高木晴光の 『田舎と都市との ・ 日々こうかい記』

「新田舎づくり」を個人ミッションとし、田舎と都市とを行き来する人生・仕事のこうかい(公開・後悔・航海)日記

新型コロナウィルス雑感

2020-02-28 16:54:56 | 日記

新型コロナウィルスという存在は現在も複数いるらしい。 インフルエンザウィルスよりも毒性は低いが感染力は高いとか、さまざまな情報が流れているが、根本的な治療方法がない、かかっているか心配でもすぐに検査できる体制にないというところが、今の不安のあるところだろう。 

今日、午前中、既往症というやつで地域の病院へ行ったのですが、待合には誰もおらずガラガラでした。一昨日のススキノの居酒屋も空席だらけ・・、ニセコでは冬場の期間雇用の人たちのリストラ(早期退職希望募り)の足切りが始まったようです。 当自然学校でも大口の予約がキャンセル、地域の児童への時給の放課後活動が中止となり、収入の打撃も顕在化しつつあります。

そんな中にあって、この際、休みをもらって実家に帰省するかとの希望が出たり、自炊するから子連れで行ってもよろしいかと、ポジティブに時間使いをしようという人も現れています。

ウィルスは細菌と違って、その構造上は「生物」とは科学的に言えないらしい・・。インフルエンザのように人間に免疫がつかないなんてお説もあるので、ますますやっかいな存在です・・・。

命とは、何かと何か別モノをつながり合わせる「開放性システム」のことを言うと私は考えているので、石ころだって水だって、命を構成する一部であって、そう考えると地球そのものが命であると思っています。であっても、彼らは他の存在に影響、特に人には病気になるという悪い影響を与えるわけだし、自らが意思をもってはいないにしろ、何かに取り付いて、取り付き先(宿主?)を増やしています。彼らも地球上に存在している一部であるわけです。 

だから・・、一方が一方を攻撃し続けると、その関係性が立ち切れることによって、つながり合っている同士が次から次へとその関係性が切れてしまってゆくことになり地球そのもの命が絶たれてしまう・・・。だから、いつかはコロナはおとなしくなると信じてやみません・・・。

あいつらの怖いことは、そのつながりを断つような影響がどうもあるということです。

全ての学校が3月下旬までお休みになるようです・・・。すると、低学年のお子さんのいる両親共に働いている家庭はどうなってしまうのでしょうか・・・。看護師さんも休まざるを得なくなり、外来診療を止めざるを得ない病院も現れたようですし・・・。

ついに・・、人間同士のつながりを切るように作用初めた新型コロナウィルス。だからこそ、人間同士のつながりをもっと意識しなければいけないと思うね。

それとも、地球という命の存在を危うくさせている、人類そのものを絶滅に導こうという存在なのかなあ・・、とも思ってしまいます・・。

ここが、人類のふんばりどころかもなあ・・・。

 

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道東ひとり旅へ

2020-02-28 16:54:28 | 日記

2月27-28日に日高平取町で「21世紀アイヌ文化の森 学際シンポジウム」なる集まりがあり、私も発言者のひとりとして喚ばれています。講演というよりも2,30分の意見陳述みたいな持ち時間なのですが、いったい何をはなしていいものかと思案しているところでした。

世の中は新型コロナウィルス感染拡大で集会など人の集まる行事の自粛ムード、同調圧が高まりつつありますが・・、「悩んでいるとき、行き詰まっている時は、旅だ!」とその脱出セオリーをわかっているので、でかけることにしました。

最大の目的は、弟子屈町屈斜路湖畔のアイヌ舞踏団を主宰するアト°イさんにお会いすることでした。

2月24日、高速道路の黒松内ICから道東道をひたすら走り、阿寒ICまで朝9時に出て暗くなる頃に屈斜路湖に到達。 夕食をアト°イさんと、釧路から訪れていた彼の親友おふたりと一緒に夕食を取りながら、アイヌの精神性などについて御話を伺うことができました。 「縄文はアイヌだ」と断定されることばに、もともとの日本の先住民はアイヌなんだと、なにかスッキリとしました。 大陸からの移住者と混じりながらも「八百万の神思想」は、結局のところアイヌのカムイ精神性と通ずるところがあるわけだし、日本人は時の権力者(奈良から平安期の天皇家をめぐり暗躍していた藤原氏とか・・)が、後付けで自分たちの都合のいいように歴史的改ざんをして、日本人を思想形成されてきた、後世の歴史は、今の日本人にすり込みをし続けてきたにすぎないのだなと思いますな。

2月25日は、阿寒に回りました。最近出来たアイヌシアターで上演されているロストカムイを観劇するためです。昨年の夏に子ども達と道東キャラバンキャンプをした折にも目的地のひとつにしていたのですが、開演時間に日程が折り合わずに観ることができなかったので、再トライでした。 映像と実際の踊りがミックスされており、それはそれで見ごたえはありましたが、場面数がもう少しあっても良かったなあ。中国で野外の風景とプロジェクトマッピングもあるような大規模な野外劇を2箇所で観ましたが、あれほどのものがあればいいのにね・・・。 真冬のオンネトー湖畔を拝みにゆきたかったのですが、野中温泉先は流石に冬の通行止めで残念でした。野中温泉は貸切状態で湯を堪能。朝は屈斜路温泉、そして昼は野中温泉、夜は阿寒温泉の温泉三昧な一日ともなりました。

2月26日 阿寒からいっきに札幌へ。朝9時に出発、午後3時から自由学校「遊」が主催する 「国際森林認証とアイヌ民族の権利」の学習会に参加するつもりでしたが、終わりの30分くらいしか間に合いませんでした・・・。 が、アイヌ協会副理事長の阿部ウポさんも来ており、なんと明日からの平取シンポの開催中止を知ったのでした・・。 夜は、ゲストに呼ばれていた 熱帯林行動ネットワーク、地球・人間環境フォーラムの方々も含めて会食。

と、いうことで、何をシンポジウムで話そうか、やっとまとまってきたのでしたが、今回のメーンの目的地の平取行きは中止として黒松内に戻ってきました。

えぞCONE(北海道自然体験活動推進協議会)と環境教育学会北海道支部との初の協同開催のフォーラム(3月7-8日)も主催側にいるので思案逡巡しましたが、結局、学会側の中止決定もうけて、当方単独開催もあきらめました。

新型コロナウィスに負けて座するような気持ちではあるが・・・、仕方なしと諦めるしかないな・・。 これも自然がなせるワザだなあ・・。

 

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中国の子ども達へのメッセージ

2020-02-25 13:03:33 | 日記

中国杭州にある自然学校・大地之野自然学校と提携を結んでおり、スタッフ研修やら子どもキャンプの助言やらしています。 その代表のマンゴーさんから、「コロナウィルスの感染は、環境教育的にもよい題材なので、ビデオメッセージを作って欲しい」となんともポジティブな、しかし、アタシにとっては難題な宿題をもらいました。 数日考えて、今日、3分動画を作成、送りました。 台本は次のとおり・・

中国のみなさん、こんにちは。日本北海道のぶなの森自然学校のJettです。 今、新型コロナウィルスの感染でたいへんな不安の中にあると思います。みんな元気にしているかな。 日本でも感染者が増えつつあり、今や全世界の人類に対する危機にもなって来ています。あんなにも小さなウィルスが人類にこんなにも影響を与えるなんて、凄いことだなあ、不思議だなあと思います。 ウィルスは細菌のような生物ではないという科学的な考え方もあって、生物と無生物の間にある存在らしいです。 であっても、我らヒトという生物にも多大な影響を与えている存在なのね。

 

私はどんな存在であっても地球上にあるものは、お互いに良きにも悪きにもつながりあっていると考えているので、彼ら(ウィルス)も地球の一員だと思っています。であると、彼らにも何か「存在」の意味・役割があると思うのですが・・、それは何だろうと考えていました。

でね・・・、 私は、彼ら(新型コロナウィルス)は、人類に今、「生きる、いのち、って何だろう?」と考える機会を与えているんだと思うんだ。

人間はいくつ命を持って思うかな? ひとつ? もっとたくさん?

カラダの中には何億、何兆という数の細菌や白血球やらが居ます。肝臓は肝臓だけでは存在の意味がありません。カラダの中のいろいろな他の器官や細菌がなければ働きません。でも、それを取り出して、他のヒトに移植すると、肝臓を提供した人は死んでしまいますが、肝臓をもらった人の命は助かることがあります。

 

だからね、命って、ひとつふたつと数えられるものではないんだね。 何かと何か、違うもの同士が「つながり合う」性質、仕組み(システム)なんだと思うんだね。そう考えてゆくと、地球そのものも命であって、宇宙全体も命だという考え方になってきます。

 

何かが何かに対して、一方的に悪さをするのであれば、結果的に両方ともダメになってしまう・・。そうするとつながりがあるから、次々とみんなダメになっちゃうよ。

そんなことは、命はしないと思うんだね。

今は、たいへんな時だけど、まずは、命のひとつである、自分を大切に、自分の回りの家族や知り合いを大事に思いやるしかないんだとおもうよ。 人間の知恵と科学と思いやりをもって、いつかきっとコロナウィルスの猛威は静まるよ。

外遊びはできないだろうけれど、まずは、よく栄養をとって、寝て、家の中でも楽しいことを考えて、遊んで、自分で自分を楽しませる、周りをハッピーにして欲しい。

がんばってください。

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晴れて年金生活者へ

2020-02-21 09:55:26 | 日記

「晴れてよし 今日は、アナタとワタシの年金記念日」

やっと書類が揃ったので、俳句を作って報告したら、馬鹿にされた・・。・・と、楽しく毎日暮らしております。

年金申請書は難しくて、自分で書き込めなかったので、小樽年金事務所に出向いて、事務方にお手伝いしてもらいました。戸籍謄本が必要だと思って、札幌(戸籍は札幌のまま)に在住している娘に頼んで取り寄せたが、行方不明となり、Mさんとは、口論になったが・・、見つかった。 しかし、どうも住民票でもよかったらしい・・・。

と、いろいろとバタバタしてやっと申請書を簡易書留で郵送しました。 決定に2ヶ月くらいかかるらひいですが、まっ、いちおう申請終了。

法人組織ではあるが、一般会社のように定年退職が定めをつくっていないので、半個人事業主的なところがあるのですが、新年度からは自然学校運営委員長という御輿にはのったままですが、事業運営権限は、現場スタッフに委譲します。

まあ、生活コスト・エンゲル係数が低いので、衣食住はなんとかなるでしょう。マズローの法則から言えば、その上の段階をどうするかだなあ・・。

 

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アイヌ文化交流の思いで その4~萱野茂さん

2020-02-19 09:58:08 | 日記

三木師匠より珍しい新聞をもらいました。 かの萱野茂氏が亡くなられたことを報じる新聞でした。 萱野茂さん 日高平取出身でアイヌ民族として初めて国会議員となり、アイヌ語で国会でも演説された長老です。 萱野さんとは3泊4日の旅を氏の鞄持ちのようにご一緒させて頂いた思い出があります。

かれこれ、これも30年くらい前でしたでしょうか・・、 正月明けに関西で環境教育のフォーラムがあり、そのゲストに萱野さんをお招きすることになり、その付き添い役を探しているとのことで、私が立候補してご同行させていただくことになりました。その時が初対面(正確には萱野茂さんの博物館や講演会でお会いしたことはあったのですが、その時は全体のひとりでしたから、私を認識されているはずはありません・・・)

なにしろ、存在感・オーラがあるお方でした。人との付き合いの仕方などに悩んでいた頃、ある方から萱野さんの講演会のチケットをプレゼントされました。正直言って、たいして興味もなかったのですが、行ってみることにしたのでした。 会場に萱野さんが入ってくるだけで、その場の雰囲気が引き締まるようでした。 演題に立って、ユーカラを収集しているので、それを披露しますと、唄いはじめました。

それを聴いた瞬間にワタシの背筋が震えました。こみあげてくるような感動が走り、ククックとこみ上げてくるものがあり、私の遺伝子レベルが共振し、涙が流れ出し声を上げて慟哭しそうなほどでした。

そして、ごくごく身近にお会いした、あれは、一月の中旬でした・・・千歳空港で待ち合わせをして、神戸の関西学院大かな?の千刈キャンプ場の会場へ。宿泊は施設内にある和室で、2泊は布団の上げ下ろしも私がさせて頂き、枕を並べて同室させて頂きました。濃厚接触(今、使うべきではないな・・)でした。 会が終了後は千歳空港までお送りして、お仲間がお迎えにくることになっていたのですが、お別れする直前に、

「タカギくん、平取に一緒に来るかい? 今、聞き取り調査をしているアイヌ集落の新年会があるのだか参加してみるかい?」というお誘いです。 もちろん、いちもにもなく、「いきます!よろしくお願いします!」でした。

新年会の会場は平取の高台にある集落の公民館のような大きな広間で、ロの字型に机が並べられてざっと100人近い地域住民が集まっていました。なんと私は、右に萱野さんの息子さん、その隣に座の中心の萱野茂さん、左隣は、集落の一番といえるようなお年寄りのフチ(おばあさん)という和人が言うところの上座に座らせて頂きました。

新年会は、子どもたちや役場の方もいて、子どもたちによるアイヌ語クイズなど行われて、わきあいあいと進みました。 絵を書いた画用紙をみせて「これはキハダです。さて、アイヌ語ではなんていうでしょうか?」なんていうクイズがあったのを覚えています。 会場はザワザワと「なんて言ったかなあ・・、シ、シ・・、シコロかあ!?」「そうそう、そうだったかも・・」となんともたわいのないものでしたが、アイヌ語を話すことを長いこと禁止された民族の今を垣間見る思いでした。

そして、お弁当になったアイヌ料理とオハウ(汁物)が配られて、最後には輪踊りの披露が座の中で起こりました。回りの大人たちが歌い、3.40人の大人や子どもが輪になり踊りました。白老の観光コタンでも観たような踊りでしたが・・、 そのうち、私の隣にいた、立っているのもやっとのような年季のはいった枯れ枝のようなかなりな御高齢なばあちゃんに、回りの若ばあちゃん達から「アンタ、唄いいなぁ!」とちゃちゃが入りました。ばあちゃんは、「いやいや、私なんかもう唄わんでいいわい」と断っていましたが、 あまりの周りからの要望・お願いに・・・、ついに声を出したのです!

こえが凄かった、ホントに凄かった!!

 この折れてしまいそうな身体のばあちゃんのどこから、この アイヤ~アンヤ~ハイヤァ~!!という声がでてくるのだろう。まるで大地に大きく根をはった老木の深い血中の底から湧き上がるような声でした。それによって、輪踊りの足踏みも力強くなり、男衆のオォォォオという雄叫びも激しくなりました。 かつてのアイヌ集落で行われていた踊りはこういうもんだったのだろう。

むこう隣から萱野さんが身を寄せてきて、

「タカギィ、聴いたか! これがアイヌの唄と踊りだ、観光地でやっているのとは違う! 覚えておけよ」と耳打ちされました。

思い出すだけで、背筋が痺れます!

 

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コロナウィルスと環境教育~なんとポジティブな依頼事

2020-02-18 15:52:41 | 日記

ニュースバラエティはどこでもコロナウィルスのことで溢れています。 どこまで広がるのだろう、どうしたら(どうなったら)収束に向かうのだろうと不安が広がります。

3月初旬開催予定の私も主催者側にいるフォーラムは開催していいんだろうかと自分ごとでも、どこか覚悟も求められています。 2月末のよばれているシンポジムでは海外からの参加者(台湾)は日本から帰国後に会社への出勤などが制限(禁止)されるので参加を見合わせる人も出てきました。他国では水際対策が厳格に管理されている国も増えているようです。

この感染の発症地である中国で自然学校の立ち上げやネットワーキング支援をここ数年して来ましたが、せっかく立ち上がったばかりなのに、催事行事参加者が激減して経営がゆきづまるケースも出ているようで。「なにか支援できることはないか」というSOSもきていますが、こればかりは、いい知恵が浮かばない・・・。

と、じゅくちたる思いでいたところ、顧問としてお付き合いしている浙江省の自然学校の代表からなんとも、ポジティブな依頼ごとが舞い込んできました。

「現在、中国で発生している新型コロナウィルス感染症は全国各地に広がっています。 それは野生動物を食べることから始まって人にも感染したことが分かりました。

今回の事件は子どもに対していい教育の機会だとも思いますので、ぜひ高木先生に30秒くらいのビデオメッセージを撮ってもらいたいです(携帯だと横に撮る) 内容としては今回の新型コロナウィルス感染症について、子どもたちに何か言いたいことです。」

うーんん、難題だなあ・・・。

それにしても、この時期にこんな依頼をしてくる代表を尊敬、感動すら覚えるなあ・・。

これに応えらるくらいの結晶知性は、まだまだ育まれていないアタシですが・・・、

どうしたらいいんでしょうかあ・・・。

 

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鉄道唱歌 函館本線編

2020-02-17 13:07:00 | 日記

平取町のことを調べていて、日高線の鉄道唱歌があることを知った。 で、♫汽笛一声、新橋を・・♫ お馴染みの鉄道唱歌(今の人は知らないね・・)は全国各地編があることも知りました。 で、函館本線もあるのかなと調べていたら・・

YoutubeにあるよとKさんらが教えてくれました。

https://www.youtube.com/watch?v=IWn88pCwcAs&fbclid=IwAR3Tf88VRzDD9872zHeEHamU0_3220upzbK8rz4VTeLeg7kTDhoVyYlze_A&app=desktop

函館から追ってゆくと、長万部の次に黒松内番も出てきました。

♫ 尻別川の水の音 聞きつつ上る岸づたい

 岩おもしろく 山深く 若葉紅葉のながめあり ♫

あちゃあ~~、歌詞が間違っているぅ~~!!

 黒松内には尻別川が流れていないんだなあ。 朱太川!

いまさらどうにもならんなあ・・・・。

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森のようちえんとコロナウィルス

2020-02-14 16:02:41 | 日記

今日は、黒松内保育園の年長さんを対象にした「森のようちえん活動」でした。今期は年に6回開催の最終回でした。 普段でも通常保育で園から外へ出る活動はありますが、少ない保母さんで多数をみながらの野外での活動はなかなかできないので、4,5年前から自然学校のスタッフが主導して園外活動をしています。

今日は気温もあがり厳冬期としては暖かな日で、町はずれの森林公園にでかけました。プログラムは典型的な非構成的活動で、道具はいろいろと用意しておき、遊びの開始にはスタッフは適度に構いますが、その後は、基本的には、子どもたちは自分自分で思いのままに過ごします。 ソリで雪斜面をすべったり、スコップで地面がみえるまで穴掘り、色水で雪を染めて雪玉作り、焚き火を囲むなどなど・・、

さて、全六回を終了してバスに乗って帰る前に・・、自然学校校長としてひとことご挨拶。

「今・・、コロナウイルスっていうバイキンが流行っていているのを聞いているよねえ・・・。」と・・・、

でもね、子どもはみっつのことを守っていればだいじょうぶだよぉ! バイキンに強いカラダをつくるんだ(めんえき力と難しい言葉で言うんだけでね)。

ひとーつ、好き嫌いなくなんでも食べて栄養をつけること。 ふたーつ、遅くまで起きていないでよく寝ること、 そして、みっつめはぁ~~、

風はきもちがいいなあ~、お日様はあったかいなあ~と体中で感じながら、こんな斜面を滑れたぞ!、雪に穴を掘って地面がでてきたぞぉ!と喜んだりと、自然の中でたっぷりと遊ぶこと だよぉ~!!

と、教えたのでありました。

 

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アイヌ文化交流の思い出 その3 アイヌ舞踊団モシリ

2020-02-13 12:33:39 | コラム風味

「タカギぃ! 命懸けで来たぞぉ!!」 と、団長のアト°イさんが言いました。真冬の凍結道路を屈斜路湖から4tonロングのコンテナ車に資材を積んで札幌の会場に到着しました。

道東弟子屈の屈斜路湖湖畔で北海道の環境部局と夏に子ども自然体験キャンプをしていた頃に、すぐ近くでアイヌ古式舞踊と現代音楽をアレンジしたモシリ舞踊団があることを知りました。そして彼らは全国を巡業公演しているという新聞記事を読んで、パフォーマンスを観劇にゆき、アト°イさんにお会いしにいったのはもう30年近く前になるのかなあ。 アコースティックギターでの演奏や激しいアイヌ舞踊は観光地で観る輪踊りとは異なり迫力があり魅了されました。

そして、とある冬2月だったかなあ、札幌で公演会を北海道自然体験学校NEOS主催することにしました。 札幌の屋内でもキャンプファイヤーができる広場を持つ公立の青少年施設を会場としました。 公立施設で入場料も設定したので開催直前に施設から使用禁止通達が来て、慌てて施設の乗り込んで主旨を説明し施設長と声を荒らげて交渉したもんでした。公演でも物凄い炎があがる焚き火をしてしまい、大いに怒られましたが、公演そのものは大盛況で、舞踊団員達も「こんなにもエキサイトした演舞はなかった」とまで称賛された思い出となっています。

そのころ、実は私は個人的に壁にぶち当たっていました。NEOSをどのように経営してゆくか、対人的な自分のコミュニケーション力不足やら・・・。 彼、舞踊団との出会いはそんな私の悩みを氷解させてくれました。

もっと身体と気持をフリーにしてあげること・・・、さらには、祈ること・・。 直前にアメリカンネイティブの儀式、スウェットロッジ体験をした折に、「祈る」ことを主宰から命じられたのですが、「祈れない、感謝できないワタシ」に気づいてしまっていたのでした。アト°イさんにそのことを打ち明けると・・、即答でした。

「タカギィ! なんだそんなことかぁ、それはな、ウソでもいいから祈れ! 祈っていれば、そのうち本モノになるから」 でした。 それも本当でした。公演会の当日朝に、「今日の公演が成功しますように・・」と口に出したら、次から次へとまるで天から言葉が落ちてくるように 「今日の開催ができることを森の木々達に感謝します。支援してくれた仲間たちに感謝します、私を産んでくれた母に、そのまた婆ちゃんに感謝します・・・」と次から次へと自然に途切れなく言葉が表れたのです!!

また、こんなことも言われました。「俺たちのやっていることは、ペテンでしかない。でもな、それは崇高なペテンだ! タカギィ! お前もそうだろ・・!」

この言葉は、それからの自分の仕事、生き方に影響が大きかったなあ・・・。

「NEOSと俺たちが組んだら いろいろなことができそうだな」と、盛況だった公演のあとに言ってくださいました・・・、 でも、なんとなくその後に途切れてしまったのでした。

今、また出会い直しの時期に来ているかもしれない・・・。

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平取へ

2020-02-12 11:05:36 | 日記

2月27-28日に平取で開催されるアイヌの森シンポジウムに招かれて発言の機会を頂いている。 これは昨年、台湾の国立先史博物館のフォーラムにりーはんを介して紹介され、「自然体験型環境教育~自然学校の活動事例」を報告した折に、平取町の先住民施策担当の役場のYさんとアイヌ協会の副理事長のAさん、三木師匠と訪れたのをきっかけに平取で開催されるシンポジウムにもお呼びがかかったのでした。

アイヌ新法が成立し、多文化共生が言われるようになり、国の大きな施策としては白老町に国立のアイヌ文化博物館、共生象徴空間としてのウポポイが整備されているところですが、日高の平取町も古くからアイヌコタンがあり、アイヌ民族として初の国会議員ともなった故萱野茂さんの生誕暮らした地でもあります。

そんなこともあり、講演前(といっても20分しか時間がないのですが・・・)、改めた平取の空気感に触れておきたくて、なんと、贅沢いも三木師匠を占有ガイドに平取へ一泊巡検に行ってきました。

アイヌのカミサマ、オキクルミが天界より降り立ちアイヌに生活の知恵を伝えたというアイヌにとっての聖地です。 長らくアイヌの生活空間(イオル)調査に入っている三木さんですから、伝承される地形風景の意味合いにも詳しくて、なかなか楽しいフィールドワークとなりました。

精神文化性としての私の感覚は多少なりとも先住民と共感性は高い方であるとは自認してはいますが・・、オキクルミが作ったという居城・チャシが屏風のように険しく小高い山にあったという風景を目の前にすると、どうも私の時間的・空間的視野の外側にあって、わかりにくい・・・。 やはり和人なのか、天照大御神が隠れた石戸であるほうが、ナアルホドォと感嘆しやすいなあと思ってしまうのでした・・・。

しかし、そこに自然体験型環境教育が目指す教育的理念・目標である「空間的・時間的視野の拡大」を目指すにもってこいのフィールドでもあるなあとも思った次第です。

木工や刺繍のアイヌ工芸においては、それらを担う職人的な人物も白老よりはずっとたくさんいらっしゃることも今回は実感できました。

ここらが、今回お話させて頂く切り口となるかなあ・・・。

21世紀アイヌ文化の森・学際シンポジウム兼プロジェクト会議

2020年2月21日 16:00-   22日 -17:30

場所 平取町 っふれあいセンター  です。

PS トップ写真は、いちど訪れてみたかった平取のお宿・くまさんそう。 気心の知れた親戚のうちに来たようで、とても居心地が良かったです。

 

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