晴徨雨読

晴れた日は自転車で彷徨い、雨の日は本を読む。こんな旅をしたときに始めたブログです。

AKB 続・胡麻 7/16

2011-07-17 | 上林界隈(AKB)

2011.7.16(土)快晴

 胡麻というところに閉塞感を感じるのは、今が自動車中心の交通形態であるからで、徒歩の時代には京街道が通っていたし、鉄道の時代には舞鶴線(現山陰線)が敷設され通行の盛んな地域であったと思われる。綾部から胡麻に行くには、下山から細い道を辿るのだが、下山バイパスが出来て少し短縮されることになった。胡麻に近づいたところに水別れの道という看板が立っている。道を挟んで日本海側(由良川水系)太平洋側(大堰川水系)ということのようだ。分水界というのは日本のどこでも割合しっかり分かれているものだが、丹波地方は標高が低いためか複雑に入り組んでおり、随分移動もしているのである。胡麻の附近は分水界が何度も移動し、畑川などは大堰川水系になったり由良川水系になったりしている。(現在は由良川水系)Img_3293

胡麻には川らしい川はないが、太古にはこのような地形を作る水流があったのだ。(丸山)


 実はその由良川もかつては瀬戸内海にそそいでいたという、最も数万年前の話だが、、、。丹波高原というのはそういうところなのだろう。
 今回の目的は南丹市図書館の日吉図書室と言うところへ胡麻に関する資料を探しに行くことである。明治鍼灸大の下の生涯学習センターというところにあった。図書室というから貧相な施設かと思ったら、立派な設備で蔵書も豊富である。探している資料も親切に案内してくれて大変満足な図書館であった。胡麻地名のこと、鋳物師のこと、マンガン鉱のことなど充分調べて図書館を後にする。Img_3292

一階の広いスペースが図書館。綾部から見るとうらやましい。


 新町周辺や木住周辺をめぐってみたいのだが、時間がないので、胡麻駅の南にある丸山を見に行って帰ることにする。この丸山は名のとおり丸い山なんだが、その丸さは測ったような丸さである。地形図で見ると、上林の志古田や弓削の繞谷丘陵地形と同様のものらしい。上林川のように顕著な流れを持つ河川ではないが、あれだけの地形を作り出す水流と言うものは凄い力を持つものと思うが、やはりその主役は数十万年という長い時間の経過であろう。これだけ顕著な円形なら神社や墓地、あるいは古墳などあってもおかしくないのだが、地図上にはそれらしいものを見かけられない。西側、南側は車でも簡単に行けるので車を駐めて、人が居たら聞いてみようと思ったがこれまた歩いているような人は居ない。次回訪問時は歩いて登ってみよう。Img_3296
 
丸山南面、千木の乗った茅葺き屋根は珍しい。


 帰り道、京丹波町に入った少しの所に春日神社の鳥居がある。自動車道が整備されていて参道は荒れているが、由緒書きを見ているとここも丸山であった。山頂に神社があるそうだが、次回は訪れてみよう。明智光秀が勧請したとあるが、この道が重要な京街道だったのだろうか。Img_3298Img_3297_2

下山の春日神社の参道と由来の看板、この山も丸山である。

 
 27号線に戻るとあと二箇所の丸山を訪ねる予定だったが、時間が無くて次回にゆずることにする。

 

【作業日誌 7/16】
じょんのび看板完成

今日のじょん:14日の今日じょんが消えてしまったので、改めて14日号を掲載する。
今年の虫の多さは異常である。特にマダニの被害が多いようで、遂に発熱などの症状がきつくて病院に担ぎ込まれたなんてのも聞くようになった。下肢から腹部は咬傷痕だらけで、悲惨な状況となっている。じょんはフロントラインのお陰でダニ被害は無いようだが、蚊やブヨの被害は人以上である。機嫌良く寝ているかと思ったら急に飛び起きてカイカイを始める。キンカン塗ってやるわけに行かず困ったものだ。Img_3284  
カイ~ノ。

コメント (2)
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