ハムシー(と私には聞えた)高校には、周辺34のポー族の集落から生徒達が寄宿しながら通っている。訪問時はちょうど試験休みで高校生には会えなかったが、寄宿舎を見学した。 上記写真をご覧ください・・・。 寮と言っても、見事に風通しのいい小屋です。ここに寝泊りをしているのです。下の写真は、炊事場です。
村人達は、自分の子どもが学校に行っていなくても、全ての家が寄付をし自治組織で寮は運営されています。民族の子どもに教育を受けさせようという共同意識がとても強いようでした。しかし・・・、環境はあまりにも劣悪・・・。といっても彼等にも比べるものがないな。民家と比べても、大きいだけで構造は大差ないし・・。
ここに日本からの援助があり地球市民の会も関わり、新たな寄宿舎が建設中でした。床や壁はしっかりした物になりますが、部屋は大部屋の雑魚寝状態であることは変わりがないようです。
初日に訪れたタンボジー研修センターに寄宿する高校生達を思わずにはいられません。将来何になりたいか? と聞くと・・、
「村に帰って農業リーダー」「医者」「先生」「技術者」・・・目標は明確で彼等の目は輝いていました。しかし、その道もとても遠く厳しいものかもしれません。それでも、彼等は大きな希望を持っていると、感じました。だからでしょう。 一人一人の表情を結構克明に覚えています。
日本の社会情勢やシステムとは全く異なる世界ですから、日本の高校生や若者と比べても、所詮仕方がないことですが・・・、私達から見れば、困難・貧困な状況にあっても、「勉強したい」と強く思い、機会を探している子ども達が大勢いることを、「勉強する機会」に恵まれすぎている日本の子どもは知って欲しい。知るべきだと感じました。
この旅に同行した高校1年生がいました。そして、同年代のミャンマーの若者達に出会いました。彼はミャンマーの高校生に「将来、何になりたいか?」と聞かれて、言葉に窮していました。
日本の若者には、致し方ないことでしょう。進路が余りにも精密に線路立てられているので、自分にできるか、できないかを 自他共に簡単に決めてしまうような社会なのですから・・。 人生の未来を描きにくくなっている日本。
しかし、彼には私以上に消化仕切れない異国の情報が全身全霊に注ぎ込まれたことでしょう。 これは、彼の将来にとって大いに意味がある出来事になるであろうことは容易に想像がつきます。
日本の若者は、アジアをもっと旅して、アジアの人達と触れ合う必要を感じます。私達は、同じモンゴロイドなんですから!!