2011.7.10(日)晴
大原に着くと左手に休憩所がある。何度も何度もこの地を通り、その時々の様々な想いが残っている。産屋に目をやると、日本一周自転車旅行に行く前の、嵐と自転車のトラブルに打ちひしがれていた時のことを思い出す。そしてその翌年、同じ道を日本一周をやり遂げて最後のバイクランをしたのもこの道なのである。いつもこの高みから産屋を眺めていた。今日はじっくり産屋の処まで降りて眺めてみよう。休憩所から歩いて5分もかからない場所なのに何でそこに行くことがなかったのだろう。
産屋と案内板。
産屋は単純な作りである。茅葺き、切り妻の建物に入口にぶら下がった鎌、中には御幣と産後の埋め場があり、屋根から力綱が垂れている。実際の場では御幣は無かったのではないかと思うが、このみすぼらしい産屋に十二把の藁をもって籠もった母となる女性に畏怖感を憶える。真っ暗で心細いこの藁屋の中で彼女たちは何を思っただろう。その間父となる男は母屋でどのような気持で過ごしたのだろう。
完全看護でなんの貢献も出来ない、いわば出産とは直接的には無縁の空間を過ごす現在の男も同じような境遇かもしれない。女はその間の孤独感と不安感、恐怖感と不条理感とを耐え抜いて、もう男にはとてもおよびもつかない強い力を得て、男達のか弱い、虚勢ばかりの世界を超越して生きているのではないかとこの産屋は思わせるのである。
【作業日誌 7/10】
看板焼き印押し
ゴーヤネット張り
あとはニス塗り。
今日のじょん:夕方の散歩が終わって一時間余り、じょんは玄関で待っていることとなる。涼しい時期は気持ちの良い芝生広場で待っているのだが、暑い時期はこの場所が一番いいのだ。ダニは居ないし、蚊取り線香は炊いてあるし、谷からの涼しい風が来る場所なのだ。ところが本人、いや本犬は放って置かれるのが嫌なみたいで、しゃー無いから目に付くところで作業することにしている。