30年前と同じ脚本を使い、91才の監督(市川崑)と65才の主役(石坂浩二)を再起用する……よく通ったなあこの企画。76年版に熱狂したわたしとほぼ同世代である一瀬隆重(「リング」や「帝都物語」のプロデューサー)のごり押しで実現したらしい。その気持ち、わからないではない。その結果、どうなったか。
大コケだそうである。客が、まるで集まらないのだ。
ちょっと理由を考えてみよう。脚本では、前作の弱点だった①最初の殺人未遂の背景が納得できない②真犯人にゴムマスクの男が油断しすぎ……などについて修正が加えられているし、市川崑はまだまだ元気。とくればどうしてもキャストの問題に帰結しそうだ。市川自身も、映画製作でもっとも大切なのはキャスティングだと言っているぐらいだし。
下の表を見てもらおう。旧作と新作を比較したもの。
役名 76年 06年
金田一耕助 石坂浩二 石坂浩二
犬神松子 高峰三枝子 富司純子
犬神竹子 三条美紀 松坂慶子
犬神梅子 草笛光子 萬田久子
犬神佐清 あおい輝彦 尾上菊之助
野々宮珠世 島田陽子 松島菜々子
はる(女中) 坂口良子 深田恭子
ホテルの主人 横溝正史 三谷幸喜
古館弁護士 小沢栄太郎 中村敦夫
大山神官 大滝秀治 大滝秀治
警察署長 加藤武 加藤武
老婆(松子の母) 原泉 三条美紀
琴の師匠 岸田今日子 草笛光子
犬神佐兵衛 三國連太郎 仲代達矢
三姉妹に関しては両作品ともいい味を出していた。特に新作の萬田久子のはすっぱぶりと、衣擦れの音までピシッと決まっている富司純子の気丈さがよかった。
泣き叫ぶしかしどころが無かったあおい輝彦の佐清(すけきよ)役が、尾上菊之助によって完璧な歌舞伎の愁嘆場になったのは賛否が分かれるところだろう(ゴムマスクを微妙にグニュグニュさせる小細工には笑ったが)。
弁護士役の旧版小沢栄太郎の悪相もよかったけれど、新版の中村敦夫の意外なコメディリリーフぶりもなかなか。こう見てくると、問題は前作と同じキャスティング、特に金田一耕助役の石坂浩二の起用に問題があったのではないか。連続殺人を止めることができず、ただ事件を“解説”するだけの名探偵とは、前作でも強調されたように一種の天使なのだと思う。三十年前、無色透明な存在に近かった石坂にこの役はぴったりだった。でも、以降テレビでウンチクを傾け続け、夫人とさまざまなドラマがありつつ離婚した、芸能界の権威としての石坂に、無垢な天使役はやはり無理だったのではないか。ここはやはり、オダギリジョー、浅野忠信、加瀬亮あたりに賭けてみるべきだったと思う。美術などがプロの仕事を見せていて、出来も悪くないだけに、惜しい。