2004年からシリーズで『問題な日本語』が出版されていました。日本語教師たちは、『問題な日本語』のほうを高く評価していました。北原保雄(筑波大学名誉教授)という日本語業界ではよく知られた大先生が監修者となっていたので、安心して手にとっていたのに比べ、日本語学の論文ひとつでも学会で評価されたことのない著者が、日本語に関する著書を出版したことに対して、いっせいに反発を示したのでした。(学者の世界ってせまいなあ)

 私は当時すでに「日本語学会」「言語学会」「日本語教育学会」で伸し上がっていこうという野心も持たない老師でしたから、どのようなかたちであれ、日本語について興味を持ってもらえるならいいんじゃないかと思っていました。しかし、2010年にはやはり『日本人の日本語しらず』という城生佰太郎先生の著作と同じタイトルでは手にできませんでした。
 私自身は城生佰太郎先生の教え子じゃなかったけれど、音声学については、城生先生の論文で学ばせていただきました。ましてや、直接教えを受けた人だと、反発する気持ちも半端じゃなかったでしょう。
 
 いまとなっては、城生佰太郎先生の『日本人の日本語しらず』という本を読む人も少ないでしょうから、清水さんの『日本語びいき』をもっと大勢の日本語母語話者に読んででもらって、「へぇ、形容詞って、そういうことだったのか」と思ってもらえばいいんじゃないかと思います。

 文庫本『日本語びいき』、yokoちゃんにも楽しんでもらえる内容になって、日本語のいろいろについて興味を持ってもらえて、うれしいです。
 日本語。これからも日本語について、日本語言語文化について、日本語を教える老師として、四方八方にアンテナを張って、いきたいです。にっぽにあニッポン語教師、日々研鑽。

<つづく>
コメント (2)
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