20150301
ぽかぽか春庭日常茶飯事典>十五夜満月日記3月どこかで春が(1)明かりをつけましょ、いつでも今から
姑は、入院中に90歳の誕生日をむかえました。
いつもは私が贈った祝い袋の中から、姑は靴や服など好きな物を買うのですが、今回は、買い物に行けないので、私が選んだものをまずふたつ買ってきました。
ひとつは「テレビを見ると疲れるから、イヤホンで童謡をききたい」という姑のために、MP3という小さな音楽再生機をプレゼント。息子がおばあちゃんの希望通り「由紀さおりと安田祥子の童謡集」をCDからインストールしてくれました。
姑は、童謡を歌う会に入っていて、私も毎年パーシモンホールで開催されていた「オペラ歌手による童謡コンサート」というのをいっしょに聞きに行っていました。姑の好みは、安田祥子、五十嵐喜芳、秋川雅史などの「発声をきちんと勉強した歌手」なのです。
姑は昨年、近所のお年寄りに誘われて、デイケアセンターを見学にいったのですが、そのとき歌わされた「童謡」には、強い拒否感をもらしました。
介護ヘルパーさんたちがお年寄りを集め、「むすんでひらいて」などをいっしょに歌って、おゆうぎなどをさせたのが、いたく気にくわなかったらしい。デイケアの職員さんたちが参加者みなが楽しめるように、いっしょうけんめいやってくれているのはわかります。けれど、「お年寄りは幼稚園児じゃないのに」と、姑は感じてしまったのです。
ヘルパーさん達は、やさしさを示すために、幼児に対するようにやさしいことばをかけるのでしょう。認知症の方にはそういうほうが安心してもらえるのかも知れません。しかし、姑はそういう扱い方をされることになれていませんでした。姑は、長い人生経験を持った人間としての尊厳を尊重して、大人として扱ってほしいのです。
以前、童謡を歌う会に入っていたのも、声楽の専門家が指導するコーラスの会だったから。単に童謡をなつかしんで歌えばいいのではなくて、きちんと音楽性を重視して歌いたい、という人なのです。
介護ヘルパーさんにとっては、幼児のように自分を慕ってくれるお年寄りのほうが扱いやすく、へんにプライドを持つバーサンは扱いにくいことだろうと想像します。しかし、姑のようなプライドバーさんが存在するのも事実。
♫明かりをつけましょ、ぼんぼりに お花をあげましょ 桃の花 五人囃子の笛太鼓、きょうはたのしいひな祭り
この時期になると、どこのスーパーでも商店街でもBGMにこの曲を流します。病院でひな祭りも迎えることになった姑の心にも、明かりがともるように、もうひとつのプレゼントを買ってきました。去年の9月に111歳になった東京都葛飾区在住の後藤はつのさんの著書です。(ライターが聞き書きや取材によってまとめたもの)。
はつのさんは、1903年生まれ。姑のふるさと山形県とは山ひとつ隔てたとなりの新潟県妙高高原の赤倉温泉で育ちました。14歳で行儀見習いのため上京。20歳で結婚。息子と娘に恵まれましたが、炭鉱技師だったご主人を早くに失い、42歳から112歳の今年まで、さまざまな経験を経て、現在は息子の昭さん(86歳)らの助けを受けながら暮らしています。
ニューヨークに赴任なさった娘さん一家のために、孫の子守を引き受け渡米。子守が終わって帰国したころ、73歳のときに息子さんのすすめで油絵を習い始めました。ふるさとの景色、子ども時代の思い出を描いた油絵は、現代童画展での入賞を続け、文部大臣賞も受けました。タタミ一畳ぶん、100号の大作は、家には並べきれないので、実家の旅館をついだ甥御さんの経営する赤湯の温泉ホテルに飾られているそうです。
『111歳、いつでも今から』表紙
この本『いつでも今から』のプレゼントも、姑はとても喜んでくれました。これまで、姑のアイドルは日野原重明さんだったのですが、はつのばあちゃん、日野原先生よりさらに8歳年上なのですし、医療関係者に囲まれて過ごしてきた日野原先生のように、「手の届かない存在」という方とはことなり、はつのさんは、「下町のおばあちゃん」として身近な存在。山深い田舎から出てきて東京で結婚生活をおくったところも姑と共通しています。
はつのさんは、本の中の写真をみると、103歳や108歳で撮影された写真も、赤やピンクの服を着こなすモダンばあちゃんです。
姑はさっそく「はつのさんを目標に長生きする」と宣言しました。心臓ペースメーカー装着で、健康おたくだった姑も少し自信を失っていたところでした。しかし、姑の心に明かりがついて、本のプレゼント、ヨメとしては近年のヒット作です。
はつのさんを見習って、いつでも今から。
姑は『いつでも今から』を、娘が届けたメガネのおかげで「もう全部読んじゃった」と、言います。もともと文字の部分が少なくて、はつのさんの写真や展覧会に入賞した絵のページが多い本ですから、さくっと読み終わるはず。
法律上の夫は、法律上の妻のすることなすこと、すべて気にくわない。『そんな、すぐ読み終わるような中身の薄い本を買ってきて、、、、」と、文句たらたら。
すぐに読み終わることなど承知のプレゼントなのだから、すぐに読み終わったところで文句いうことないと思うけれど。姑は喜んで読んでくれたのだから。
病室で読むのに、軽めの内容で、すぐに読み終わる本を選択するのは間違っていないと思います。たしかに、文字の部分は少なく、赤湯のワクイホテルHPに出ている後藤はつのさん略歴より詳しいことは書いてない。私としても、本にある経歴一覧のなか、42歳から65歳までの部分がすっぽり抜けていることが気にかかりました。だれでも一生のあいだには、人に公表したくないこともあります。でも111歳までがんばって生きてこられた方が、一番たいへんであったであろう、ご主人を亡くされてからの20年あまりが書かれていないこと、残念です。
私も、この20年間、子育てと家計をひとりで支えるための日々、つらく苦しいこともたくさんありましたから、はつのさんの20年間の日々、いつか読めたらいいなあと思います。
つらく苦しい日々も、「いつか明かりがともる日がくる」と信じることで歩んできました。
♫金の屏風にうつる火を かすかに揺する春の風 ♫
春も近いと思います。
<つづく>