ビーズうさぎのハナちゃんです!!

日々の生活、山登りや釣り、ドライブなどをアップします。ここの所、巨樹めぐりがメインですが!(汗)

新潟県上越市、春日山町「寺分諏訪社のスギ」です!!

2022-12-12 18:31:00 | 巨樹・大木
 春日山町は、上越市役所の西南西約1.5kmのところ

 市役所北側の謙信公大通りを妙高はねうまライン(旧JR信越本線)を越えて突き当たりを左(南)へ県道180号線です

 間も無く県道が左にカーブした先左手(北側)に寺分諏訪社が北向きに鎮座します

 直ぐ先を左(北)に入って参道入口に車を止めさせて頂きました

 参道を北側入口から見ました、境内に目的のスギの他数本の杉が残っています

 *取材前にGoogleマップの航空写真で確認した時には、境内一面はスギ等の樹叢で覆われていたのですが・・・


 水盤です

 南西側から

 北側から、目通り幹囲4.9m(2000年頃の数値ですので5mは越えているものと思われます)の大木です

 鳥居です

 鳥居下から

 鳥居を潜って参道から

 狛犬です

 社殿です

 社殿前から参道を見ました


 境内には、スギやケヤキの切株を覆う様にウッドチップが播かれています、枝や葉をウッドチップにしたようです

 社殿の南側県道わきの祠です

 では、次へ行きましょう
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新潟県上越市、茶屋ケ原「明治天皇御小休所跡のタブノキ」です!!

2022-12-12 06:31:00 | 巨樹・大木
 茶屋ケ原地区は、上越市役所の西北西約10kmのところ

 国道8号線を西へ、日本海沿いを進みます、吉浦信号の次の信号が茶屋ケ原集落入口です

 左に戻るように鋭角に坂道を上って行きます、集落に入って左へ

 右にカーブした先の一時停止から正面奥に

 社號標のような石碑が建っています

 手前の道路脇に車を止めさせて頂きました

 「明治天皇茶屋ヶ原御小休所阯」の碑です

 碑の後ろ側のタブノキの大木です

 入口北側のタブノキです

 東側のタブノキです

 説明石碑です
  明治天皇茶屋ヶ原御小休所阯
 明治天皇は、明治11年(1878)8月20日東京を出発され、9月10日新潟県に入られ、馬車や板輿で高田・直江津を経て中・下越を巡幸された。ついで9月25日・柿崎を趣発され、直江津・長浜を経て加賀街道を進まれ、当家において御少休止された。
  白浪のかへる日かすをかそふれば またはるかなりこしの長はま
 この歌は、天皇に供奉した、宮内大書記二等侍補高崎正風が、青木峠にさしかかった際、天皇の叡旨を休して詠んだものである。
 当家において、天皇は、庭の青木(たぶ樟)を叡覧された。
 そもそも、承久3(1221)年、承久の乱により順徳上皇は佐渡へ遠流となった。当時の日の入城(茶屋ヶ原地内)主、城基知が、上皇を名立浜で奉迎し供奉を請うたが、御遷幸の身の上皇は、それを許さず記念に当邸の四隅に青木を植え、姓も青木に改めるよう勅許されたと伝えられる。
 その宿縁により明治7年5月21日上皇の御尊骸が京都へ還御の際も御小休所となった。
 (佐渡での順徳上皇に関しては、このブログの2022年7月7日の黒木御所・2022年7月13日の真野御陵の記事を確認いただければと思います)

 明治天皇聖蹟の碑です

 一番奥に目的のタブノキです

 南西側から、目通り幹囲5.4mの巨木です

 南側から見ました

 では、次へ行きましょう
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする