都市への人口集中、地方の過疎化は大きな社会問題であろう・・。しかし、AI化がどんどん進んでゆくと、都会で働き口がなくなるんじゃあなかろうか・・、そして、自然と人は都会から地方への移動が起こるかもしれない・・。 そのくらいのスパンでコロナ後の社会を考えていいのかもしれないなあ・・。 その時、知の集積が地方にない・・。 もう50年くらい前になるのだろうか、地方県庁所在地に次々と国立大学が創設され「駅弁大学」なんて言われた時代があった。そして、それに続き、首都圏や関西圏にある私立大学も地方にキャンパスを増やしていった・・。それでも都会への大学進学の勢いは止まらず、今や地方大学は撤退する箇所も多い・・・。
しかし、AI社会になり、インターネットの仕組みが、どんどんと発展してゆくと、都市はいったいどうなってゆくのだろうか。新型コロナだけでなく、自然界のつながりシステムが壊れた人間社会に脅威をもたらす感染症は再び生じる感染症社会になってくるかもしれない。 また、巨大地震への不安は拭えない・・、地球サイズの地殻変動など人間が防ぐことはできやしない・・・。 いずれ、しぜんと都市から田舎への人口移動が起こるやもしれぬ・・。 であると、高等教育機関は地方にあったほうがいい・・。が、また改めて巨大投資をする必要もないだろう。 インターネット社会での学びは、座学とリアルな地域社会体験によってなされる時代がくるはずだ。 そんなことにも思いを馳せながら、地域側に拠点がある大学を作ろうという動きがあります。大学と言っても文科省の設置基準に合わせたものでなくていい。 もっと市民大学、オルタナティブな大学・・・。
そんな 夢の議論をしています・・。