2010.1.31(日)曇
「黄金と百足 鉱山民俗学への道」若尾五雄著 人文書院発行2060円、古書で1,400円で購入。
自転車旅行で佐渡を旅したのが2006年8月28日から31日、佐和田に逗留して金山に通った。博物館や資料館など通い詰めていろんなことを見知ったが、佐渡を離れてひとつ聞き忘れたことがあったことを思い出した。それは佐渡金山の守り神が毘沙門天でその使いである百足を尊び、鉱山では絶対に百足を殺さないと言うことだった。なんで百足なのか、聞き忘れてずっと気になっていたのである。その後ネットで調べたりすると、百足は坑道を表しているという結果だったが、実はどうも納得がいかない理由であった。 本書では百足について総てが書かれているのではなくて、第一章 百足と鉱山技術、第二章 佐渡の百足の二章が百足についての記述である。
左:多門院の土蔵の扉 右:道遊の割戸
百足は鉱山における道具や設備にその名が使われ、鉱石なども白百足とか赤百足とか呼ばれ、鉱山に関連する地名などにも使われていて、鉱山と因縁があるのは確かなようである。検証の結果、百足=鉱脈という結論に至っているのだが、わたしとしては少し?が残る感じだ。
著者の若尾氏は産婦人科のお医者さんだが、その論説は他の学者や研究者とは全然違う。自らも我田引水を名乗り、強引な論法が多い。例えば百足や鉱山に関する伝説に登場する炭焼藤太、田原藤太、芋掘藤太の藤太は、採鉱=選鉱=淘汰であり、藤太=淘汰とされている。これってにわかに納得でき無い論理だと思うのだけれど。わたしは言語学者ではないので解らないのだが、淘汰という言葉が果たして伝説を生み出す時代に、庶民の間に使用されていたとは思えないのである。こんなふうで、えっと言うような引用があり、信憑性に欠ける。本文は「泉州情報」というミニコミ紙に連載されたものを編集、製本されたものだが、その編集者の森栗茂一氏が解説で、「その内容は、重複し、ときに意味不明であり、誤植も多く、引用も不明確なものが少なくない」と述べておられる。そのとおり、本人は解っているんだろうが、読者には理解のしようがない文章がいくつかある。そんなこんなで、当初はこの本に不満を持って読んでいたが、読み進めるにつれて、若尾氏のフィールドワークの精力的なこと、年代的に見て金属文化としての民俗学の開拓者であることなど受容する部分が多々あることに気付いてきた。
学説の総てが真実ではないけれども、多くの説の中から真実を見つけ出す楽しみが見いだせるような本である。
今日のじょん:2011じょんカレンダー、一月候補決定
本当は初詣の写真にしたいのだけど、ろくな写真が無くて、同じ元旦の躍動的でアンバランスなこの写真がお気に入り。