映画の原作となった隠し剣シリーズと「雪明かり」は、暗さと明るさの間にある、過渡期の作品といえるだろうか。後世に残るのは一種の成長物語である「雪明かり」の方かもしれないが、剣豪小説の体裁をとる隠し剣シリーズはわたしの好みだった。山田洋次がなぜこの二作を選んで合体させようとしたかは判然としない。どう考えてもうまく融合していないのがつらいところ。
学校の近く(でもないか、新堀地区)の最上川河畔で冒頭のシーンのロケが行われ、わたしの知人は一日中それを見学していたそう。そこまで暇かあんたは。小澤征悦が演ずる狭間弥市郎が江戸に出立するその場面は、ストーリー上、実はかなり重要だった。「女なんか江戸に行けばいくらでもいる」と軽口をたたき、「奥方に聞こえる」と主人公にたしなめられる小澤は、しかしその後、謀反人として海坂藩に戻り、悽愴な狂気を見せることになる。そしてなんとその上を行く狂気を、高島礼子が演ずる奥方がある事件の後に見せる……ここがこの映画のキモか。
キャスティングについて、わたしは当初懐疑的だった。主役の永瀬正敏については(一日中ロケ見学していた知人は永瀬がお目当て。かわいそうに思ったスタッフが、カメラのそばに呼んでくれたそうだ。美人は得)山田洋次ファミリーとはいえ、今ひとつ華の無い役者だし、予想通り画面は弾まない。敵役としての緒方拳も意外なほど切れ味が鈍く、田中泯が主人公に授ける“必殺技”には思わず吹き出しそうになった。
※小澤征悦のお父さんはつい先日酒田でコンサートを開いていったが、ロックしか聴かない中年男にとっては「あー、オザケンの伯父さんが来てるんだなー」なんて感想しかなかった。バチあたり。何やってるんだ健二!
これだけの欠点をかかえながらも、しかしこの映画をわたしが愛するのは、すべて松たか子のためだ。次号は松たか子特集!