監督、脚本:ジョン・カーニー 出演:グレン・ハンサード マルケタ・イルグロヴァ
アイルランド、ダブリン。多くの人が行き交うグラフトン・ストリートで穴の開いたギターをかき鳴らし自作の歌を唄う男がいる。そこに一人の女がやってきた。10セントのチップを出し、あれやこれやと男に質問する。挙句、掃除機の修理の約束をさせられてしまう。翌日、壊れた掃除機を持って女が現れ、ふたりでピアノを弾かせてもらえるという楽器店に立ち寄った。彼女の腕前に感心した彼は、一緒に演奏することを提案する……。
音楽を“やっている”人ってやっぱりかっこいいと思う。どんなに女性をくどくテクニックをみがいても、どんな口説き文句を用意したとしても、バーでいきなりピアノを弾き出す男にはかなわないのだ。
カラオケに行くと、そのあたりはもっと露骨。考えに考えぬいた選曲で、しかも歌いこんだ曲で調子こいていても、となりで軽くサブパートを口ずさまれたりすると「おおお。さすが音楽科出身は違う」と尊敬してしまう。オレだけかな。
オープニング。ストリートで歌い上げる男の楽曲のレベルと歌唱力にたまげる。こんな才能がゴロゴロしてるアイルランドっていったい何だ、と思ったらハンサードは有名なアーティストだったのね。ホッ。なんと「ザ・コミットメンツ」にも出演していたとか。どの役だったっけ。まさかあのデブじゃ。
歌詞が、すれ違う男女ふたりの過去や気持ちをあらわすあたり、ほとんどロックミュージカル。今年のアカデミー賞のセレモニーで、他のどんなパートよりもふたりのライブが素晴らしかったのを思い出した(最優秀歌曲賞受賞)。
母親が亡くなったために、父親の孤独をなぐさめようと実家に帰って電器屋を手伝う男。チェコに夫を残してダブリンでシングルマザーとしてさすらう女。ふたりが連れだって歩く画面がすばらしい。男は大きなギターケースをかかえ、女は故障した掃除機をゴロゴロ引っぱって行く。ストリートミュージシャンである男と、ピアニストでもある女が最初にセッションするシーンには、「音楽が誕生する現場」を見せつけられる思い。「たった一度」という題名にこめられた意味が泣ける。傑作。やっぱり音楽やってるヤツは強いわ。