探しているものがあります。
ヒンズーの神様のガルーダ様。 サルとワシの合体したようなお姿をしている神様です。 ゾウの神様、ガネーシャ様の高さ5cmほどの仏像をもっているのですが、それと同じ大きさのものが欲しいのです。 札幌のアジアンショップに行って探しているのですが、たまにみつけても大きなサイズなのです。ネパールのバザールを巡ってもいつもみつけることができない・・。
来週からネパールに行くので、また探そうと思っています。
探しているものがあります。
ヒンズーの神様のガルーダ様。 サルとワシの合体したようなお姿をしている神様です。 ゾウの神様、ガネーシャ様の高さ5cmほどの仏像をもっているのですが、それと同じ大きさのものが欲しいのです。 札幌のアジアンショップに行って探しているのですが、たまにみつけても大きなサイズなのです。ネパールのバザールを巡ってもいつもみつけることができない・・。
来週からネパールに行くので、また探そうと思っています。
このブログを書こうとしたら、写真の道具の名前がとっさに思い出せなくて、心配された朝でした。MRKさんに「四文字!」とのヒントをもらってもわからずにさらに「最初がリ!」で思い出しました。 思い出せるうちは心配はいらないとのことらしいが、いかんなあー・・・。
さて、このリモコンとテレビ側に差し込まれた器具でテレビでアマゾンプライム映画やYoutubeも見られるのですが、どうも私は使い方がわからないのでもっぱらカミさんがかけるYoutubeで藤井風を一日に一度は観ています。ネパールに行く予定ができたので、試しにYoutube検索をすると、たくさんのカトマンズやポカラの街歩きが出てきました。いやはや便利な世の中になったもんだ。私がネパールのポカラに初めて行ったのは数えてみれば48年も前、やや半世紀も昔のことでした。画像で観るポカラの街並みはリゾート地の繁華街のようになっていて、びっくりしました。
ところで、リモコンは長女が昨年にプレゼント設置してくれたのですが、そのせいなのか、そうじゃあないのか、アマゾンプライムでの映画は私のパソコンでも無料で観れます。同期したサービスなんだろか???
わからんことが増えてきたなあ・・。IT機器にそろそろついてゆけなくなったな。
源平合戦は蝦夷地にはありませんでしたが・・・、
北海道に和人が定住し始めたのは明治以降のように私達は刷り込まれていませんか? 実は平安初期かな? 征夷代将軍阿倍比羅夫は北辺境にする夷人を討つために来道していた記録が日本書紀にあり、平安末期にも北海道には和人が定住し始めていたようです。
で、ここからは与太話・・。
平清盛が天下の栄華を誇っていたころ、北の地も我が地に治めようと、先遣隊を派遣したことがありました。西日本が根城の平氏は、北国というものを知らずにその進軍を冬に行ってしまいました。今の函館に上陸し、蝦夷(えみし)と闘いながら北上をし、黒松内に到達しました。斥候をだしてその先を遠望すると、なんと源氏の白旗が無数にあがっているではありませんか!! その数、数千本。
すでに蝦夷達は源氏を味方につけて待ち受けていたのかと勘違いをし、ついには本州に引き上げたのでした・・とさ。
それは、実は木々に付着した雪だったのです。
ちゃんちゃん・・。
ところで、源氏は白旗に赤い丸が旗印だったそうです。 つまり、今の日の丸の元祖らしいです。
全国ニュースではあちこちの大雪を10年に一度の災害のように報じていますね。当地、黒松内は今のところは例年よりは積雪が少ない様子ですが、一度に降ると、自前の除雪機では埋まってスタックしてしまい、掘り出して救出するのにひと苦労します。
大雪が予想されるときは、降雪中でも除雪出動しないと、かえって疲れてしまうなあ・・・。
黒松内町を太平洋側から日本海へと縦断(いや横断かな)する朱太川は実は鮎が釣れます。 全国鮎の香味コンテストという大会があって、朱太川の鮎はグランプリと準グランプリと二度も獲得しています。
日本の各地のアユ釣りの川は、琵琶湖から持ってきて放流する河川が多いのですが、ここ黒松内産の鮎は、朱太川漁協が夏の終わりの産卵時期に鮎を捕まえて養魚場(実は自然学校の裏手の支流にあります)孵化させて放流させています。つまり地元産の鮎を育てているというかなり稀な天然物なのです。7月からの鮎釣り解禁後は全国から釣り人が来ますが、残念ながら町内でいつも鮎を出している飲食店はありません。川自体が大河ではないので、鮎の生息数はさほど多くはなく、釣り人が釣った鮎を買い取る仕組みを作ってしまうと資源の枯渇が心配されるからです。
であっても旨い鮎の産物を開発しようと地元観光協会、漁協と商店が協力して、鮎の燗酒を商品化しています。 今日はそのNHKが自然学校のキッチンで鮎を焼いてから燗酒にする様子を取材しに来ました。
残念ながら・・、アタシは賞味はできませんでした。ちょっと覗きにいって、途中で帰ってしまったからなあ・・。
燗酒用鮎は真空パックで町内の田中商店で販売している模様です。
長男の連れ合いネパール人のLDKさんの弟君LDR君が結婚することになりました。 彼からメールが私に来て、Dear Father, You must come と、must 助動詞付の招待でした。(招待と言っても自費渡航ではありますが・・)
ネパール人はとても一族意識が強い人々です。 私は彼の姉の義理の父親(Father in law)なのですが、彼にとっても私は義理の父親なのです。 LDKさんと息子の結婚式はヒンズー式でカトマンズで挙げて、私達夫婦と長女、私の弟夫婦と参加しました。ネパール人は自分の叔父や叔母に当たる人もFather,Mother、いとこも英語でsister,brotherと呼び、私達に紹介します。私は彼女の叔父さんを実の父親としばらく勘違いをしていたくらいでした。 そして、誰がどのような関係名のがわからないままに大勢のネパールの親戚ができたのでした(冒頭の写真)。 Dear Fatherと招待されては、日本の父母としてはゆかないわけにはいかないだろうっと、エイやっとネパールに来月再訪することを決めました。
ネパールの結婚式は、新郎側の家が仕切るらしいのですが、うちの長男の時はネパールの仕来りで私達はできないので、新婦側にお任せでした。ちょうどネパールの国民的だか宗教的な祝日と重なり、寺院で挙式したのですが、ちょっと規模も小さかったらしいです。それでもいろいろな儀式があって興味津々でした。しかし、その個々の儀式の意味がわかりませんでした。今回は通訳のLDKさんが、いるのでそれぞれの儀式が何をしているのか教えてもらえるので、それも楽しみにしています。
前回はネパールの直行便が(無かった?)合わなかったので、行きも帰りもバンコック経由でしたが、今回は成田からの直行便があり、思ったよりもお高くなかったので直行予約をしました。LDKさんは先にゆくらしいので、MRKさんとふたりで成田前泊でチコさんにお手伝いしてもらい予約をいれました。 私としては、学生時代や山岳ガイド時代にも行っているので、今回は4度目になります。
前回は、ヒマラヤを遠望できるカトマンズ郊外の高台のホテルにも泊まりましたが、あれがエベレストと言われてもあまりにも小さかったし、遊覧ヘリコプターでランタン谷の村にも着陸したけれど、これも思ったほど大きな山は見れなかったので、今回はネパール第二の町、ポカラまで足を延ばそうかと思っています。ここなら7000m位あるマチャプチャレという山が目の前で見れるはずだから・・・。
私が訪ねた頃のポカラは道路も舗装されてなくて砂埃が舞い、さほど観光地化されていない田舎町でした。でも、その様子は鮮明に記憶しています。先日ちょうどポカラ旅を紹介しているテレビ番組を見る機会があったのですが、今や道路は舗装されてお洒落なお店が連なっているのを知って、驚いた。 そりゃあ、そうだよなあ、ポカラを訪ねたのは二十歳の頃だから、なんともう50年も昔だったんだよなあ・・。 (首都カトマンズのタメルの街並みはさほど変わってないけどな・・・)
ポカラへはカトマンズから飛行機で1時間ほどですが、つい最近に墜落したイエティ航空なんだなあ・・。学生の時は舗装されていない山岳道路をオンボロバスで1日かかりで移動しましたが、今は道路も良くなって、デラックスなバスだか大型タクシーもあるらしいので陸路にするか思案中です。 あっちに行ってから考えよう。どうせ想像以下の快適さだろうと覚悟してね・・・。
我輩は喫煙者である。 今は1日ひと箱20本ほどたしなんでおります。
社会体育の専門学校の教壇に立っていた時に私は「健康ビジネス概論」なる名の講義を担当していました。スポーツジムの経営などもたいした専門知識もないのに適当にやっていましたが、エイズ、喫煙など健康に関わる問題も自分で勉強しながら講義担当をしていました。その頃は、社会もまだ禁煙副流煙害なんてことはまだ厳しくはなくて、職員室でもスタッフはパカパカと煙草を吸っておりました。
19歳前後の学生を相手でかつ健康運動をすすめる人材ですから、当然に喫煙の害なども話するわけです。にもかかわらず先生が喫煙者ではシャレにならないので、ある日、講義の中で学生を目の前にして「禁煙・断煙」を宣言したのでした。30代中半頃だったかな。学生の手前宣言したもんですから、頑張りましたね。その後、なんとまるまる10年間禁煙をしました。(なんの自慢にもなりませんがね・・・) その頃を知っている人は、今の私をみるとお、「高木さん、煙草を吸うんですか!」と驚かれることもあります。環境教育を旗印に仕事をしてきた私です。煙草の煙と臭いは本人はわからないが、周りに迷惑を掛けているということで、「非喫煙者」は、私達の業界では当たり前で、象徴的な行動様式なので、絶滅危惧種なわけです。
その後も、入院したときなど、1か月単位で止めたこともありましたが、今は再び喫煙者であります。
身体具合はいつも不調というか、パッとしない、それが普通の状態の毎日なのですが、いつも止めようとは思ってはいるのですがね・・、そして、その不調の原因のひとつは、喫煙だということも知っている(体感はしている)のです。
先週、余興というか、気まぐれで煙草をきらしたまま3日間の断煙をしました。すると、明らかに体に感じている倦怠感が減少するのですね。4日目に買って飲むと、クラリとしました。
やはり、煙草は身体によくないね・・・と、どーしよーもない はなし でした・・。
せっかくお読みいただいたのに、くだらない話しで「すいません」・・・。