hokutoのきまぐれ散歩

ブログも12年目、4000日に到達。ネタ探しはきついけどまだまだ毎日更新を続けるつもりです。

鴨屋そば春〜日吉ランチグルメ

2025-02-28 05:00:00 | グルメ
日吉駅で降りて坂巡りをする前に東横線沿いのサンロードを少し歩き、蕎麦屋さんに入る。名前は『鴨屋 そば香』、おしゃれな店構えの日本蕎麦の店である。

私が学生だった、と言っても日吉に通ったのは45年以上も昔のことだが、この通りは店があまりなかった。左に少し曲がったあたりに地元の人がよくくるこじんまりとした『パンダ』という喫茶店があり、ピザトーストやミートソースなどを食べたが、もちろん店はもうない。



店に入るとフロア担当の女性がお好きな席にお座りくださいと言われて2人席に座る。入口にもあったのだが、小丼とそばのセットが1100円とお得なようである。



店名にもある鴨南蛮そばや鴨付けせいろもあるが、鴨肉はスモークしてあるようなので『かけそば+天丼』のセットにする。

店は開店4周年とあり、モダンな雰囲気で学生さんもちらほら。メインはサラリーマンのようである。メニューをめくるとお酒も爾今や雪の茅舎など結構揃っていて、そば前まで充実していて夜も面白そうである。

1時を少し回っていたこともあり、私を含め4組、しかしまだ新たなお客さんも来店。やはりランチセットが人気がある。私の注文を通すとすぐに天ぷらを揚げる音がした。

待つこと7分、小丼という割には大きめな天丼、かけそば、胡瓜の漬物が到着した。まずは七味唐辛子を振って蕎麦から頂く。かけそばには縦に包丁を入れたネギ、三つ葉が乗っている。

ネギは切り方によりまるで味も食感も変わると先月のdancyuにあったが、温かい蕎麦にはこの切り方がベスト。シャキシャキした歯応えがして、二八蕎麦と頂くと実に美味い。ちゃんとコシもある。



麺を食べ終わり、天丼に移る。ご飯の上にはかぼちゃ、さつまいも、茄子、海老天が乗せられている。まずはかぼちゃ、薄めにスライスしてあまり衣を付けずに食感が楽しめる。

かぼちゃもさつまいもも火を通すと甘みが際立つ。海老天はやはり天丼の主役、ご飯が進む。あっという間に完食した。

蕎麦のツユをゆっくり頂き、そば茶を飲んで満腹となりました。ご馳走さまでした。お店の方も感じがよく、清潔感の漂う良店である。

鴨屋そば香
横浜市港北区日吉2ー1ー5
0456248837

『東海七福神と旧東海道を巡る』⑥終

2025-02-27 05:00:00 | 宿場町
『東海七福神と旧東海道を巡る』⑥終。再び旧東海道に戻る。ここ辺りの旧東海道はマンションの前の普通の道となり、ひたすら前に歩く。国道15号線と合流する手前、右側に鈴ヶ森刑場跡が現れた。



以前に南千住駅そばの小塚原刑場跡を訪れたこともあるが、かつては磔刑・火炙り・獄門なども行われていたため、お寺になった今も近寄りがたい雰囲気があった。

刑場が作られたのは小塚原と同じ1651年のことで間口40間、奥行9間とかなり広く、1871年に閉鎖されるまでに10万人とも20万人とも言われる罪人が処刑された。

(小塚原回向院)



(刑場跡)

最初に処刑されたのが慶安の変の首謀者丸橋忠弥。ほかに天一坊や八百屋お七などもこの刑場である。



遺跡は色々とあるが、磔台と火炎台。火炎台には真ん中の丸い穴に鉄柱を建て、罪人を縛りつけて足元に薪を置き、生きたまま焼き殺した。磔台の方は角材を台に建て、罪人を縛りつけて下から槍で刺殺したのだという。この丸い穴と四角い穴が開いた石が残されていて、実にリアルである。



ほかにも首洗いの井戸などかなりリアルな遺跡があり、思わず手を合わせてしまう。都指定文化財となっている。

東海七福神7番目の弁財天が祀られている磐井神社は第一京浜を歩道橋で渡り、大森海岸駅前を通過、さらに歩道橋で反対側に渡ると右手に幟が見える。



磐井神社の由来は1400年前の敏達天皇まで遡る。延喜式神社であり、江戸時代には鈴ヶ森八幡宮と呼ばれた。



境内前には磐井の井戸があり、江戸時代に東海道を通る旅人の喉を潤した。



旧東海道を通りながら東海七福神を完歩したが、途中川巡りをしたこともあり、6kmほどの行程である。

七福神の各社の位置が品川に近い方はすぐそばにあるが、だんだん遠くなり、磐井神社はかなり離れていた。








ヤマト〜人形町グルメ

2025-02-26 05:00:00 | グルメ
寒い日には囲炉裏を囲んで一杯行きたいものであるが、秋田や仙台ならばともかく、東京ではあまり見かけない。しかし、Mくんがピッタリなお店を発掘してくれた。

とはいえ、2014年に私は行ったことがあるのだが、なぜか今まで気づかなかった。場所は人形町駅から金座通りをまっすぐ久松警察の手前を左に曲がったあたりにある。店の名前は『ヤマト』、山形の下にカタカナのトを書く屋号からこの名前となったらしい。



店に入ると大きな囲炉裏が2台、周りに席が作られていて10人以上座れる。囲炉裏では炭が燃えていて微かに温かく感じる。



3人揃ったところでビールで乾杯。前が暖かいからかビールが美味い。まずはお通し、クレソンのお浸しとつぶ貝の煮物。しっかりと味がついていて美味い。



名物の『細い大根』をお願いする。サラダ感覚で葉っぱの付いた細い大根、青ネギ、キャベツが皿に乗り、茶色の肉味噌が添えてある。味噌を付けながら野菜を食べるのだが、この肉味噌が美味い。大根の葉がこんなに美味いかと再確認してしまったほどである。

刺身の盛り合わせは大きな皿に盛って出てくる。本日は分厚く切った寒鰤、栄螺、烏賊、馬刺し。醤油は2種類、普通の醤油とニンニクを漬けた醤油。後者は生姜を加えて馬刺しに付けて頂く。まずは寒鰤、見事な厚切り、私は醤油でなく塩で頂くが口の中に広がる脂、何とも言えない食感、大満足な味。

ここは竹酒をお願いして馬刺しをにんにく醤油と生姜共に頂いた。

大きな蛤が3つ、焼き網の上に載せてじっくりと焼いていく。焼けるのを待つのもご馳走である。店のお姉さんが蝶番と貝柱をうまく切り、開いてお酒を掛ける。



じっくり焼けたところで手元の皿に移してもらい、ガブリといく。もちろんかなり熱いが、旨みの塊のような身は弾力があり、食べ応え満点。最後は皿に溢れた知るまで飲み干した。



竹酒もなくなり、やまとしずく(秋田県)純米吟醸を頂く。すっきりした中に甘みと酸のあるバランスのいい味。お姉さんによるもこの蔵元とお店とは同じ屋号のため、古くからお付き合いがあるとのこと。



蛤に続いて登場したのがトラフグ、七味焼きにしてもらう。筒切りにした身の部分とアラの部分を分けて焼く。味の方は改めて言うまでもないが、もちろん美味い。唐揚げもいいが、七味を振って囲炉裏で焼くとこんなに旨みが出るものなのか。



もう一つの炭の上では網に岩塩の板を乗せて焼き始めている。よく熱せられたところで地鶏を乗せ、焼き始める。この焼け具合を見るのは、我々の方でやる。皮がカリッとした所で柚子胡椒を添えて食べるが、弾力がある。塩味もいい具合につくもので香ばしい。



鴨の朴葉焼きもじっくりと火台で焼き、皿に乗せて出される。この味噌が甘過ぎず、辛過ぎず、鴨の味を上手く出している。



先程も飲んだヤマトしずくの薄濁り(純米吟醸)を頂く。やや甘みが強いが、味噌とよく合う。朴葉を舐めたい衝動に駆られた。





焼き物は芽キャベツ、味付けうずら卵、椎茸、イカのゲソと続いて出される。酒ばかり進んでいけない、蕎麦猪口がすぐに空になる。



最後に七冠馬(島根県)を頂くが、旨みがある中にも飲みやすい。奥出雲で培われた美味い水で作られた酒である。



最後に桜エビを炊き込んだ土鍋ご飯、こちらも香ばしく、美味しくいただき、お茶を飲んで大団円。実に繊細で肉も魚も上手く調理されていた。焼き手のお姉さんも飛び回りながら、サービスよくしてもらい、大満足である。

東京で囲炉裏が恋しくなったらこのお店、ご馳走さまでした。

ヤマト
中央区日本橋富沢町16ー3
0336618010

羽根木公園のせたがや梅まつりに行く

2025-02-25 05:00:00 | 日記
羽根木公園に行く。我が家から井の頭線に乗って東松原駅で下車、しばらく商店街を歩く。細い通りながら昔ながらのお店も多く、美術商、表具屋など珍しい店もある。和菓子屋では美味そうな団子、思わず買ってしまう。



その先に公園の入口が現れる。入口付近にも梅が咲いている。付近に駐車場もあるが、満車のようである。



羽根木公園は『せたがや梅祭り』が開催中で紅梅280本、白梅390本、計670本の梅の木が植えられている。元はこの一帯は『六郎次』という野鍛冶が住んでいたと言われ、『六郎次山』と言われていたが、その後根津財閥の所有となり『根津山』となり、これを1956年に都立公園とした。その後1965年に世田谷区に移管され、1967年より梅の木の植樹が行なわれたもの。



中に入ると野球場やテニスコートがある。使っていなかったが、ここ数週間に雨らしい雨が降っていなかったため、風に土が巻き上げられ、埃っぽい。



その先には売店や子供たちの広場があり、これを右に曲がると梅林が広がる。休日の午後ということもあり、芝生に座り、梅見をしている人も多い。





梅林に入ると南斜面ということもあり、先ほどの梅より開花している。白加賀や八重寒紅、鶯宿、紅千鳥などの名札がついている。やや桃色に見える枝垂れ紅梅が目立っていた。

勾配を降りて行くと左右に梅の木が広がり、大きな白梅が目立つ。飛梅も太宰府から持ってこられたものも今が見頃である。





さらに白と紅の枝垂れ梅も美しい。中村汀女の『外にも出よ ふるるばかりの 春の月』という句碑もある。ただ、この句が詠まれたのが1946年なので羽根木公園の梅林はまだなかった頃に詠まれた句なのだが。

周りでは外国人の家族が写真を撮ったり、シニアカーに乗ったおばあさんが結構なスピードで坂を下ったり、色々なことに巡り合う。

売店を除くと梅ジャムや梅干しなど梅関連の食品は売っていたが、楽しみにしていたザラメのまぶされた『梅かりんとう』は売り切れていた。

先程きた道を戻って東松原駅経由で帰途についた。数日前に松庵梅林公園にも行ったが、羽根木公園の方が規模も大きく、賑わっていた。東京では確かに桜の名所は幾つも知っているが、梅が美しいのは神代植物公園くらいしか思い出せない。


1000円札でお釣りがくるランチ〜①浅草橋・はせ川

2025-02-24 05:00:00 | グルメ
物価上昇の勢いが止まらない。特に最近思うのはランチの値段の上昇、たいしたことない(?)メニューでも蕎麦・ラーメンを除くと1000円札でお釣りが貰えることが減った。例えば三越前の某定食屋さんでは1年の間に週替わりランチが1100円→1700円、といった具合である。

そこで1000円札でお釣りが貰えるランチ(チェーン店、蕎麦、うどん、ラーメンを除く)を探せと言う『リーズナブルランチ王』企画を行うことにした。


第1弾は浅草橋駅下車2分にある定食屋『はせ川』にお邪魔した。定食といっても主に揚げ物、トンカツ、メンチカツ、アジフライなどがメイン。ただ、焼き魚(この日は塩サバ)が1品だけある。メンチカツ・イカフライ・魚フライが650円、トンカツが900円、焼き魚が650円の安さである。さらに日替わり(この日はトンカツ)定食が600円である。


11時50分に店に入ったが、満席(といっても相席はなし)なので待つことにした。予め注文をフロア担当のおばあさんにお願いした。

食べ終わった2組が帰ったので席に着く。お世辞にも綺麗な店ではないが、こざっぱりしている。とにかく常連客が多く、久しぶりに来た人はおばあさんと懐かしそうに会話。次に来た2人連れには『今日も日替わり?でいい』と聞いている。

5分後にトンカツ定食到着。揚げたてのトンカツ、味噌汁、たっぷりのご飯、冷奴、黄色く丸い沢庵2枚、さらにふりかけも付いてくる。

調味料の入れ物も時代がかっている。ビニールで容器を凹ますと出てくるソース入れ、学校給食を思い出す。



トンカツに付ける辛子もついてきてたっぷり皿に取り、ソースを掛けたトンカツに付けて頂くが、揚げたてである。あまり肉が厚みはないが、かなり美味しい。



味噌汁には細かく切った豆腐とワカメが入っている。冷奴も味が変わっていい。
ご飯はもし次回来たらかなり少なめでいいが、申し訳ないのでふりかけを掛けて食べた。炊き立てのご飯も美味い。


贅沢さえ言わなければ十分美味しいトンカツ定食、900円のロースカツとどう違うのか聞きたいところである。どんどん混んできてもコロナの教訓なのか、絶対に相席にしないのである。残念(?)なのは喫煙可のところ。紙巻でなくても結構臭いがきつい。それはともかく、ご馳走さまでした。今流行りの後付けでない昭和レトロを楽しむにはいい店なのかもしれない。

はせ川
台東区浅草橋1ー10ー9
0330513418

『東京メトロスタンプラリー〜20年ありがとう』③

2025-02-23 05:00:00 | 鉄道
『鉄道シリーズ』その260。『東京メトロスタンプラリー〜20年ありがとう』③、豊洲駅から取り敢えず有楽町線を戻る。

まずは中心から外れた駅からと永田町駅で南北線に乗り換える。永田町駅は有楽町線・南北線・半蔵門線の3線に加え、赤坂見附駅と同一線扱いをするため、銀座線・丸の内線とも乗り換えられる交通の要衝となっている。


ただ、有楽町線・半蔵門線の乗換は楽だが、南北線に行くには動く歩道を乗り換えながら階段を降りるなどかなり遠い。



到着したのが高輪白金駅。都営地下鉄三田線との共用駅でコンコースも広い。改札口を出るとスタンプのところに人だかり、待っていたのは3人だったが、隣にマナーポスターが貼ってあったのは偶然なのだろうか。


スタンプの意匠は9000系車両、1991年11月の南北線開業に伴い共用を開始した車両でこの形が一次車と言われる。流線型のアルミボディーで正面は曲面ガラスを使用するなど、当時としては最先端の技術が使われている。試作車と一次車両は端の部分にクロスシートが配されていた。スタンプ台も路線カラー同様の青緑色が使われていた。


再び、南北線に乗り、王子駅の1つ手前の王子神谷駅で下車。ここはメトロ全駅スタンプの時に降りて以来下車するのは2回目、ただ小さな駅なのですぐにスタンプの場所はわかった。

スタンプには先程同様の9000系だが、2009年から増備された5次車である。前頭部が大きくデザイン変更されて、フロントガラスの下の部分の配色やスカートが付けられている。さらに2022年以降は2両増結して8両編成となり、増加するラッシュ時に対応した。

ここまでは東京メトロ一日券を駆使して回ってきたが、時間がなくなったこともあり、次の移動は王子駅までいき、JR京浜東北線に乗り換え一気に上野駅まで行く。

上野駅には銀座線と日比谷線が乗り入れているが、スタンプは日比谷線側。JR線で来たため、地下に降りて日比谷線改札口を目指すが、ホームに降りるエレベーターの横と難しかった。



スタンプは日比谷線13000系車両。同車両は日比谷線03系の置き換えとして2017年から共用を開始した。同じく日比谷線に乗り入れている東武鉄道も70000系を新造車として導入することになっていたが、開発段階から仕様の共通化を図ってきた。7両編成で一両の長さも20mと長くなり、車イスやベビーカーのスペースも取られている。

上野駅から銀座線に乗り、さらに赤坂見附駅で丸の内線に乗り換えて方南町駅へ。直通が来たのでのんびりと地下鉄の旅を楽しむ。とはいえ乗り換えが込みで40分地下鉄に乗る機会はそうはない。方南町駅はホームが伸びて進行方向に歩き、改札口を出てから1フロア上にスタンプはあった。



スタンプは丸の内線02系、1988年から運用開始した車両で一足早く導入された銀座線01系(1984年運用開始)に準拠している。当初は全体が赤い色で塗色されていた300、500系からの切替で違和感も感じたが、無塗装の上にスカーレットラインを引いたスッキリとした車両であった。



ここで地下鉄のスタンプラリー初日は終了、バスで西永福駅に出て帰途に着いた。(以下、次回)



会津坂下町の吟醸そばを頂く〜MIDDTTEにて

2025-02-22 05:00:00 | グルメ

久しぶりに日本橋にある福島県のアンテナショップ『MIDETTE』にお邪魔した。こちらでは奥のイートインスペースを使って福島県各地の名物を提供している。

ただ、今回は通常のように『喜多方市の〇〇屋のラーメン』『いわき市の××軒の肉丼』というお店ではなく、会津坂下町の吟醸蕎麦を地元観光物産協会主催で職人がそばを打つ手打ち蕎麦が食べられるイベントを発見、すぐに足を運んだ。

期間は2月6日・7日の2日間のみ、アンテナショップに入ると特設ブースで職人さんが蕎麦打ちの最中であった。

メニューは2種類、ざるそば(1000円)と鳥ごぼうそば(1200円)の2種類のみ。悩んだが、この日は寒いこともあり、鳥ごぼうそばにした。イートインは沢山の人でいっぱい、ようやく席を確保していつものように食券を買い、お茶を淹れてモニターの前の席で待つ。

すると観光物産協会の人はサービスがよく、わざわざ席にまで注文の品を持って来てくれた。七味唐辛子を振って頂く。

具は鶏肉、牛蒡に加え、ネギ、きのこなど具沢山。まずは蕎麦を一箸、かけそばとはいえコシが強い十割蕎麦、しっかりとした歯応えがしているが、喉越しもいい。

具は鶏肉も美味いが、牛蒡ときのこがいい仕事をしていてジワっとくる美味さ。ツユも野菜や鶏肉の出汁もよく出ていて、やや甘めのいい味付けである。

しっかり量もあり、すっかり温まることができた。本当ならばざるそば1枚なら行けそうな気もしたが.年齢を考え、今回は諦めた。

我々東京人にとって『会津坂下(ばんげ)』といえば銘酒飛露喜(廣木酒造)となってしまうのだが、他にも色々美味いもの、良いものがある。春になったら、蕎麦を食べに是非行きたくなった。ご馳走さまでした。





日本橋福島館MIDDTTE
中央区日本橋室町4ー3ー16
0362623977

『関東三十六不動尊巡り』㉑〜第32番岩瀬不動尊

2025-02-21 05:00:00 | 霊場巡り
『関東三十六不動尊巡り』㉑、第32番札所岩瀬不動尊を訪れた。21番目でようやく東京、埼玉、神奈川に次ぐ4県目の千葉の札所に行き着いた。

岩瀬不動尊は千葉県富津市にあり、最寄りの駅は内房線大貫駅で歩いて20分程度掛かる。しかし、寒さも考慮して木更津駅までバスで行き、安易にレンタカーで行くことにした。

木更津駅からは君津方面に走り、途中、郡ダムの周りを走ると大きな看板が出てくるため、迷うことはない。20分ほどである。

里山というべき高さの普和山山麓にある真言宗豊山派最上寺は由緒を調べると大化の改新の天智天皇の御代(6世紀)まで遡る。知らぬもののない役行者がこの一帯を開墾、役行者に代わり、役尊がこの地に一宇を建立した。

役尊は不動明王を勧進して普和山と号し、悪疫退散・万民豊楽を祈念し、最上寺と称した。周囲の人々から深く信仰され、大変栄えた。しかし、室町時代に弘治の変(1556年)により堂宇は焼失、本尊と観世音菩薩のみが災禍を免れた。さらに廃仏毀釈でも寺領が没収されたが、第19世義嶽和尚の尽力もあり、1949年に観音堂を普和山山腹に起こし、1972年に本堂の再建を果たしたもの。

左右に仁王様の石像があり、その間を行くと、近所の人々が境内の掃除に励んでいる。ご挨拶をした後に正面の本堂に向かう。



本堂の左側には不動明王の石像、その前に小さな石像が奉納されている。本堂入口には大きな数珠が吊り下げられていて、数珠回しが行われるのだろう。下谷の英信寺でも見たことがあるが、玉が落ちるたびに大きな音がする。

本堂の中にはご本尊の不動明王坐像が安置され、荒々しい憤怒の表情ながら、我々の煩悩を怒りの形相と智慧の剣で消し去るご利益があり、たくさんの方の信仰を得ている。



お寺の方と『千葉県の札所は最初です』と話をすると、『ここはお隣の札所ともかなり離れていて不便なところ。次の33番の安房神社も36番の成田山新勝寺も遠いからね』ということであった。確かにどちらもかなり遠く、今回はこのお寺だけで東京に戻ることにした。

本堂の右手には当山開基の役行者を祀る神変堂。これは役行者が神変大菩薩と呼ばれているからそのように呼ばれている。



最後に本堂正面の大きな天狗の面を見て、参拝を終えました。




トマト鍋礼賛〜四谷・日がさ雨がさ

2025-02-20 05:00:00 | グルメ
四谷三丁目の駅から徒歩1分、ビルの7階にある『日がさ雨がさ』にはよく足を運ぶ。特に寒い季節は1シーズンに1回は行っているようである。銘酒居酒屋であるが、特にマスターの出身地である長野県のお酒が充実。いつもの面子でお邪魔した。

早めにスペシャル席を予約、6人まで入れる半個室で1つしかないが、落ち着くだけでなく、四谷三丁目交差点が見渡せ、夜景もいい。今回はコースに加えてプレミアム飲み放題(3500円)も付け、贅沢に楽しむ。

まずはグラスビールで乾杯。お通しはローストビーフサラダ、牛肉が美味い。

飲み放題のメニューをじっくり眺めていると『信州亀齢』(長野県上田市)を発見、すぐに注文する。飲み放題の極意というほどのこともないが、美味い酒・飲みたい酒は最初に頼みことにしている。



入手困難なお酒のため、注文は1回のみ。私も久しぶりだが、キレがいい飲みごたえのある酒である。一同感動。

刺身は信州サーモンと岩魚である。脂が乗っており、海のない長野県産とは思えない刺身、漬けるのも単なる醤油ではなく、もろみ醤油。甘みがあり、これだけでもつまみとなる。



サワラの味噌漬、同じ麹である味噌に漬けてあり、日本酒と相性がいい。合わせた酒は『水尾』(長野県飯山市)、コメが金紋錦。やや甘口ながらすっきりとしている。添えられている鞍掛豆もいい。



寒い冬にはとお燗をお願いする。『九郎右衛門』(長野県木曽郡)の純米酒、米はひとごこちである。濃密な旨みの後、酸が効いたしっかり系、出された焼き鳥と合わせた。





長野県だけでなく、他県の酒と『白露垂珠』(山形県)のうす濁り。透明な綺麗な瓶に入っていてフレッシュな爽やか系。珍味の粕漬けとイカのウニ和えをつまみながらゆっくり喉越しを楽しむ。



ここでメインの『トマト鍋』が登場。トマトはもちろん、ズッキーニ、ピーマン、じゃがいも、玉ねぎなどの野菜、豚肉、ソーセージ、さらにムール貝、ホタテ、エビなどの海鮮をトマト味のスープで頂く。

この店のトマト鍋の歴史は古く、今のような市民権を得る以前からの名物である。今回は4人で来たこともあり、量的にもちょうど良い。トマトのいい出汁が色々な具材を包み込み、冬にはもってこい(秋から冬の間の季節商品だが)である。最後にパスタをいれて出汁の一滴まで楽しんだ。



酒は『龍水泉』(長野県大町市)『鍋島』(佐賀県)御湖鶴(長野県諏訪市)笹の誉(長野県松本市)を頂く。もう飲み過ぎモード炸裂。



酔ったついでに別料金で『ソガベール』(長野県小布施町)を注文。やはりこれは特別であった。



最後にデザートには胡麻アイスを頂き終了、お開きとなった。いつもながら美味い酒と美味いツマミ、全員大満足、ごちそうさまでした。



日がさ雨がさ
新宿区四谷3ー9ー11四谷シンコービル7階
05055899017


『最後の新車』が納車されました

2025-02-19 05:00:00 | 日記
今まで乗っていたプリウスがついに13年となることから新車を購入することにした。しかし、前回購入時からかなり時間も経過。さらに新車選びの状況が大きく変わってしまっていた。

(スカイラインJAPAN)

私が免許を取得したのが21歳の頃、それから45年経過した。初めて買ったというか買ってもらったのが、日産のスカイライン(JAPAN)2000ccターボ。6気筒の力のあるエンジンで走りには問題なかった。ただ、夏のバッテリー上がりやパワーウインドウの故障など細かい問題はあったが。

(ローレル)

次いで義理の父から貰ったローレル2000GTメダリスト、これは10年落ちだったが、乗り心地は良かった。ただ、野晒しにしておいたため、最後はマフラーが外れるトラブルが発生、修理をしながらだましだまし乗っていた。スカイラインは1リットルで8km、ローレルは6kmしか走らない燃費も問題だった。



自分で一から探して買ったのは次のカルディナが最初である。実は当時トヨタのディーラーを新規で攻めていてトヨタに乗り換えた。1997年モデルチェンジ直後の2代目カルディナ、本当はマークIIが欲しかったのだが、当時の社宅の立体駐車場に入らずやむなくではあったが。従来の乗っていたセダンからステーションワゴンに変え、旅行の荷物の量を気にせず行けるようになり、燃費も1リットルで13kmとかなり良くなった。とにかく故障とは無縁の名車、単身赴任の相棒だった。

2012年3月に今のプリウスに乗換。カルディナが購入後に13年経過、毎年車検回避の必要(当時、今は毎年車検ではない)が出てきたことも買い替えの大きな理由である。同じタイミングで東日本大震災が発生、ハイブリッドカーの燃費の良さと税制優遇などの様々な環境がプリウスを選択させた。新車購入後に高速道路で1リットルあたり25kmも走るプリウスの魅力、走りの良さに満足している。


つまり21歳の時から乗換した車が4台、乗り潰しながら新しい車を買うサイクルとなっていた。ここで車を乗り換える最大の理由は年を重ね、私が車の運転が下手になったことを自覚し始めたからである。13年間のうちに車の安全性向上の技術革新が目覚ましく、夏の旅行の際にレンタカーを借りた際に安全装備、例えば右からの車の接近のセンサー、駐車サポートシステム、踏み間違え防止装置など驚くばかり、見た目はともかく、その性能の変わりようには驚いた。

購入を決めたのはアクア。他にも軽自動車やスズキカルタスも候補に挙げたが、①安全性から軽自動車には不安が払拭しきれないこと、②今乗っている車と運転の仕方が似た車が良かったことから昨年10月には決めざるをえなかった。幾らオーダーメイドに近いからといって納車を3月とすると10月までには注文しないと納車が間に合わないということである。半導体不足なのか、労働力不足なのかは分からないが新車事情は変わっていた。

納車をしてもらったのは日曜日10時、プリウスを走らせてディーラーまでの最後のドライブ、諸手続きを行ない、11時にはアクアに乗っていた。まずはガススタンドに給油に行ったのだが、プリウスとオイル口の位置などはほぼ同じ、あとはカーナビやスマホ連携をすれは良いのであった。

午後からは大宮八幡宮に新車安全祈願、ちょうど13年前にも同じ場所でお祓いをしたが、同様に安全運転を誓ってお祓いを終え、お札を頂いた。


アクアにあと10年乗ったら私ももう76歳、やはり『最後の新車』になるだろう。そう思うと何となく感慨深かった。