2011.7.11(月)晴
いさん過多たって胃酸過多のことではない、世界遺産過多のことである。今年平泉と小笠原諸島が登録された。2006年自転車旅行の際、平泉は中尊寺の門前であまりの人の多さにきびすを返し、毛越寺(もうつうじ)のユースホステルは行事があるとのことで宿泊を断られた。小笠原も行きたかったのだが、東京まで行かないと船に乗れないので断念した。その時は横浜に宿泊しており、自転車で東京まで行く気がしなかったのだ。それほど首都圏の自転車交通事情は悲惨であった。毛越寺のユースホステルは翌年に閉鎖されたし、小笠原ももう人が多くなって行く気がしない。あのとき無理をしてでも行っておけばよかったと思うのだが、後の祭りである。
中尊寺界隈は超満員、毛越寺にも泊まれず一関まで走る。
(2006.10.21)
1993年に白神山地が世界遺産に登録されたときは感激ものであった。林道を建設し、原生林を破壊する乱開発がこれでストップされると思ったからだ。その後どんどん登録され、国内で16ヶ所となっている。これって遺産過多じゃないの。
登録されたところのほとんどを訪れているが、地元にとっては文化や自然を保護して残すということよりも、観光資源として名が売れるということの方が重要視されているようで、あまりいい気はしない。確かに今まで関心のある人だけが訪れていた所も観光バスが列をなすようになり、その地の文化や遺跡にはなんの関心もなく、おみやげの饅頭や煎餅にのみ夢中になっている観光客が増えている。観光客の側も世界遺産というパンフレットに踊らされて安いパック旅行に行くのではなく、そろそろ自分の意志で求めるものを探すという旅を始めたらどうかとも思うのだ。
世界遺産で最も印象深いのは石見銀山である。自転車旅行中、丁度ユネスコの審査中で町はピリピリしていた。町中の家々が茶色く塗装して、郵便局もお土産物やさんも妙にレトロな雰囲気を出して、「鶴瓶の家族に乾杯」に出てくるおばちゃんが妙に厚化粧だったりするのと似ているような嫌な雰囲気だった。
郵便局。
街並みをはずれると誰もいなくて、何百という間歩のある山中を一人で彷徨できたのは本当に貴重な体験であった。世界遺産に登録されてあの薄気味悪い鉱山の跡にも今や旗を持った旅行会社のガイドに先導されて亡者のような観光客が列をなしているだろうと想像したらぞっとするのである。
佐毘売山神社から石銀集落、そしてシルバーバレイ本谷まで誰一人いなくて、気味悪いぐらいの石見銀山であった。(2007.4.19)
ただ、その後の新聞記事で間歩(坑道)が新たに20ヶ所発見されたり、佐毘売山(さひめやま)神社から銀山最大の鉱石(約120Kg)が発見されたりとか報道されている。世界遺産に登録されたがためのプラスの面だろう。
【作業日誌 7/11】
トマト防鳥ネット張り
看板肉球のポイント張り
今日のじょん:暑さのために四ヶ所の居場所を一日中ワープしている。滞在時間が一番多いのはおとーの横、次が冷蔵庫の前、そして洗面所、一番少ないのが自分のサークルである。涼しさと必ずしも比例していないのが面白い。
ここも必ずしも涼しいとは思えないのだが、、、、。