沿岸で被災に合った漁師のお母さん、そして支援をした山のお母さんが協力して、地域の食材を使った料理コーナーを バイオリンのコンサート会場に併設しました。
お客様は被災者を中心に60名ほど。東北釜石・橋野の山合いねおすボランティアセンターは盛況でした。 来場者もいつもの青空カフェより数多く コンサートが終わっても長い時間歓談が続きました。
海の母さんが・・・
「被災して家が流されから4カ月以上、なんとか夢中でやって来たので、娘が亡くなったのに涙がでなかった・・。 でも、仮設に入り、助かった孫と一緒にいると・・、涙が出るようになった・・・」
そのような話も出るようになりました。
初盆が来ます・・・。深い悲しみに向き合うことになるでしょう。
被災地の復興話すらニュースでも減って来ています。しかし、被災者は仮設住宅に入りやっと、とりあえずは落ち着いたものの、3年、5年の期限で仮設から出た生活を目指すスタートに立ったところです。
その中で、海のかあさんと山の母さんの協働がちょっとだけ・・始まっています。