『建国記念の日』が今年もやってくる。日本人の曖昧さを表すのに最も適した例だと思うのは私だけだろうか。私は別に左翼でもキリスト教関係でもないが、この祝日には以前から不思議さを感じる。
第二次世界大戦以前は1872年の太政官布告により旧暦1月1日にあたる1月29日を『紀元節』として祝日とした。なぜ旧暦1月1日が選ばれた理由は日本神話の登場人物であり、古事記や日本書紀で初代天皇とされる神武天皇の即位日が1月1日であったとされるからである。
さらに翌年の1873年に太政官布告により2月11日に改められ、1874年から適用された。しかし、戦後はGHQの圧力で1948年から宮中行事は中止され、祝日に関する法律廃止に伴い、紀元節もなくなった。とはいえ1950年代には既に『建国記念日復活の運動』が始まり、1967年の祝日法の改正で国民の祝日に加えられた。
(絵画館前近くにある建国記念文庫)
不思議なことに他の祝日は祝日法で日付まで規定されているが、建国記念の日のみ政令で定めるとなっていた。というのは日付を定めるにあたり色々と議論があった。このため、建国日制定員会なるものを立ち上げ、1966年に答申を得て日付を決めた。さらに当時の佐藤内閣では元の法律にあった趣旨『建国をしのび、国を愛する心を養う』に加えて建国された事象そのものを記念する日であるとも解釈できるように『の』を加えたとされる。
まずは『の』を加えたことも趣旨を曖昧にしているし、2月11日自体も根拠がない。というのは例えば2023年の旧暦1月1日は1月22日であり、20日も前になる。明治初期は太陽暦導入で新暦と旧暦の差があったとしても旧正月が2月にずれ込むこと自体が不可解である。
世界各国には建国の日、独立記念日、解放記念日など名称は異なるが、明らかに根拠がはっきりしている。韓国は日本がポツダム宣言を受諾した8月15日が光復節となっているし、中国は1949年10月1日に毛沢東が天安門で新中国の建国宣言をした日が国慶節となっている。アメリカは1776年7月4日に大陸会議で独立宣言に署名された日が独立記念日となっている。
なぜ建国記念日が日本だけが神話の人物の即位日という明確ではない根拠によるもので、それを踏襲しているに過ぎないこと、また、もしそうだとしても旧暦の1月1日のはずだが、なぜか2月11日、これに疑問すら持たないのはやはり曖昧が好きなお国柄によるものなのだろうか。